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第13話「『ハンター』撃ちます!」

『蠕動者』蠢く戦場に目を走らせる。

 混沌カオス極まる戦場に単騎、艦を乗り込ませた航はクルーたちに素早く命じた。


「周りの奴らよりデカいのを探して! そいつが敵のボスだ!」


 明確な根拠はない。だが、その推論を導くだけの材料はある。


 まず最初に、敵が現れたときに覚えた違和感。あれだけの数がレーダーを掻い潜って『基地』にまで接近するなど、普通は有り得ない。彼らが索敵にかからない休眠状態であったとしても、百を超す軍勢が偶然まとまって漂流していたとは考えにくい。仮にそうだとしても、その規模ならレーダーにかからずとも視認できるだろう。

 休眠状態の『蠕動者』を、何者かが密かに誘導したと推定するのが妥当だ。

 では誰が――という問題は、知性ある『蠕動者』というアンサーで解決している。


 第二の問題は、その知性ある存在がどうやって『蠕動者』の大群をこちらに差し向けたのかということだ。

 人類側に勘付かれない接近。

 脳裏に過ったのは五年前、小惑星『アビス』探査任務で母艦を壊滅させた、超大型級の『蠕動者』であった。


 今回の敵もあのときのように、小惑星に擬態したうえで休眠状態に入っていたとしたら。

 その体内に配下の『蠕動者』たちを隠し、ここに流れ着いたタイミングで吐き出したとしたら。

 すべての辻褄は合う。

 ――合ってしまう。


「周辺の小惑星や隕石からは距離を取って! 敵はそれらに擬態している可能性がある!」

「っ、了解した!」

「面舵いっぱい! 『ハンター』撃てぇーッ!」

「はっ、『ハンター』撃ちます!」


 普段は年長者として冷静さを崩さないスミスも、このときばかりは額に脂汗を滲ませていた。

 ノアも必死の形相で航の指示に応じる。

『星野号』は船首を右に向ける。艦の側面に取り付けられた砲台のばら撒く弾幕が、背後の艦隊へ迫る『蠕動者』たちを阻んだ。


「艦回頭一八〇度! 降下しつつ『蠕動者』たちから一旦距離を取る!」


 敵が巨大であるならば、あの軍勢の中には隠れきれない。もっと離れた外側にいるはずだ。

 艦の向きを修正しながら戦線の下に沈み込み、航たちは各部カメラが捉える映像をくまなく探った。



『うわわっ、何匹か付いてきたっす!?』

『そんなもの切り払え! いちいち騒ぐんじゃない!』

『俺は立花さんみたいに強くないんすよっ!』


 艦と並走する二機の【ノヴァ】を、のたうつ龍のような大型の『蠕動者』三匹が追う。

 顎の奥の深淵がすぐ背後まで肉薄するなか、びびり散らかすハルトに立花が檄を飛ばした。

 身を翻して敵の頭上まで躍り上がり、抜き放った白刃の一刀がその脳天を寸断する。

 勢いを殺さぬまま流れるような剣捌きで瞬く間に二体、仕留めてみせた。


『でも――いいとこ見せないとっすね!』


 残る一匹の大口が体躯をかすめた、その瞬間。

 体内へ引きずり込もうという吸引力に抗ってスラスターにブーストをかけた【ノヴァ・トーラス】が、突進した。

 飛び出すと同時に急制動をかけてUターン、そのまま敵の後ろを取って頭部にビームライフルの連射を浴びせる。

 畳みかける熱線に皮下の肉から骨まで焼かれ、一〇〇メートルを超す『蠕動者』の肉体が一挙に灰となって崩壊した。


『よっしゃ! 見てたっすか、ベラちゃん!』



「見てたわ、ハルトさん! わたしだって――」


 青年の勇姿に背中を押され、ベラはロックオンカーソルを艦の右手側から現れた『蠕動者』の一群に合わせる。

 戦線の外からの新手。敵は不審な動きを取った『星野号』を潰さんとしているのだ。

 果てしない虚無を思わせる『蠕動者』の大口が恐ろしくないかと言えば嘘になる。

 目を背けたい。逃げてしまいたい。そんな弱腰を頭を振って追い払う。

 もう誰かを傷つけたくはない。今の自分の居場所である『星野号』とそのクルーたちを守りたい。何より――弱い自分を、超克したい。

 だから。


「『ハンター』撃ちます!!」


 高らかに宣言し、『対蠕動者ミサイル』をぶっ放す。

 硝煙の尾を引いていく弾頭が真っ向から突っ込んでくる敵の頭部に炸裂し、爆散させた。

 離れていく敵の残骸をモニターで確認したベラは、頬を上気させて航を振り返った。


「流石だね」


 にこりと口角を上げてくれる航に、ベラはとびきりの笑顔で応えるのであった。



 三人一組の部隊を組んで、【ノヴァ・アリーズ】隊は『蠕動者』を迎え撃つ。

 艦隊のエンジン部だけは破壊させまいと防衛に専念する彼らは、既に航行不能となった艦からクルーたちが脱出するまでの時間稼ぎも行わなければならなかった。


『頼むから早くしてくれ……!』

『こっちもこっちで限界なんだよ!』


 パイロットたちにかかる重圧はとてつもないものだ。

 合計数百名もの戦艦クルーの命が、自分たちの双肩にかかっているのだ。

 ほぼ無防備な脱出用シャトルが艦を移っている今は特に、一手のミスも許されない。

 艦艇が放つミサイルの弾幕、その間隙を抜けてきた運のいい個体への対処を行う。

 狙い違わず『蠕動者』の急所を撃ち抜く彼らの神経は、今にも張り裂けそうだった。


「皆を救ってみせる――【ノヴァ・リオ】よ、応えてくれ」


 もう動けない艦の前に陣取り、セラは己が機体に祈る。

 自分は人々が思うような英雄ではない。

 五年前に『アビス』を討ったのは星野航であって、セラではないのだ。

 だが、航はその栄誉ある称号をセラに譲った。

 彼の真意は分からない。あの戦いのあと、彼は燃え尽きたようにやる気を無くし、そのまま軍を辞めていった。

 それがセラには解せなかった。彼に軍へ戻れと何度も説得したし、軍上層部にも彼を引き戻すよう掛け合った。しかし、彼は応えてくれなかった。


 ずっと胸にわだかまりを抱えて生きてきた。

 それでも家のために、出世のために譲られた「英雄」という肩書きに甘んじてきた。

 だが、今こそ。

 自分に命運を託してくれている人々や、この戦場で散っていった者たちに報いるために、真の英雄にならなければならない。


「おおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


 セラ・モンゴメリーは吼える。

 腰を落とす「溜め」の姿勢。右手の指先は剣の柄へ。

 屈めた膝をバネに跳躍し、スラスターを最大出力にして驀進ばくしん

 その勢いのままに剣を抜き放った。


「せえええええいッ!!」


 横薙ぎ、一閃。

 剣が纏う赤い粒子が炎のように拡散する。

 波動となって叩き込まれる高周波の電磁波が敵の肉体を瞬発的に熱し、その肉体を膨張――間もなく、爆発させた。

 宙域の『蠕動者』たちが塵となって消えていく。

 肩を上下させてその光景を見届けるセラは、モニターが表示する残りわずかとなったエネルギー量を気にしつつ、視線を下方にやった。


「奴は任せるぞ、航……!」



 燃え盛る炎の河が『蠕動者』を押し流したかに見えた。

 その凄まじさにノアが唖然とし、スミスが瞠目し、ベラが胸を震わせる。

 束の間、戦いの音が止んだ。

 航は目を閉じ、何かを待つかのように微動だにしなくなる。


「艦長……?」


 呼びかけようとするベラを、スミスが太い腕で制止した。

 彼は何かを捉えようとしているのだ。それが何なのか自分たちには分からないが、今は信じるほかない。

 ほどなくして、黒髪の青年は瞳を開く。


「……そこだね」


 その声音は驚くほど落ち着き払っていて、ともすればある種の哀しみさえ思わせるようだった。

 宙域の奥に浮かぶ一つの小惑星を指差し、航は言う。


「知性ある『蠕動者』はあの裏にいる。彼を討てば、この戦いは終わるよ」


 ノアがモニターの映像を拡大すると、確かに半径五〇〇メートル程度の小惑星の陰に、黒い影が滲んでいた。

 基地が捉えられないのも無理はない。皆既日食で太陽が月に隠れてしまうように、小惑星とぴったり重なっていた結果、その『蠕動者』は姿を消してしまっていたのだ。


「案外遠いな。艦隊と離れるが大丈夫なのか?」

「孤立無援の戦いも上等さ。今までも散々やってきたことだしね」


 スミスの問いに、航は鼻を擦って笑う。

 次いで彼は「宇宙救難チャンネル」を開き、旗艦『ゼウス』へと通信を繋げた。


「『ゼウス』の艦長さん、モンゴメリー大佐に伝言を頼むよ。【基地に戻り次第アーク工房から新兵器を受け取り、最果ての戦場へ向かえ】。以上だ」


 最果ての戦場、とぼかした言い方をしたのは解釈に余裕を持たせてマザー司令の妨害を防ぐためだった。

 とはいえ、ここまでの事態になれば司令も私情は持ち込んでこないと思いたいが。

 言うだけ言って通信を切った航は、スミスに目配せをする。

 艦長の意を汲んだ禿頭の偉丈夫は、並走する【ノヴァ】パイロットたちへと呼びかけた。


「加速するぞ。振り落とされないよう付いてこい!」

『そこまで甘いパイロットではないぞ、私は』『了解っす!』


 船体各部のスラスターが火を噴き、さらなる加速を敢行する。

 おんぼろ艦には耐え難い負担かもしれない。だが無茶は承知だ。たとえ艦が壊れようとも、やり遂げねばならないことがある。


(過酷な戦場を単騎で往復できるだけの力を持つのは、お前と【リオ】だけだ、セラ。おれたちがどうにか時間を稼ぐ、だからどうか――)


 今度こそ、君が本当の英雄になれ。

 そう戦友に言葉を贈り、星野航は決戦の場に船を進めていった。

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