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第15話「最後まで、戦い抜くわ……!」

 視界が揺れ、クルーたちは近くのものに掴まって振り落とされまいと堪える。

 艦は進路を大きく傾け、慣性に従って流されていた。

 ブリッジの計器類がたちまち幾重ものアラートを打ち鳴らすなか、ベラはモニターの中の敵を確認する。

『星野号』とかすった敵はそのまま突き進むかと思いきや、身体をしならせて翻る。

 再びこちらへと向かって来ようという敵を前に、ベラは金切り声で航へ呼びかけた。


「艦長!!」

「ちくしょう、メインスラスターが故障しやがった!」

「さっ、サブスラスターも半分以上が機能停止しています……!」


 スミスがコンソールを拳で叩き、ノアが裏返った声で報告する。

 凍り付いたまま動けない航を他所に、メカニック二人は修理のためブリッジを飛び出していった。

 空席になった操舵手の席にベラは乗り込む。

 航ができないのなら自分がやるまでだ。誰かがやらなければ死ぬ。戦わなければ生き残れない。


「立花さん、ハルトさん……!」


 二人だけに艦の命運は任せられない。

 操舵輪を握ったベラは、最後まで戦い抜く覚悟を据えた。



 ゆらり、と巨大な体躯を揺らめかせる『蠕動者』。

 その存在を前に、ハルトは強ばる指を無理やり動かして操縦桿を握り直した。

 あの攻撃をもう一度食らったら、今度こそ『星野号』は終わりだ。

 止めなければ。でも、どうやって。ビームライフルごときで何とかなるのか。いや、それでもやるしかない。やらずに死ぬより百倍マシだ。


『――――――ッ!!』


 まるで吼えるように開口した『蠕動者』に対し、ハルトは身構え、その威圧感に押し潰されまいと堪えた。

 敵が鎌首をもたげ、「溜め」の動作に入った瞬間――背後の『星野号』から『対蠕動者ミサイル《ハンター》』の弾幕が放たれる。

 着弾、そして炸裂。爆撃が血肉を蒸発させ、幾多ものクレーターをえぐり出すも、敵の動きは止まらない。

 長大な尾で宙を打ち、一気に突撃する。


『――ハルト!!』


 刹那、立花が鋭く青年の名を呼んだ。

 すべてのスラスターを全開にして敵へと向かっていく【ノヴァ・ヴァーゴ】。

 一瞬の直感で彼女の意図を理解したハルトはアクセルを踏みきる。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」 


 喉が焼けつかんばかりの雄叫びを上げ、青年は機体の全推力をもって敵の胴体へと組み付いた。

 身体中の骨が悲鳴を上げるほどの衝撃に、一瞬息が止まる。

 それでも足元のレバーだけは踏み続け、巨大な敵の推力にわずかでも抗わんと足掻いた。

 が、彼我の力の差は歴然。押さえきれずに無慈悲にも弾き飛ばされてしまうハルトは、宙に投げ出された体勢のまま『星野号』へ突っ込んでいく『蠕動者』を見送る。

 今の突撃で敵の進路はわずかにずれた。それでも――。


 ――ダメだ、止まれ!!


 息が詰まって声が出ない。口を開いて手を伸ばしたその瞬間、青年の目の前で黒き巨体が護衛艦に激突せんとして――

 ドンッ!! と。

 無音の宇宙に轟いたのは、『星野号』側面の全砲門が火を噴いた音であった。

 艦がぐらりと横に動き、『蠕動者』の猛進をすんでのところで回避する。

 反動を利用した強引すぎる回避。スミスならサブスラスターを器用に使って立ち回るだろう。ならばこれは――


「ベラちゃん!」


 荒削りで常識外れなやり方だ。けれど確かに『星野号』の皆を救ってくれた。

 自分も負けていられない。たとえ機体の力で叶わなくともやりようはあるのだと、ここで証明してみせる。

 宙返りして体勢を修正し、ハルトはビームライフルを構え直した。



 流石だ、と立花は胸中でベラを賞賛した。

 彼女は変わったのだ。自信過剰であった己を反省し、艦のクルーとして皆を守るために戦えるようになった。

 見違えるほどの変化だ。彼女を導いた大人の一人として、それが誇らしい。


「いつまでも腐っていないでくださいよ、艦長!」


 彼がトラウマから立ち直れていなかったのは、立花の誤算だった。

 宇宙に出て『蠕動者』と戦っても大丈夫なのか――軍を辞めて『星野号』艦長となった航に召し抱えられてから、立花は何度もそう訊ねていた。

 訊かれるたびに彼は「へーきへーき」と笑って言っていたし、実際、『蠕動者』との戦闘は問題なくできていた。ゆえに気づけなかったのだ。

 航の痛みは航にしか分からない。それを理解してやれる人間がいるのなら、ともに『アビス』と交戦したセラ・モンゴメリーただ一人だろう。

 だから立花には信じてやることしかできない。

 彼が恐れと向き合って、乗り越えてくれることを。


「私を見ていろ――星野中尉!!」


 立花の気迫に呼応するかのように、【ノヴァ・ヴァーゴ】のスラスターが放出する白の光が煌めく。

 瞬く粒子を纏って流星のごとく加速した【ヴァーゴ】は、『蠕動者』の長大な体躯を一気に駆け上がって鎌首を越え、頭上まで至った。

 振り払おうと抵抗する敵に対し、二振りの剣を足元に突き刺して楔とする。

 その間際に顎と肩の間に挟み込んでいたビームライフルの銃口を脳天へ向け、至近距離からの連射を叩き込んだ。


「終わりだ――『蠕動者』!」


 光の乱打が視界を満たす。

 刹那――圧倒的な熱が己を包み込み、立花は瞠目した。



 ベラが目撃したのは、【ノヴァ・ヴァーゴ】が白い光線の乱射に呑まれた瞬間だった。


「――立花さんッ!!」


 身を乗り出して叫ぶ。

『蠕動者』がビームを撃った。ただ喰らい、吸い込むだけだと思われていた怪物に、あんなことができるなんて――。

 驚愕するベラの前で、黒煙を上げる【ヴァーゴ】の機影が『蠕動者』の頭上に力なく流れていく。

 彼女は金切り声を上げ、激しく首を横に振った。


「立花さん――うそ、嘘よ!?」


 信じられない。認めたくない。

 圧倒的な力で自分ベラを救ってくれたヒーローが、こんなところで敗れるなんて。

 生き残ったのはハルトの【トーラス】と、まともに戦えない『星野号』一隻のみ。

 状況は絶望的だ。生還は不可能に違いない。

 それでも――。


「最後まで、戦い抜くわ……!」



「ちくしょおおおおおおおおお!!」


 迸る情動に任せてハルトは機体肩部から『対蠕動者ミサイル』を乱射する。

 戦術もへったくれもない怒りだけによる攻撃。

 あのビームを撃たれればお陀仏だ。

 しかし、敵は怯んだように回頭し、頭部への被弾を避けようとする。


「立花さんッ!」


 生じた隙に食らいついて、ハルトは漂流する【ノヴァ・ヴァーゴ】を拾い上げる。

 抱えた機体は酷い有り様だった。

 装甲は溶けた砂糖菓子のごとく見る影もなく、腕や脚の関節部は破壊されて奇妙な方向に曲がっている。焼けただれた頭部からは、銀色の箱のようなコックピットブロックが露出していた。

 普通ならば中のパイロットは蒸し焼きだ。だがハルトは一縷の望みに賭けて機体の指先でコックピットのハッチをこじ開ける。たった一秒が生死を分ける状況。ハルトに迷いはなかった。


「立花さん――!」


 銀の箱の封が解かれた瞬間、そこから人影がふわりと飛び出してくる。

 立花だ。彼女は生きていた!

 装着してあったバックパックの小型スラスターを使って脱出を果たした彼女は、迎え入れるべく開かれていたコックピットハッチへと転がり込んだ。

 直後、主を失った【ヴァーゴ】が崩壊寸前の機体を維持できずに爆発する。


「くっ――!」


 巻き込まれぬよう後退するハルトは床に倒れ込んでいる立花を横目に、唇を噛んだ。

 密着型のパイロットスーツは焼け焦げて、肩や胸元など所々が破けている。気密ヘルメットの中で喘ぐ呼吸は苦しそうだ。満身創痍の彼女が離脱できたのは、まさに奇跡だった。


「『星野号』弾幕撃つっす!! 立花さんを連れて帰投する!!」


 Uターンして艦へと直進する。

【ヴァーゴ】の爆発から間を置かず、矢継ぎ早にばら撒かれるミサイルに『蠕動者』は足止めされた。

 カタパルトの床に火花を散らしながら急停止する【トーラス】。

 立花を抱えてそのコックピットから飛び出したハルトは、宇宙服姿で駆けつけてきたスミスに彼女を預けた。


「頼むっす!」

「ああ!」


 短く言葉を交わし、即座に己の持ち場へ戻っていく。

 再度【トーラス】へ搭乗した直後、『星野号』が撃ち続けていた弾幕がついに途絶えた。

 弾切れだ。これでいよいよ、『星野号』は一切の抵抗の手段を失った。


「ここが死に場所っすかね、俺の……」


 乾いた笑みをこぼし、ハルトは呟いた。

 視界を遮っていた硝煙が、『蠕動者』の口腔に吸われて消えていく。

 その虚ろで巨大な大口を見上げ、彼はまなじりをきっと吊り上げた。


「――行くっすよ」



 ミサイルの残弾が尽きた。エンジンの故障も未だ復旧できていない。エースたる【ノヴァ・ヴァーゴ】も撃沈し、残るはハルトの【ノヴァ・トーラス】だけ。

 コンソールの前に立ち尽くし、ベラは項垂れる。


「いつになったら来てくれるのよ、セラ……!」


 頼みの綱の【ノヴァ・リオ】は現れない。

 ここで終わってしまうのか。あとは何もかもを諦めて、喰われるのを待つだけなのか。

 いや、違う。

 立花はベラに奇跡を見せてくれた。絶望的な状況にあってもなお艦への帰還を遂げた彼女は、差し込んだ一筋の光だった。

 万に一つでも勝利の可能性があるならば、その綱を手繰り寄せるために戦う。

 だから、ベラは。


「――『UFO』で出る!」


『モニカ』で中破した一機に代わって、エレス基地でアーク工房から購入してあった新品が格納庫にある。

『UFO』のミサイルは『星野号』に搭載されているのと同じ『ハンター』だ。致命打は与えられずとも、多少の効果はあるだろう。

 が、ベラがブリッジを飛び出そうとした、そのとき。


「無理だ!」


 無理やり絞り出したかのような嗄れた声で、星野航が彼女を止めた。


「なんで!?」

「もうどうにもならない! 君が行ったところで死ぬだけだ!」


 問い詰めるベラに航は自棄っぱちな口調で言い放つ。

 ベラの中で瞬発的に怒りが沸騰した。


「ここにいたって同じでしょ!? それとも何、ここであんたと一緒に死ねってこと!? だとしたらお断りだわ、あんたの自殺にわたしを巻き込まないで!」

「ちがう、おれは――」

「何が違うっていうの!? もういい、わたし行くわ!」


 この男に何を言っても無駄だ。そう見切りをつけて出て行こうとしたベラの腕を、航がぐいと掴む。


「いいから聞いて! 【ヴァーゴ】を倒したのはあいつの撃ったビームじゃない、あいつが反射させた【ヴァーゴ】自身のビームなんだ! おそらくあいつは身体の一部にバリアを張れる! ビームだけじゃなくてミサイルだって跳ね返されちゃうかもしれない! どのみち『UFO』の火力じゃバリアを貫通するなんて絶対に不可能だ……!」


 早口に捲し立ててくる航に、ベラは顔を歪めてなじる。


「それが分かるあんたが、どうして戦えないのよ!?」


 誰よりも戦場を見渡せる目と、その情報を分析できる頭脳を持っているというのに、どうしてそれを活かそうとしないのか。

 ベラには到底、理解できない。理解したくもない。

 掴んでくる腕を振りほどこうとするベラに、航はぼそりと、己の気持ちを吐き出した。


「……怖いんだ」


 小さな子供が親に縋るような、か細い声にベラは困惑した。

 誰だってそうだろう。あの巨体のプレッシャーを前に恐れない人間のほうがどうかしている。それでも勇気を振り絞って戦うのがパイロットであり、護衛艦のクルーではないのか。少なくとも立花だったらそう叱咤するはずだ。


「……世間では『アビス』を討った英雄はセラだと言われているけど」


 ぽつり、と航は語り出した。

 こんなときに何を――視線で問うベラに、航は続ける。


「……本当は、もう一人いるんだ。それが、おれだった。おれが『アビス』にとどめを刺したんだよ」


 モニターには戦い続けるハルトの姿が映っている。

 ミサイルでの牽制を交えた高速機動。ライフルのビームを照射したまま薙ぎ払い、敵の胴体に熱線を刻んでいく。

 それを背後に、呼吸を震わせるベラへと航は言った。


「声を聞いたんだ。あのとき……あれは、『蠕動者』の声だった」


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