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第12話「この戦場を見ている、お前は誰だ!?」

 威厳ある指揮官の仮面を被り、セラ・モンゴメリーはパイロットたちを鼓舞する。 


「奴らはこれまでにない規模と見える。だが、我ら正規軍の敵ではない!」


『基地』前方二キロメートル先に展開した『蠕動者』の数は、およそ二百を超える。

 対するアステラ正規軍は二百メートル級護衛艦が四隻と、旗艦である四〇〇メートル級が一隻、艦載の【ノヴァ】が約百機。

 パワーバランスとしては互角――否、護衛艦の装備を鑑みれば正規軍側がやや有利だ。

 だがその目算も、敵の数がこれ以上増えないことが大前提である。


「これは人類の尊厳をかけた戦いである! 我々の外宇宙への旅路、新天地の獲得は、『エレス基地』なくして成し得ない! アステラに根ざすすべての人々の未来のために! 兵士たちよ、戦うのだ!」


 セラ・モンゴメリーは錦の御旗だ。

 彼という英雄と、それを象徴する機体の存在が、気圧されていたパイロットたちに力を与える。

【ノヴァ・リオ】。

 白いボディに、胸部や腰部、肩、膝などの要所を赤い装甲で覆った機体。

 腰に佩いた剣や背中になびく漆黒のマントといった容貌は、勇壮なる騎士のようだ。

 剣を抜いて高く掲げ、セラは鬨の声を上げる。 


「私が先陣を切り、突破口を開く! 誇り高きアステラの精鋭たちよ、我が後に続け!」

『『『おおおおおおおお――ッ!!』』』


 預かった艦隊と【ノヴァ】を引き連れて、【ノヴァ・リオ】は前進していった。

 彼らの期待を煽り、プライドを刺激して死地に向かわせる責任は果たさねばならない。

 目標は敵の殲滅である。一体でも多くの『蠕動者』を討ち、一人でも死傷者を減らしたうえで勝利するのだ。



「セラが出たか。おれたちも作戦開始だねー」


 いつもの弛緩した口調を取り戻し、航が言う。

 艦外で待機していた【ノヴァ・ヴァーゴ】の立花は、通信越しに訊ねた。


『闇雲に突っ込んでどうにかなる相手ではない。策はあるのですか、艦長?』

「あるさ。アーク工房に依頼した新兵器、あれが完成すれば勝機はある」

『間に合いますか?』

「おやっさんならきっと、やり遂げてくれるさ」


 確信を込めて言い切る航に、立花はそれ以上訊きはしなかった。


『要はそれまでの時間稼ぎをしろ、ということですか』

「そのとーり。んで、おれらは正規軍に所属しないフリーだから、自由に動ける。崩れそうな戦線を支える遊撃隊を買って出ようじゃないか」


 自信たっぷりに胸を張って航は宣言する。 

 正気ですか、と立花は目を剥いた。


「どーせ、マザーのババァはおれたちに面倒な役回りを押し付けてくるんだ。言われる前に率先してやって、正規軍の良識派に少しでもいいとこ見せとけば、後々いいことがあるかもしれない。これは未来への投資だよ。……まっ、命懸けでもあるけどね」


 舌を出して笑う航へのクルーたちの反応は、非難ではなく苦笑だった。

 スミス、ハルト、ノアがそれぞれ言う。


「命懸けなのはいつものことだろう、艦長?」

『そうっすよ! 艦長の下にいたら命が幾つあっても足りないっす!』

「そ、それはちょっと失礼じゃないですか、ハルトさん……?」


 彼らのコメントにベラもくすっと笑い、それから彼女は航を振り返って促す。


「セラに目にもの見せてやりましょう、艦長! わたしたちでもやれるって証明するんです!」

「そうだねぇ。そのくらいの気持ちで向かっていったほうが、よさそうだ」


 答えつつ、航は正規軍艦隊の動きをモニターで確認した。

 旗艦を中央に四隻の従属艦が円陣を組んだ「輪形陣」。

 司令塔を守りながら戦う防御的な陣形だ。レーザー砲の第二射を放つまでの時間稼ぎとしては手堅い。

 が、航はそこに違和感を覚えた。先程聞こえてきたセラの演説からは、電撃作戦で一気に片を付けるような気概を感じたのだが。

 ――艦隊全体とセラの意思が統一できていない?

 そこに一抹の不安を抱く。爪を噛んだ航はモニターの地図上で先行していく【ノヴァ・リオ】の軌跡を追いつつ、呟いた。


「……無茶だけはするなよ、セラ……!」



 背後に艦隊を率いてセラの【ノヴァ・リオ】は敵群へと迫った。

 圧倒的な数を誇る暗黒の軍団を前に、獅子の名を冠する騎士は剣を抜く。

 彗星のごとく敵陣に切り込み、一刀の横薙ぎ。

 光の粒子を纏う刃が『蠕動者』の粘性の肌を断ち切り、臓腑と脳漿を飛散させる。

 一撃を加えて即座に離脱。

 陣形に穴を開けられた『蠕動者』たちは標的を【ノヴァ・リオ】に絞り込み、一斉に飛びかからんとした。


『「アキレウス」てぇーッ!!』


 旗艦にて鋭く放たれる号令。

 四〇〇メートル級護衛艦『ゼウス』より二連装ビーム砲『アキレウス』が火を噴き、迸った火線が前に出た『蠕動者』の一団を葬り去る。


「良いタイミングだ! 【ノヴァ】隊は私に続き敵へのアタックを、艦隊は砲撃にて援護を!」


 艦に残した副官の働きを賞賛しつつ、セラは全部隊への指示を打つ。

 護衛艦のカタパルトから黒いボディの【ノヴァ・トーラス】が続々と発進していき、ビームライフルの連射で敵陣に空いた穴を広げていった。


「撃てぇ! てぇーッ! モンゴメリー大佐に続け!」

「隊列を崩すな! 近づいてくる敵は斉射で追い立てろ!」


 士官たちの怒号が飛び交う。

 横一列に並んだ【ノヴァ】による赤色の光線の一斉掃射。

 たちまち前方の『蠕動者』たちが焼き払われ、パイロットたちが勢いづく。

 この戦場にいる誰の目にも作戦は順調に進んでいるかのように見えた。

 ただ一隻、唯一離れた場所で待機していた『星野号』を除いて。



 密集していた敵の陣形が、少しずつ、ゆっくりと、展開を始めている。

 対する正規軍艦隊の動きは変わらず、敵陣中央への攻勢を緩めてはいない。

 遅々とした『蠕動者』たちの前後左右、三六〇度の広がり。

 どうやらセラは気づいていないらしい。だが、司令部のマザーがこれを見逃しているとは思えない。セラや現場指揮官が分かっていないということはすなわち、マザー司令が彼らを見捨てたことを意味する。


「あのババァ、どういうつもりだよ……!?」


 これは人類と『蠕動者』との戦いだ。

 マザー司令の政治的な事情を持ち込んでいい場ではない。


「旗艦『ゼウス』に繋いで! 事態を知らせなければ!」

「だっ、ダメです! 強力な電磁波の乱れがあり、通信不能です!」


 チッ! と航は盛大に舌打ちした。

『蠕動者』や【ノヴァ】のビームが放出している宇宙線の影響だ。通常ならここまでの影響はないが、これだけの大軍勢の争いとなると話は違ってくる。


「セラに貸しを作ってやる! 『星野号』発進、目標は『ゼウス』だ!」


 航の合図に従ってスミスが操舵輪を回す。

 艦首を一五度上向けて上昇、一気に加速して『星野号』は艦隊へと向かっていった。



 斬って、斬って、斬り続けて。

 数多の『蠕動者』の脳天を両断したセラは、肩で呼吸しながら艦隊の動きを一瞥した。

 前進した艦隊は既に敵陣の中に入り込んでいる。

 ――これでいい、とセラは胸中で独白した。

 敵陣の中央から周囲に艦砲射撃を浴びせ、レーザー砲の使用を待たず一挙に殲滅する。それこそがセラの狙いであった。


「各艦、主砲射撃準備! 全方位の蠕動者を殲滅する!」


 肉薄した『蠕動者』三体を流れるような剣筋で捌きつつ、セラは命じる。

 だが、目の前の敵から視線を引き剥がし、全体を見渡した瞬間――彼は気づいた。

 自分たちは敵の陣形に開いた穴を広げていたのではない。敵のほうが自ら散開することで、そう見せていただけだったのだ。


「僕たちに食いつかず離れている……? どういうわけだ……!?」


 怪訝さに形の良い眉をひそめる。

 敵が本能に従うだけの獣であるなら、このような行動は取らないはずだ。それが意味することはつまり――


「ノヴァ部隊は所属艦の死角を守れ! 艦にだけは食らいつかせるな!!」


 沸騰するかのごとく危機感が膨れ上がる。

 死に物狂いで声を張り上げるセラの指揮で各艦の【ノヴァ】部隊が隊列を移動させんとする。 

 だが――わずかに遅かった。


『――――――――――――!!!』


 殺意が肉薄する。

 全方向から艦隊を取り囲んでいた『蠕動者』たちが怒濤の勢いで押し寄せる。

 想定を遙かに超える速度で迫った虚無の怪物に、パイロットたちはにわかに対応できず、構えたライフルごと機体を食い破られた。

 さらに自らを質量爆弾として使った突撃が艦へと襲いかかり、迎撃せんとしていた【ノヴァ】も巻き込んで大打撃を与えた。

 兵士たちの断末魔の声が響き渡る。

 脳内でリフレインする彼らの悲鳴に顔を歪め、唇を噛み、セラ・モンゴメリーは咆吼した。


「この戦場を見ている、お前は誰だ!?」



 またも額を押さえ、航はぎりぎりと歯噛みした。


「ッ……!」


 敵に気取られないよう緩慢な動きで陣形を広げ、一転して急襲をかける。

 本能のままに獲物を食らうこれまでの動きとは明らかに違う。

 奴らには「統率者」がいるのだ。そいつを見つけ出して討たない限り、自分たちに勝ち目はない。


「プラン変更だ! こうなったら艦隊と合流するよりも敵の中核を探し出して叩くほかない!」

「艦長……!?」

「セラの心配は要らないよ! あいつはおれなんかよりずっと優れた指揮官だ。あいつだったら艦隊を立て直して撤退するところまで持っていける!」


 切迫した声を上げるベラに、半ば自棄になった口調で航は言い放った。

『星野号』一隻の力では艦隊を守り切れない。ならば最初からそれは諦めて、敵軍の「頭」を潰すことに注力すべきだと航は判断した。


「敵の中に飛び込んで艦隊そのものを撒き餌として使い、集まった敵を艦砲射撃で殲滅する――そのセラの策が逆手に取られたんだ。敵は本能だけの化け物じゃない――奴らの中に、おれたち人類と同じように知能を持つ存在がいる」


 クルー一同がどよめく。

 確証はない。だが現状が普通ではないのは断言できる。

 困惑し絶句するベラたちに「行くよ!」と発破をかけ、航は艦を加速させた。



 黒煙の揺らめく戦場を見回し、セラは歯を食いしばる。

 戦線は完全に崩壊していた。

 ノヴァ部隊は半数が撃破された。艦隊も各砲門やエンジン部が損傷し、満足に戦えない状態となっている。旗艦『ゼウス』も直上からの攻撃を防ぎきれず、主砲が機能不全に陥ったとのことだった。

 途切れ途切れに聞こえてくる艦からの通信が現状の悲惨さを伝えてくる。

 認めざるを得なかった。

 セラ・モンゴメリーは指揮官として敗北したのだ。


(だが……諦めるわけにはいかない。生き残った兵士たちを一人でも多く基地へと連れて行く。それが僕の使命だ)


 勝機はある。

 特攻を仕掛けてきたことによって『蠕動者』側の戦力も半減している。数だけでいえばイーブンだ。数だけ――ではあるが。


「モンゴメリー隊に通達! 本隊はこれより艦隊の『基地』への撤退を全力をもって支援する! 私の不始末の尻拭いをさせてしまうこと、申し訳なく思う。だが、どうか――一人でも多くの兵を生きて帰すために、力を貸してほしい」


 直属の部隊である『モンゴメリー隊』の面々は十機全員が生き残り、今も『蠕動者』への迎撃に当たっている。

【ノヴァ・アリーズ】。白を基調としたボディに、鎧騎士を思わせる銀色の装甲。頭部には牡羊のそれをモチーフにした二本の角飾りを生やし、【リオ】と揃いの黒いマントをなびかせている。

 武装はビームライフルとビームサーベルというシンプルなものだ。量産機【トーラス】と比較して軽量化を遂げた機体のコンセプトは、高機動型。

 獅子を支える近衛騎士団たる彼らは、セラの呼び掛けに応えて結集する。


『もちろんです、大佐!』

『人を守るために我々はパイロットになったのです。最後まで使命を果たします』


 彼らの言葉にセラの胸は熱くなった。

 そして――この戦場に集ったのは、彼らだけではなかった。


『セラ!』

「航――!?」

『おれたちは敵の中核たる存在を叩く! 君は艦隊を守って撤退させろ!』

「言われずとも、そうするつもりだ!」


 時代遅れのちっぽけなおんぼろ艦が、そのスペックに見合わない凄まじい速度でこちらに突き進んできている。

 発進したのは【トーラス】一機と、専用機らしい純白の【ノヴァ】一機である。

 たったそれだけの戦力。だが、これ以上なく頼もしい友軍だ。


「僕はお前に賭けるよ。だからお前も、僕に賭けてくれ、航――!」


 モニターのウインドウに表示されるかつての相棒を、セラは真っ直ぐ見つめて訴える。

 サングラスを外してにへらっと笑った航は、親指をぐっと上げて応えた。


『オッズは高いよー、セラ?』

「構わないさ。当てればいいんだ」


 それだけ言って通信を切る。

 次に会うときは『基地』で祝杯を交わす。そう固く決意して、戦友二人は各々の戦場に向き合うのだった。

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