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第14話「おれにだって、おれにだってね――」

「全艦、撤退する! 回頭の後、全速前進で基地へ向かえ!」


【ノヴァ・リオ】よりセラ・モンゴメリー大佐が艦隊に命じる。

 既に航行不能となった一隻からは全クルーの脱出が完了している。

『蠕動者』の大群を焼き払った今が最大の好機。

 セラの号令に従って各艦は一八〇度回頭し、旗艦『ゼウス』を三角形に囲む陣形へとシフトした。


「モンゴメリー隊は艦隊の撤退を支援! 私は基地に戻った後、『星野号』の言う新兵器とやらを受け取った後、戦線に復帰する」

『し、しかし大佐……!』


 指針を示したセラにモンゴメリー隊の副長である青年は異議を唱えようとした。

 セラだけにその役割を任せるわけにはいかない。自分たちがセラに見出された精鋭であるという誇りにかけて、彼らは最後まで敬愛する上官と戦い抜く覚悟でいた。


「ダメだ。君たちは艦と基地の防衛を優先しろ。敵はおそらく『知性ある存在』だ、油断はできない。それに――」


 一瞬言葉を詰まらせる。ややあってセラは画面越しに部隊の若き面々を見つめ、言った。


「貴重な戦力を、無駄遣いするわけにはいかないからね」

『でっ、でしたら隊長こそ――』

「反論は無用! 軍人としての本分を果たせ!」


 副官の気遣いを黙殺し、セラは己の使命を遂げるため単身、『基地』へと向かっていった。

 コックピット内には機体のエネルギー残量不足を訴えるアラートが鳴り響いている。

【ノヴァ】には共通規格として宇宙線を電気エネルギーに変換する機能が備わっており、宇宙空間ならば戦いながらでもパワーを回復させることができる。

 が、それはエネルギーの全体量からしたら微々たるものだ。大量に失われた電力を回復させるには足りない。

『基地』に戻ったら補給を受ける必要がある。その間に新装備とやらの換装も済ませればいいだろう。


「頼んだぞ、我が『モンゴメリー隊』よ……!」


 艦隊が進み始める。

 セラは各艦に随伴する【ノヴァ・アリーズ】部隊の武運を祈った。



 小惑星の陰に潜む巨大な黒い影は動かない。

 不自然に沈黙しているそれに、微速で近づきながら、『星野号』のクルーたちは開戦のときを静かに待ち構えていた。


『あんなに大きいの……俺たちに倒せるっすかね……?』

「でかくても『蠕動者』は『蠕動者』だ。弱点は一緒だよ。まぁ、あれだけの図体だと、倒すには相当のダメージを急所にぶち当てなきゃいけないだろうけど」


 ハルトの問いに答える航の脳裏に蘇るのは、あの『アビス』との戦いであった。

 思い出すのも憚られる過酷で忌まわしい記憶。

 頭を振ってそのフラッシュバックを思考から追い出し、彼は硬質な声で指示を打っていく。


「立花さん、ハルト。敵が動くまで絶対に仕掛けないで。下手に刺激してはいけない」

『――了解した』

「ノアとベラちゃんは弾幕をいつでも撃てるように用意して。スミスは敵が動き次第、艦の高度を上昇させて敵の頭上を取るように」


 クルーたちが与えられた任務にいつでも移れるよう身構える。

 時間がいやに長く感じられた。緊張に張り詰めた精神がじりじりと削られていく。

 静かに、静かに、鎮座する黒い影との距離を縮める。

 遠景には小惑星の一つにしか思えない丸い姿。

 だがカメラを拡大してみると、その表層は赤黒くぬめりを帯びているのが分かった。

 敵との距離があと一〇〇メートルという地点まで近づいた、束の間。

 静謐は突如、破られた。


『――――――――!!』


 声なき目覚めが宇宙の真空を震わせる。

 大蛇の蜷局(とぐろ)が一瞬にして解かれ、その顎が開かれる。

 虚無の大口から吐き出され雪崩れ込む小型の『蠕動者』の軍団を前に、『星野号』はすかさず『対蠕動者ミサイル』の弾幕で応じた。

 炸裂する弾薬が敵の尖兵たちの頭部を爆破する。

 それでも死にゆく同胞の身体を乗り越え、或いは弾幕の間隙をすり抜けてきた『蠕動者』が艦へと迫った。


『――行かせん』


 が、それらを阻む絶対の壁が一機。

【ノヴァ・ヴァーゴ】である。

 輪舞のごとく流麗な剣捌きで瞬く間に接近した『蠕動者』を切り刻んでみせた。


『艦長、敵が逃げる! 追いかけましょう!』


 こちらが生ける弾幕である『蠕動者』に対処させられている隙に、敵の本体は身を翻して逃走せんとしていた。

 語気を強めて言う立花に、航は思わず爪を噛む。

 敵が逃げてくれるのなら深追いしなくても良いのではないか。無謀な戦いに挑んで命をすり減らす必要などないのではないか。艦隊は既に撤退を始めている。このまま基地に戻って防備を固めておけば十分ではないのか――。


『何を恐れているのです、艦長!?』


 怒鳴りつけてくる立花の機体が、モニターの中で小さくなっていく。

 単機で敵を追跡し始めた立花の後ろ姿を、航は呆然と見つめた。

 ダメだ。一人で行っちゃダメだ。あれは【ノヴァ・ヴァーゴ】一機でどうにかなる代物ではない。行けば死ぬ――。


「あいつを追う! 『星野号』前進せよ!」


 やむを得ず航は艦を動かした。

 追跡してくる【ヴァーゴ】と『星野号』を払い除けるために、『蠕動者』はその口の端から小粒の眷族たちを放出していく。

 が、その数は先程と比べて少ない。残弾がもうすぐ底を突こうとしているのだ。

 心なしか敵の体躯も、先程までより細くなっているように見える。『蠕動者』たちを蓄えて膨張していた身体が、本来のサイズに戻りつつあるということだろうか。


「雑魚のストックが尽きたら、あいつとの一対一タイマン……! セラが来てくれるまで粘れば勝てるわ、わたしたち!」


 ベラが感じている高揚と、いまの航の鼓動の激しさは別種だ。

 本能の警鐘が心臓を激しく脈打たせている。緊張に息が苦しくなる。出撃前に食べたものを吐き戻しそうになる。

 それでも口元を押さえて必死に堪え、彼は『星野号』の艦長であろうとした。


「立花さん、『蠕動者』よりも先行して彼の進行ルートを阻んで。これ以上『基地』から離れると不味い」


【ヴァーゴ】が背面部と腰部のスラスターを青白く輝かせ、加速する。

 サングラスの下の目を細めてそれを見届けた航は、次いで赤茶髪の青年へ呼びかけた。


「ハルトは『星野号』とともに小型の『蠕動者』への対処を継続」

『りょーかいっす!』 


 弾幕が流れ来る『蠕動者』たちを撃墜し、撃ち漏らしも【ノヴァ・トーラス】がビームライフルで都度落としていく。

 ――セラはまだか。

 時間的に間に合うはずがないというのに、そんなことを考えてしまう自分が嫌だった。

 一気に速度を増した【ヴァーゴ】が敵の頭上から真正面に飛び込んでいく。

 対決のときは、いまだ。



 白い軌跡の弧を描くように、宙返りした【ノヴァ・ヴァーゴ】は逆さまの体勢で二挺のビームピストルをぶっ放す。

 脳天へ叩き込まんとする強烈な二連撃。

 それに対し『蠕動者』は頭部を下げ、【ヴァーゴ】の下へと潜り込んだ。


「当然避けるだろう――だが!」


 狙いは端から急所ではない。

 曲芸じみた機動で体勢の上下をぐるりと入れ替えた【ヴァーゴ】は武器をすぐさま実体剣へと持ち替える。

 すれ違いざま、一キロメートルは優に超えるであろう敵の長躯に刃を刻みつけた。

 痛みに悶えるように『蠕動者』の身体が震える。即座に距離を取って弾き飛ばされるのを回避した立花は、敵の背後から高出力のビームライフルを射かけ、その進路を『星野号』側へと誘導した。


「そっちに行きましたよ、艦長!」



 立花に呼びかけられ、航は瞳を大きく見開く。

 目的は倒すことではなく、敵をこの宙域に留め置くための時間稼ぎだ。

 だから大丈夫だ――そう、己に言い聞かせる。


「一八〇度回頭、『星野号』転進! おれたちが『餌』になって、彼をセラのもとまで連れていく!」

「おいおい、俺はサーカスの曲芸師じゃないんだぞ!?」


 度々の方向転換を命じられるスミスが素っ頓狂な声を上げた。

 彼の言葉にツッコむ余裕すらもはやなく、航は激しく貧乏揺すりしながら早口にノヴァパイロットたちへと指示を出す。


「立花さんは引き続き敵を後ろから追い立てて。ハルトは艦に引っ付いて待機、攻撃はしなくていい。目立つように甲板にでも立ってアピールしといて」

『了解』『え、うそ、こわっ! 何もせずに敵が近づいてくるのを見とけってことっすか!?』


 若干パニクるハルトに「そうだ」と素っ気なく返す航。

 明らかに普段と様子が異なる航に、ベラはいてもたってもいられず駆け寄った。


「――艦長!」

「ベラちゃん! なに持ち場を離れてるんだ、戻って!」

「戻るのは艦長のほうです! 身体はここにあっても、あんたの心は持ち場を離れてる!」


 苛立ちをぶつける航に対し、ベラは容赦なく掴みかかってその胸ぐらを揺さぶった。


「どうして急にそんな腑抜けちゃったのよ!? わたしの知っている星野航って人は、のんびり屋でお調子者で、でもやるときはやってくれるカッコいい男だったわ!」


 ベラ・アレクサンドラは涙を流し、訴えかけてくる。

 それが航には腹立たしかった。たった数日の付き合いで一体、何が分かるというのか。これまでおれが抱えてきたものの重さも、過去のつらさも、痛みも、何も知らないくせに――。


「おれにだって、おれにだってね――」


 鬱屈した思いを吐き出そうとした、そのとき。


『艦長ッ、奴が加速します――避けてください!!』

「……っ」

「取り舵十五、回避するぞ!!」


 立花の警告が耳朶を打ち、出遅れた航に代わってスミスが自己判断で動く。

 巨大な尾を激しく蠕動させながら急加速する大蛇の怪物。

 それに対し『星野号』は艦を左側に回頭させるが、しかし。


「――――――――ッッ!!?」


 衝撃が、艦を震撼させた。


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