大弓の弓幹が発したエネルギーに耐えきれなくなったかのように、煙を上げて爆発する。
うわっ! と声を上げてそれを取り落とした航は「まだまだ改良の余地あり、か」と肩を竦めた。
「ともあれ……これで、一旦けりはついた。まずはそれを、喜ぶとしようか」
緊張から全身を解放し、操縦席に全体重を預ける。
モニターに浮かぶ無窮の暗黒を見渡しながら、青年はともにあり続けてくれた仲間たちを想った。
立花、ベラ、スミス、ノア、そしてハルト。
全員で手繰り寄せた決着だ。彼らが戦ってくれなければ、彼らの信頼がなければ、航が立ち上がることはできなかっただろう。
「本当に、ありがとう……」
穏やかに目を閉じる。
そうして彼は、しばらくの間、仲間たちと戦場に散っていったすべての魂に祈りを捧げるのだった。
*
『エレス基地』司令部にて。
戦場をモニタリングしていたエレミヤ・マザー中将は、レーダーが捉えた高エネルギー反応に形の良い眉をぴくりとひそめる。
「何だ!?」「敵なのか!?」
思わず浮き足立つオペレーターたちを、マザーは挙げた片手で制した。
立ち上がった彼女は鋭く目を細め、抑揚を殺した呟きをこぼす。
「決着したな。セラ・モンゴメリーか、あるいは……」
――星野航か。
彼女の言葉に司令部の者たちは顔を見合わせ、遅れてどっと沸き立った。
少なくない犠牲を払いながらも、人類は未知の『蠕動者』相手に勝利し、エレス基地を守り抜いたのだ。
未曾有の危機を乗り越えられたことを士官たちが喜び合うなか、マザーだけは仮面のような表情を崩さずにいた。
(星野航が用意させ、セラが運び出したという新兵器。あれが一撃で奴を仕留めたというなら……潰さねばならんな)
民間護衛艦は正規軍の下にあるべきだというのが、正規軍上層部の掲げる信条である。
だが、その思想に反発する者たちも一部には存在する。
民間の『反正規軍勢力』――『アステラ』内で政府や財団へテロを仕掛けている勢力が、宇宙でも動き出しているという噂もある。
彼らに対し、『アーク工房』が製造したという『新兵器』のノウハウが渡ってしまったら厄介だ。
警戒を強めていく必要がある。
「貴官らはいまの勝利を喜ぶがいい。だが、抜かるなよ。敵はすぐそばにいる」
司令の警告に士官たちは口をつぐみ、神妙な面持ちになった。
彼らを睨み付けたマザーは踵を返しつつ、命じる。
「【ノヴァ・リオ】と『星野号』の回収を急がせろ」
「はっ!」
彼らは戦勝の功労者だ。救護して手厚く労わなければ兵士たちも納得はするまい。
冷たい靴音を響かせ、『鉄の女』と呼ばれし彼女は司令室をあとにするのだった。
*
正規軍の二〇〇メートル級護衛艦に牽引され、『星野号』と【ノヴァ・リオ】はエレス基地へと帰還した。
このとき、星野航が秘匿し続けていたオリジナルの新型【ノヴァ・サジタリウス】も正規軍に存在を知られることとなった。
それらしい建前で機体のデータを取られることを危惧した航は、正規軍側に、艦及び機体の整備は『アーク工房』に一任するよう要請。意外にもすんなりと承諾された。
「その功績に免じて多少のわがままは聞いてやる! ってとこか!? あの女が悔しがってる顔が目に浮かぶわ! なぁ、坊主!」
護衛艦ドックにて、がしっと航の肩に腕を回し、相変わらずの大声でディアン・アーク工房長がガハハと笑う。
新兵器を完成させてくれた功労者である彼に、航は曖昧な笑みだけを返した。
「なんでぇ、元気ねえな!」
「……ハルトが死んだ」
一言、ぽつりと。
流石のディアンも言葉を失い、ばつが悪そうに目を逸らした。
「立花さんも重傷だ。艦もぼろぼろで【トーラス】も【ヴァーゴ】も失った。虎の子の【サジタリウス】も正規軍の前にさらしてしまった。『蠕動者』を倒せたとはいえ……素直に喜べる結果じゃない」
サングラスを外した目元を俯いた前髪で隠し、航は掠れた声で口にした。
重苦しい沈黙が二人の間に横たわる。
そんな痛ましい空気のなか、割って入ってきたのは少女の声だ。
「それでも……勝ったわ、わたしたちは」
銀色の長髪を揺らし、金髪の青年の肩を借りながら、ベラ・アレキサンドラは誇り高く言った。
「だからいまは、素直に喜んでいればいい。ハルトさんだってきっと、そう言うと思います。彼はよく笑う人でしたから」
気丈に笑うベラに、航は濡れた目元を指先で拭ってから、精一杯の笑顔を作った。
年下の女の子に気を遣わせてしまった。自分は『星野号』の艦長なのだから、こんなときこそしっかりしなければ。
航が顔を上げると、そこでちょうどセラと目が合う。
一瞬だけ柔らかい微笑みを浮かべたセラだったが、すぐに硬質な大佐としての表情を纏い直した。
「あの知性ある『蠕動者』を討ってくれたことは感謝する。君の力も認めよう。だが……『星野号』はこの有り様だ。『アステラ』へ帰還するにしても無事に済む保証はない以上、ベラの身柄もこちらで預かったほうが良いと思うのだが、どうお考えか」
「君の意見も一理あるけどね。おれが尊重したいのはベラちゃんの気持ちだから。どうするかは全部、彼女に任せるさ~」
彼女がどちらの選択を取ろうとも、それを受け入れる。
どっしりと構えるくらいの気持ちで、航はベラの言葉を待った。
青年二人からの視線を受けたベラは、胸に手を当て、いったん深呼吸した。
気持ちに迷いはない。それでも、命を賭してベラを助けてくれたセラを裏切るようなことを言うのは心が痛んだ。
ずっと、セラはベラを利用するためだけに『婚約者』になったのだと思っていた。しかしそれは間違いだった。航の【ノヴァ】が現れる直前、最後の瞬間までベラの『UFO』を守らんと庇い続けてくれた彼のその姿こそが、愛の証左だ。
だけど、セラはモンゴメリー家の人間で、財団に逆らえない立場だから。
財団の――父の言いなりになりたくないベラが、彼のもとにいることなどできない。
ごめんね、と心の中で声をかけ、ベラはセラの肩から腕を振りほどいた。
途端によろけてしまう彼女へ、航がすぐに駆け寄って抱き留めてくれる。
黒曜石のような瞳でまっすぐ見つめてくる航に、ベラは小さく頷きを返す。それから彼女はセラのほうを向いて、己の意思を表明した。
「……ごめん、セラ。わたしは、『星野号』と一緒に行くわ。そして願わくば、『アステラ』に戻ったあとも、彼らとともに戦いたいと思ってる」
その言葉を聞いたセラの表情に驚きはなかった。
俯いて唇を噛み締め、拳を握り込んでいる彼から視線を逸らさず、ベラは続ける。
「『蠕動者』との戦いで散っていく人たちも、その声を聞いて苦しむ人の姿も、全部見てきた。わたしにとってはもう、『蠕動者』との戦いは無関係じゃない。箱庭のお嬢様として他人事で居続けることなんて、できないわ」
「だとしても――」
顔を上げ、セラは必死な眼差しでベラを見つめる。
――『星野号』でなくてもいいじゃないか。
そう言おうとしたであろうセラに、ベラは先手を打つ。
「だとしても、よ。――だって、わたしはもう『星野号』の一員だもの。短い時間だったけど、一緒に宇宙食を食べて、調査をして、『蠕動者』との戦いも乗り越えて……気づいたら『星野号』もそのクルーたちも、かけがえのないものになっていたわ。理由なんて、それで十分でしょう?」
胸を張って堂々と、ベラは言った。
ベラを想う自分とモンゴメリー家の人間としての自分との間で、セラは葛藤しているようだった。
そんな彼に航はにやっと笑ってみせる。
「完敗だね~、セラ~?」
「かっ……!? 僕と君との勝ち負けの問題じゃない!」
「そう、その通りさ~。おれらの気持ちは関係ないの。最初からベラちゃんがどうしたいかって話だもん。君に彼女を思う気持ちがあるのなら、ここは一つ、退いてくれない?」
自分の発言を逆手に取られ、セラは反論できずに引き下がる。
ベラたちに背を向けた彼は、去り際に立ち止まって振り返ることなく問うてきた。
「これからどうするつもりだ、星野艦長?」
「艦はこの有り様で、クルーもぼろぼろ。『アステラ』に着いたらしばらくは休息期間かな~」
「それならいい。知性ある『蠕動者』関連でただちに調査に出ると言おうものなら、力ずくでもベラを奪い返すところだった」
「おー怖い。気がかりではあるけど、その件はとりあえず正規軍に任せるよ」
『星野号』の今後を聞き、その場をあとにしようとするセラ。
彼の背中に航が最後に一言、声をかけた。
「お~い、セラ~! きみも十分、立派なヒーローだったよ~」
「……なんだそりゃ」
苦笑交じりに呟き、肩を竦めたセラは今度こそ護衛艦ドックから退出していった。
残されたベラと航は顔を見合わせ、穏やかに笑う。
「……きっと、これからも厳しい戦いになる。それでもついてきてくれるのかい?」
「覚悟の上です。このわたしが惚れ込んだんですから、全力で引っ張ってもらわないといけませんね、艦長?」
「
大きく頷いて答え、航に続いてベラも『星野号』へと向かっていく。
未知の敵との戦いは、まだ始まったばかりだ。ベラ自身の問題に限っても、父や財団と話し合い、一人の大人としてけじめをつけなければならない。
それでも怖くはない。大切な居場所がそこにあり、信頼できる仲間たちも一緒にいてくれるのだから。