目次
ブックマーク
応援する
8
コメント
シェア
通報

第8話「止めないか!」

 小惑星『モニカ』での一幕から、およそ二日。

 予定よりも一日遅れて『星野号』は目的地である『エレス』へと辿り着いた。


「あれが、『エレス』……!」


 ブリッジの強化ガラスの窓から望むその星に、ベラは圧倒された。

 月によく似た氷と岩石の星。表面には無数のクレーターが存在し、恒星の光を受けて青白い銀色に輝いている。


「綺麗……!」


 ベラの隣で、ノアも美しい準惑星に目を奪われていた。

『モニカ』にて頭を打った彼であったが、幸いにも後遺症はなく、昨日からクルーとしての業務に復帰していた。

 額に包帯を巻いている彼にベラは「そうね」と頷き、しばし『エレス』に見入った。

 銀色の星の周りには全幅何十キロもありそうな小惑星が浮かんでおり、規模こそ違えど地球と月との関係のようだった。


「あれが『エレス基地』だよ、ベラ」


 そう言ってベラの隣に立ったのは立花であった。

「えっ?」と聞き返すベラに、立花は解説を加える。


「小惑星型の宇宙ステーション、『メテオシップ』――通称『エレス基地』。もともとあった小惑星の内部をくり抜き、軍事基地として改造した代物だ」


 目を凝らしてみると、岩壁の一部に宇宙船の発着口らしきものが見えた。

 すごい、とベラが感嘆の声を漏らしていると、艦長席の航がぱんぱんと手を叩いて皆の注意を集める。


「みんな~、『エレス基地』とのランデブー予定時刻まで、あと十五分だよ~。ドッキングしたらすぐに降りれるように準備しといてね~」


 間延びした口調で航がクルーたちに指示する。

 ハルトやスミスも「はいっすー」「了解だー」と緩い雰囲気だ。

 戦闘がないときのブリッジはいつもこうだ。クルーの空気は艦長に大いに影響されるらしい。ベラ自身も当初は戸惑ったが、ここに来て数日が経ち早くも慣れ始めていた。

 ここは居心地がいい。誰もベラのことを財閥の令嬢として扱ったりしないし、本音で付き合ってくれる。肩書きという重荷を背負わずに過ごせることが、ベラには嬉しかった。


「ベラ君、ノア、基地へ搬入する荷物があるから手伝ってくれ」


 声を掛けてくる黒い肌の大男――スミスにベラは溌剌とした笑みを返した。


「分かりました。『モニカ』で採取したサンプルですね?」

「そうだ。少々大荷物になるが仕方ない。『UFO』は壊れてしまったからな」


 ばつが悪くなるベラに、スミスは「そう気に病むな」とすぐにフォローを入れてくれた。

『UFO』が破損してしまったのはベラのせいだ。それが使えないとなると人力で運び込むしかない――ということらしいが、そこでベラは一つ疑問に思った。


「【ノヴァ】で運ぶわけにはいかないんですか?」

「それが出来れば苦労しないんだがな。基地には正規軍以外の【ノヴァ】を入れられないというルールがあるんだ」


 一緒にブリッジを出て艦後部の【ノヴァ】格納庫へと向かいながら、ノアが口を挟む。


「じゃ、じゃあ整備は艦の中でやらなきゃいけないってことだね」

「ああ。だが、【ノヴァ】以外の物の出入りは基本自由だ。必要な物品は基地から取り寄せられる」

「ならよかったよ」


 廊下を抜けてデッキへと出る。

 無重力に任せてふわりと跳ぶベラは、待機姿勢の二機の【ノヴァ】のそばを通過し、サンプルを詰めた金属製の箱の前に着地した。

 スミスが用意しておいてくれたのか、近くには台車が置かれている。


「この箱をこいつに乗せて持っていく。相当重いからな。こいつは骨が折れるぞ」

「う、うわぁ……こ、腰やられないかなぁ」

「病み上がりでしょ? 無理しないの」

「でっ、でも、ベラさんがやるっていうのに、ぼくだけやらないわけにもいかないですよ」

「はぁ、見栄っ張りなのね」

「そ、そういうわけじゃ……!」


 呆れて溜め息を吐くベラに、顔を赤くするノア。

 温かい眼差しで二人を見守っていたスミスは、腕時計に視線を落とした。

 ちょうど同じタイミングで、航による艦内アナウンスが流れる。


『間もなく到着するよー。総員、揺れに備えてー』



 ガゴンッ! と豪快な着港を果たした『星野号』。

 揺れが収まったのを確認して荷物を台車に載せた――やはり腰が抜けるほど重かった――ベラたちは、スロープ状のタラップを降りて『エレス基地』へと足を踏み入れた。

 白い光が視界を満たす。その眩しさに目を細め、台車を押し進めながら、ベラは身体に感じる重みに安心感を覚えた。

 重力を感じるのは久々だった。

『エレス』が発生させる重力に引かれて、この小惑星型の基地にも多少のそれは働いている。地球環境を再現した『アステラ』よりも弱いものの、地に足を着けるには十分な力だ。

 そのぶん、荷物の重みも増して大変ではあるのだが。


「ここが、基地のドック……」


 港の波止場にも似た、船の合間の通路を抜けていく。

 開けた場所に出たベラは後ろを振り返って、そこに並んだ幾つもの『護衛艦』を眺め上げた。

 白で統一された巨大な威容を誇る正規軍の艦。意匠も大きさも様々な『星野号』含む民間の艦。その数は十を超えている。それらが一堂に会する光景は壮観だった。


「宇宙の最前線に集う、叡智ある勇者たちの船さぁ。おれたちの『星野号』も含めてね」

「勇者たちって……ちょっとクサいっすよ、艦長」

「オシャレと言いなさい。このおれのセンスに到達できていないとは、君もまだまだだねえ」

「艦長が中二病引きずってるだけっすよね」


 格好つける航へ辛辣に返すハルト。

 先に出て待ってくれていた二人に会釈したベラは、そこにもう一人の姿がないことに気づいて訊ねる。


「あの、立花さんは?」

「あー、彼女はお留守番さ。事情が事情だからねー、しょうがないよー」


 言われて思い出す。彼女は首に爆弾を付けた、死刑囚なのだ。厳格な振る舞いと卓越した【ノヴァ】操縦技術に魅せられて、すっかり忘れていた。

 正規軍の闊歩する基地には流石にいられないということなのだろう。残念だが仕方がない。


「じゃ、行こうか」


 航に促され、ベラたちは先へ進んだ。

 まず、基地内部へ繋がるゲートにて保安検査を受ける。ベラはどきりとした。【ノヴァ】が持ち込み禁止となっているのなら、その技術を流用した己の義体も引っかかってしまうのではないか。

 円筒型の金属探知機の中に入る。案の定ブザーが鳴って、検査官が駆けつけてきた。

 俯くベラを胡乱げに見つめる軍服の男は、眉を顰めて近くの同僚に耳打ちする。

 左眼を縁取る火傷痕に、煌めく銀髪。ベラ・アレクサンドラの容姿は誰もが知っている。


「……どうする?」「財閥令嬢を追い返すっていうのか? それこそまずいだろ……」「そもそも、なんでこんなところに――」


 財閥令嬢。その単語の不快感に唇を曲げる。

 自分がアレクサンドラの人間だからここを通されるというのなら、艦に戻ったほうがマシだ。一人きりで残されている立花と一緒にいる。

 探知機を出てベラが引き返そうとした、その時――彼女の腕を誰かが掴んで止めた。


「待って。この子はアレクサンドラとか関係なしに、『星野号』の一員だ。その『星野号』の艦長として言わせてもらうけど、彼女は何も怪しい者じゃない。ただ、身体を機械で補っているだけだ。疑うというのなら、さっさと爆発物検知器にかけてみるといい。何も出てこないから」


 毅然と言い切ったのは星野航である。

 探知機が表示した金属の影は人型であり、銃やそのほか危険物の体は成していなかった。

 顔を見合わせる検査官はベラを検知器にかけ、間もなく彼女の潔白は証明された。

 手荷物も含め全員の検査を済ませた『星野号』クルーは、ゲートをあとにした。

 床や壁がオフホワイトで統一された、広々とした通路に靴音が反響していく。

 前を歩く航の背中にちょんちょんと触れて、ベラは照れくささから舌っ足らずな口調で言った。


「あの……あ、ありがとう、ございます」

「ん? 何のこと?」

「すっとぼけないでください。さっき、助けてくれたでしょう」


 ああ、と航は頭をぼりぼり掻きながら言う。


「当たり前のことを言っただけだよ。礼を言われるほどじゃないさ」

「こういうところはカッコいいんすよねぇ」

「もー、言うなってー! モテちゃうだろー?」


 ハルトに羨望の眼差しを送られ、調子づく航。

 格好いいんだかよくないんだか、とベラは肩を竦めるのだった。



 長い通路を抜けるとエントランスホールに出る。

 何やら色々と手続きが必要なようで、航は一人、正面奥のカウンターへと向かっていった。

 手持ち無沙汰になったベラたちはその場で待つことになる。台車の持ち手に体重をかけつつ、ベラはぼうっとホールを眺めた。

 出入りする人の数は多い。ほとんどが軍人であるが、中には私服姿の民間護衛艦のクルーらしき者もいる。

 五、六人で駄弁っている軍服の青年たちの脇を、神経質そうな私服姿の男性がインカムで通話しながら早足で過ぎていく。

 その一景をぼんやりと見ていたベラは、突然聞こえてきた「おーい!」という声にびくりと肩を跳ね上げた。


「坊主のとこのクルーたちか! よく来てくれた!」


 思わずスミスの陰に隠れたベラは、おそるおそる声をかけてきた男を窺う。

 近未来的な空間にそぐわない、油汚れの目立つ着古したツナギ姿。身体は縦にも横にも大きく、はち切れんばかりの筋肉が胸元で主張している。大柄なスミスをさらに上回る巨体は、二メートルを超しているだろう。

 衆目を集めるインパクトのある男を前に、ベラはたじろぐ。

 が、次の男の言葉に彼女は目を丸くした。


「ノア坊も無事かぁ! 流石は俺の息子だ!」

「おっ、親父――じゃなくてお父さん! 声が大きいよっ」


 ノアが顔を真っ赤にして諫める。華奢な彼とこの男は似ても似つかないが、刈り上げた髪の金色と瞳の青色は同じだ。


「『モニカ』で採取した土壌のサンプルです。艦長は席を外していますが、お渡ししても?」

「おうよ! 坊主にはあとで適当に声かけとくわ! 今後ともノア坊を頼むぞぉ、スミス!」


 持ってきた大きな台車の上に地質サンプルを移し替えて積み重ね、軽々と押し運んでいく大男。

 嵐のように過ぎ去っていった彼の背中を呆然と見送るベラに、スミスが紹介する。


「『アーク工房』のディアン・アーク工房長だ。『星野号』とは懇意の間柄でな、その縁で息子のノアを預けたというわけだ。俺はそのお目付役だな」


 へえ、とベラは呟いた。ああいう暑苦しいタイプの人はどうにも苦手だ。

 そんな彼女の思考を見透かしたのか、スミスはその強面に苦笑いを浮かべた。

 と、そこに航が入れ替わりで戻ってくる。


「おっ、さっそくあのおっさんと出くわしたってとこか。巨人みたいな見た目だけど、腕は確かだし人となりも信頼できる。おれのお得意様の一人さぁ」


 タブレット端末を小脇に抱え、手続きを済ませてきた航はにやっと笑った。

 ベラの肩に手を置いた彼は向かって左側を顎で示し、「んじゃ、行きますかー」と皆に言う。


「ど、どこへ?」

「決まってるでしょー、飯だよ飯ー!」



 一旦宿泊室に手荷物を置いてから、ベラたちは食堂へと向かった。

 ホールの奥に隣接している食堂は、十九時という時刻もあって混雑していた。

 歓談する人たちの賑やかな声を聞いていると、自分がいま宇宙にいることも忘れそうになる。航のあとに付いて席の合間を行きつつ、テーブルの料理を一瞥したベラは「わあ」と声を漏らした。

 カレーライスにハンバーグ、ラーメンにうどん、餃子や生姜焼きの定食まで、和洋中そろい踏みのメニュー。『星野号』で食べたペースト状の食事とは違う、アステラで食べるのと何ら遜色のない料理だった。

 ぐぅぅっとお腹を鳴らしてしまうベラにくすっと笑み、航は言う。


「『エレス』は水が採れるからねぇ。食材さえあれば、これだけまともな料理が作れるってわけ」

「すごいですね。わたし、何頼もうかしら」

「オムライスがお薦めだよー。ここのトマトソースが美味いんだー」

「もう、それは艦長の好みでしょう」


 空いている席を見つけた一行はそこに座り、ベラは全員分のオーダーを聞いて食券機の前に並んだ。

 皆のために些細なことでもやりたかったのもある。が、お嬢様のベラは食券など触ったこともなかったので、興味があるというのが一番の理由だった。

 どんなメニューがあるのだろう。わくわくしながら列に加わった彼女だったが、ふと目の前に割り込まれて声を上げる。


「ちょっと! わたし並んでたんですけど!」

「あぁ? 『フリー』風情が何言ってんだよ」「食堂は正規軍優先だろ、知らねぇのー?」


 軍服姿の青年たちが下卑た笑みを浮かべて、ベラを見下ろす。

 周囲の軍人たちからの視線にベラは怯んだ。

 特権意識から生じる侮蔑。そういうものがあるとは聞いていた。しかし、こうも直接的な言葉を使われるとは思ってもみなかった。


「グロい顔見せんなよ。飯が不味くなるだろうが」「ってか、『火傷姫』じゃね? なんでこんなとこにいんの?」


 加えて容姿も罵倒される。隠しもしない不快感のメスが傷口を抉り開く。

 ここでも自分は馬鹿にされるのか。軍人たちであっても、そんなふうに刺々しい心を持っているというのか。

 胸の痛みに歯を食いしばる。怖い。この場所から逃げてしまいたい。けれど航たちに余計な心配をかけたくない。どうしよう――。

 ベラが己の心と闘った、その時。


「止めないか!」


 制止する者がいた。

 よく通る凜々しい声に顔を上げる。人波を掻き分けて現れた青年の姿に、ベラははっと目を見開く。


「セラ……!?」


 軍服の胸元に光る、大佐を示す三ツ星に下線の階級章。気品に満ちた勇壮な佇まい。煌めく金色の髪に、透き通るエメラルドグリーンの瞳の美男子。

 セラ・モンゴメリー。

 ベラ・アレクサンドラの婚約者であり、五年前に超大型級『蠕動者』・『アビス』を討った人類の英雄である。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?