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第21話「ファンタスティック……!」

「朱に交われば赤くなる、って言うでしょ? あたしはお互いに高め合えると思える人としか戦わないの」


 エルルカにそう言い放たれ、ベラは頭を下げたまま硬直した。

【ノヴァ】での実戦経験など全くない今の自分は、『フリーダム』パイロットである彼女が望む水準には到底至れていない。

 けれど、いつまでも「それまでの存在」ではありたくないから。

 もう、仲間を失う後悔だけはしたくないから。

 ベラは一人の護衛艦クルーとして、己の可能性を試したい。


「あなたをびっくりさせる技、見せてあげますから。わたしの色、あなたに刻ませてください」


 冷静な理性を抑えるぎらついた感情を瞳に宿して、ベラは訴える。

 品定めするように目を細め、エルルカは艶やかな唇を舌舐めずりした。


「素晴らしいパトスね。いいわ、あんたのエゴに乗った。シミュレーションルームでのワンオンワンの模擬戦。それでいい?」

「はい……!」

「オーケー。じゃあ三十分後、シミュレーションルームで会いましょう。あんたのパフォーマンス期待してるわ、ベラちゃん」


 かくして、ベラ対エルルカのマッチアップがここに成立した。



『アーク工房』の大工廠を出て、ベラは『ディアナ』無重力エリア内の訓練室へ移った。

 色とりどりの制服を着ているフリーのクルーたちの合間を抜け、筋トレ器具の並ぶ一室の前を過ぎ、箱型の筐体が並ぶシミュレーションルームへ。

 案内の最中、終始青ざめた顔をしていたノアは、ベラがシミュレーションマシンに乗り込む直前になって、彼女の服の裾をぎゅっと掴んで言う。


「ほっ、本当にやるんですか? エルルカさんの強さは半端じゃないんですよ。鬼がかっているんですよ。コテンパンにされちゃいますよ……!」

「もう、ビビりすぎよ。強いのは知ってるわ、けど戦う前から諦めちゃ意味がない」

「それは、そうですけど……エルルカさんの戦い方についていけずに辞めていったパイロットも多いと聞いています。今からでも遅くは――」

「ああもう、あんたはメカニックでしょう! メカニックならパイロットを応援しなさいよ!」


 ぐだぐだ言っているノアにそう言い放ち、ベラはコックピットを模した筐体に乗り込んでハッチを閉めた。

 プレイヤーの生体反応を認識してマシンが起動、モニターが色彩を得る。

 予め提示された条件に従って機体の設定をいじりつつ、彼女は黙考した。

 ノアの口振りからして、エルルカが得意とするのはチームプレイではなく個人技。そんな相手と「一対一」で戦うことが、果たして自分にできるのか。

 強気に言いつつも内心、不安がなかったわけではない。それでもいまの自分を変えるには、挑戦が必要なのだ。


「ベラ・アレクサンドラ――【ノヴァ・トーラス】、行くわよ」


 自分に発破をかけるように出撃を宣言する。

 準備を終えてパスワードを入力し、ベラは対戦用の「ルーム」に入った。


「遅かったじゃない、ベラちゃん。あたしのプレッシャーに恐れをなしたかと思ったわ」


 戦場は宇宙。幾つもの隕石やデブリが浮かぶ、アステロイドベルト。

 その中でひときわ目立つ大きな小惑星の一角、張り出した山の天辺にエルルカの機体は待機していた。

 腕組みして佇むのは【ノヴァ・トーラス】。機体と装備の条件を完全に同じにした、技量だけがものを言う勝負。

 脳の緊張に連動して身体が強ばり、深奥回路の出力が高まる。


「わたしはレディだもの。少し余裕を持たせるくらいが嗜みなのよ」

「その余裕、削いであげるわ全部」


 妖艶な笑みを浮かべ、エルルカは挑発に答える。

 ビームライフルを構える彼女を見上げ、ベラは足元のざらついた岩盤を踏み締めた。

 操縦桿を握る手に否応なしに力がこもる。

 浅く息を吐いたのが合図。

 エルルカ機の銃口が火を噴いたのを捉えた瞬間――考えるよりも先に反射的に動いていた。

 刹那、ベラ機の立っていた地面が焼き抉られる。


「――ッ!!」

「エクセレント! よく避けたわ! でも所詮はまぐれ、そうでしょ!?」


 ――見透かされている。

 盛大に舌打ちしながらベラはモニターに映る敵機を食いつくように睨み据えた。

 確かに今のはまぐれかもしれない。だが間違いなくベラには見えたのだ。エルルカ機の放った火線のタイミングから軌道まで、すべてが。


「――また来る!」


 正確無比な銃撃の連鎖。

 硝煙が上がった直後には既に足元を掬おうとしてくる光弾に、ベラはすぐさま飛び退って回避する。

 機体を掠めるガンマ線の灼熱。

 一撃でも喰らえば致命的な状況に叩き落される連撃を前に、ベラは己の脳を最大速度で回転させて対応する。


(見える、見えてる! これがわたしの力……!?)


 自分でも何が起こっているのか理解できない。

 しかし今この一瞬は、驚愕や困惑よりも全能感が勝る。


「オーマイガー、神がかった処理速度ね! とんでもないモンスターを目覚めさせちゃったかしら、あたし!」


 歓喜に叫ぶエルルカの声も、もはやベラの耳には届いていない。

 瞬間的に入った「過集中ゾーン」。

 彼女の脳内ではコンマ一秒の情報がコマ送りのように処理されている。

 自分自身でさえ全く気づいていなかった超人的な才能――ベラ・アレクサンドラのそれはいま、エルルカというカリスマの手によって覚醒させられたのだ。


「見える――反撃ッ!!」


 射線が読めればこちらのものだ。銃を抜くと同時に照準に当たりを付け、熱線を放つ。

 宙へ躍り出るエルルカの【トーラス】が身をひねり、それをかわした。

 即座に再びの攻勢に転ずるエルルカの光条を、ベラは引き撃ちしながら回避せんとする。


「遮蔽物は――」

「残念ね、そんなのないわ!」


 周囲に視線を巡らせ、ベラは気づいた。

 己の逃げ道がエルルカに誘導されていたことに。

 いつの間にか彼女は、一切の遮蔽物もない更地に立たされていた。


「よく避け続けたわね。けれどまだまだナンセンス。視野が狭すぎるのよ、あんた。いい目を持ってるっていうのに……それじゃ宝の持ち腐れじゃない」


 現実を厳しく突きつけられる。

 視野の狭さ。ベラはエルルカの銃撃を避けることばかりに集中し、それ以外のことを考えられていなかった。

 必要なのは戦場を俯瞰して見る目。

 星野航やセラ・モンゴメリーが持つ指揮者の眼だ。


「自分の現状を洗い出せたかしら? じゃ、そろそろ――」


 地面を蹴って飛び出し、脚部と背面部のスラスターを一気に燃焼させ加速。

 接近しながら乱れ撃ちを仕掛けてくるエルルカに、ベラは歯を食い縛って思考した。

 遮蔽物はない。どうする、どこへ逃げれば――


「遅い!」

「――ッ!?」


 動きが見えない。

 思考を打ち切って機影へ迎撃するも、残像を掠めるばかりで本体を捉えられない。

 それでも駆動は止めない。走るのを止めた瞬間が死だ。

 砂煙を巻き上げながら縦横無尽の機動でエルルカ機が迫ってくる。

 いつまでもここで追いかけっこはしていられない。上に逃げるか。いや、上方へと飛び上がるその隙を、彼女が逃すはずがない――。


「考えてから動いても、間に合わないわよ!」

「――ぐっ!?」


 右脚への被弾。衝撃とともにバランスを崩すも、ベラはすぐに重心を左側に傾けて体勢を立て直さんとした。

 しかし、追い打ちをかけるように放たれる光弾がそれを阻む。

 左半身をかすめる白き熱線。すんでのところで踏みとどまり、その直撃を避けたベラであったが、体幹の均衡を取り戻せずに地面に転げ落ちた。

 コックピットが激しく揺られ、安全ベルトが身体にきつく食い込む。

 体勢を立て直せなければ負ける。

 そう直感した。


「チェックメイト!」


 高らかなる勝利宣言。

 地面を削りながら急制動をかけ、立ち止まった状態で撃つとどめの一射。

 一ミリのずれもなく目標を穿うがつ狩人の狙撃が、ベラ機の頭部へと迫り――。



 爆発の衝撃が小惑星の砂塵を巻き上げる。

 ビームライフルを構えた姿勢のまま、エルルカ・シーカーは目を細めてその光景を見つめていた。

 やったか。いや。


「決着のゴングが鳴らない、あの子はまだ――!」


 生きている。

 試合終了の合図がないことに気づくや否や、エルルカはモニターのレーダー表示を一瞥いちべつした。

 瞬間、彼女は瞠目どうもくした。

 機体を示す反応が、二つ。一つは煙の中、もう一つは直上。

【ノヴァ・トーラス】に分離機能などない。エルルカの射撃を利用して機体の一部を切り離し、レーダー上では分身したように見せかけたのだ。


「そこッ!!」


 二分の一の決め打ち。

 宙空へ撃ち上げた光線が撃ち抜いたのは、【トーラス】の右脚。

 木っ端微塵となるそれを見上げてエルルカは叫ぶ。

 正面に戻った時には既に、遅かった。


「はああああああああああああッッ!!」


 白煙を切り裂いてベラ機が驀進ばくしんする。

 咄嗟の回避も許さない乱れ撃ちに足止めされ、直後。

 ゼロ距離からの光弾の連射が、エルルカ機の胸部を穿ち抜いた。


「ファンタスティック……!」


 爆発の轟きに呑まれる刹那、エルルカは勝利者たる少女に最上級の賞賛を贈るのだった。


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