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第7話「身の程を弁えろ!」

 機能停止した『UFO』のコックピットハッチが、工具を引っ提げて駆けつけたスミスによってこじ開けられる。

 茫然自失するベラを他所に、黒い肌の彼は円盤内部に身を乗り出してノア少年の様子を伺った。


「意識がない。頭を打ったか」

「……そんな……」

「どいていろベラ君。すぐに彼を医務室へ連れて行かねばならん」


 言われるがままにベラは機体から出る。

『UFO』は悲惨な有り様だった。『蠕動者』と激突した側面は凹んでおり、前面の砲身は歪に曲がっている。

 そして、そこから救助されたノアの状態も痛ましいものだった。前頭部からの出血が額に垂れ、閉ざされた目元まで汚している。

 少年を横抱きにしたスミスは足早に格納庫を出ていった。

 その背中を黙って見送ることしかできないベラに、【ノヴァ・ヴァーゴ】を降りてきた立花はつかつかと歩み寄り、そして――


「馬鹿者!!」


 パシンッ!! と、少女の頬を張り倒した。

 よろけるベラは叩かれた箇所を押さえ、ショックに揺らぐ目で立花を見上げる。


「君の勝手な行動でノアは負傷し、『UFO』も使い物にならなくなった! 私が間に合わなければ君たちは間違いなく死んでいたんだぞ!」

「でっ、でも……」

「言い訳するな! 自分の力だけであの『蠕動者』を倒せるとでも思っていたんだろうが、勘違いも甚だしい! 身の程を弁えろ!」


 激しい語気で叱責され、ベラは唇を噛んだ。

 返す言葉もなく俯く少女に、立花は年長者として言い渡す。


「君は懲罰房行きだ。艦長も許可を出すだろう」


 格納庫を出たベラが向かわされたのは、懲罰房――ではなく昨晩過ごした寝室であった。

 ガタン、と閉ざされた扉越しに立花が言ってくる。


「出ていいと言われるまでそこにいろ。自分の行いを反省するんだな」


 暗い部屋の中、狭いベッドの上で膝を抱えて丸くなり、ベラは涙をこぼした。



 ブリッジにて、一人で戻ってきた立花を見やり、航は何があったのかを察した。

 艦長席に座り直した彼はサングラスを外し、己の内圧を下げるように溜め息を吐く。

 死んだ魚のような垂れ目が、さらに疲れの色を帯びた。


「嫌われ役はつらいね、立花さん」

「いえ。必要なことだと、分かっていますので」

「でも、手ぇ出すのはダメだよ? ここは軍隊じゃない。それに、相手は未成年の女の子だ」

「何故それを……」


 先程ベラの頬を張った右手を立花は左手で擦る。あのときの感触はまだ、生々しく残っていた。


「そんな泣きそうな声で言われたら、嫌でも気づくさ」

「そうか……」

「新兵だったおれを散々殴ったあの頃のあなたは、そんな顔していなかったのにね」


 柔らかく優しい声音で航は言った。

 首元の銀の箱を指先でなぞりながら、立花は呟きを落とす。


「あの頃は軍人でしたから」

「そうだね。だけど、今はフリーの『護衛艦』クルーだ」


 航は眼前の大型ディスプレイをぼんやりと見上げる。

 付近に活動状態の『蠕動者』は探知できていない。上手く敵を撒くことには成功したが、ミサイルの残弾は撤退際にほとんど撃ち尽くしてしまった。次に敵と遭遇したら、立花とハルトの【ノヴァ】二機だけで何とかしなくてはならない。


「『エレス』までの距離はあと一日、ってとこか……ねぇ立花さん、それまで敵と遭わずに行けると思う?」

「小惑星帯の外側を進めば、或いは。そうすると迂回路を行くことになるので、多少時間がかかってしまいますが」

「急がば回れってやつだねえ。予定より遅れるけど、優雅な宇宙(そら)の旅といこうか」


 しんみりとしたムードを打ち切る。

「操舵は私が」と申し出る立花にそちらを任せ、サングラスをかけ直した航は前だけを見据えるのだった。



 体内に黒い自嘲の波が押し寄せる。

 自分ならば出来ると、根拠もなく思い込んでいた。助けなきゃと身体が動いて、止まることさえも考えやしなかった。

 だが、結果はこうだ。敵を討ち損ね、自分も仲間も危険に曝した。立花がいなければ自分は既に死んでいただろう。


 ――身の程を弁えろ!


 あの人の声が脳裏に反響する。

 そうだ。ベラは自分の立場を分かっていなかった。多少操縦が上手くとも、所詮は実戦経験のない初心者に過ぎなかった。

 立花に救われて、『星野号』の一員として認められて、『UFO』での地質調査も順調にやり遂げて。すべてが上手くいきすぎたから、調子に乗ってしまっていた。


「馬鹿、馬鹿、馬鹿っ……!」


 愚かな己を罵倒する。抱えた頭に金属の爪が深く食い込む。噛み締めた歯の隙間から押し殺した息が漏れる。胸が苦しくて重い。自分で自分が嫌いになる。

 こんな感覚は初めてだった。火事で四肢を失ったときも、顔の火傷痕を見下されたときも、悪いのは自分以外の何者かであり、ベラは可哀想な被害者でしかなかった。

 奇跡の生還を遂げた悲劇のヒロイン。

 父にプロモーションされることを厭いながら、実のところ、自分自身がその肩書きに甘んじていたのだ。

 そんな被害者意識が彼女を増長させた。自分が誰かを傷つける側になるだなんて、想像すらしていなかった。

 と、そのとき――ドアがとんとんとノックされる音に、ベラは顔を上げる。


「ベラちゃん。少し、いい?」


 航だった。ベラの沈黙を肯定と取って、彼は静かに扉を開ける。

 部屋に入ってきたフライトジャケット姿の彼は、ベッド上で体育座りしているベラの隣に腰掛けた。


「…………」


 彼はしばらく何も言おうとはしなかった。

 それがベラには分からなかった。重苦しく感じられる沈黙を破り、ベラは訊く。


「あなたも……わたしを、叱りに来たんじゃないんですか」

「……それはもう立花さんがやったことでしょ? おれは、君の話を聞きに来たんだ」

「じゃあ、どうして」

「君の側から話しかけてくれるのを待ってた。艦長としての立場で、無理やり口を開かせるのは趣味じゃないからね」


 にこっと笑いかけられてベラは顔を背ける。

 そんな笑顔を見せられても胡散臭いだけだ。怪しいサングラスをして、髪はぼさぼさで、だらしない無精髭の艦長に優しくされたって、嬉しくなんかない。


「わたしはこの艦の皆を危険な目に遭わせました。わたし一人の勝手な行動がなければ、ノアが倒れることもUFOが壊れることもなかった。あなただって、わたしのことを馬鹿な子供だと思ってるんでしょう」


 加害者になってしまった自分に与えられるべきは、罰だ。

 自らの胸に刃を突きつけるように言う少女へと、青年はゆっくりと首を横に振る。


「誰だって最初は間違えるものさ。おれだってそうだった。軍の頃は散々教官どのに怒られたよ。でも、今はこうして一隻の艦長をやれてる。何でだと思う?」

「それは……あなたが優れた能力を持っているからでしょう」

「違うよ。間違えて、悔やんで、やり直して、その結果として今のおれがあるんだ。立花さんだってそうさ」


 一拍の間を置いて航は続ける。


「彼女も過ちを犯した。けれど今は、罪を償うために前に進んでいる。……人は再起できる生き物さ。そして、君にもその力が備わっていると、おれは思うね」


 背中を押してくれる航の言葉を、ベラはなおも否定しようとした。


「どうしてそう思うんですか。わたしなんか――」

「君が反省できているからだよ。誰かを傷つけてしまう痛みを、苦しみを知った。違わない?」


 心を見透かしてくるような航に対し、ベラは反駁はんばくできなかった。

 胸が締め付けられる息苦しさに、彼女は唇を噛み、うなだれる。


「今、君がやるべきことは何なのか。――分かるよね、ベラちゃん?」


 こくり、と頷く。

 立ち上がった航が差し出してくれる手を取って、ベラは彼と共に、光の差す廊下へと出ていくのだった。



 二人が向かったのは艦の中央、ブリッジ近くに置かれたメディカルルームである。

 消毒液の匂いが漂う白い壁の手狭な一室に足を踏み入れたベラは、壁際のベッドに眠る少年を見つめた。


「……ノア」


 近づいて覗き込む。

 外傷のあった額はガーゼで保護されていて、穏やかな寝息を立てている顔色には血色が戻っている。

 ベラの気配に気づいたのか、ノアは微かに身じろぎしてから、ぱちくりと目を瞬かせた。


「……ベラ、さん……?」

「あんた……もう、大丈夫なの……?」


 訊くと少年はにこりと笑みを浮かべた。

 後ろから見守っていた航が言う。


「さっき目が覚めたとスミスから報告があってね。バイタルも問題なく、しばらく様子観察するように、だって」


 青年は壁掛け時計にちらっと目を遣る。時刻は午後二十三時。ベラが寝室に閉じ込められてから六時間ほどが経っていた。

 ベラは思わず涙ぐんで、ノアの細い手をそっと握る。


「よかった。本当に……わたしのせいであんたに何かあったら、わたし、どうしようかと……!」

「ぼくはもう、大丈夫ですから。気にしないでください」


 気を遣わせてしまっている。ベラは首をふるふると横に振って、それから彼に頭を下げた。


「わたしの身勝手で、あなたを死なせてしまうかもしれなかった。ごめんなさい」

「いいんですよ。ぼくは助かったし、他のクルーだって、誰も死ななかった。ベラさんは判断を間違えてしまったかもしれませんけど、次から挽回していけばいいと思います。……なんて、ちょっと上から目線でしたね。すみません」


 ノアは控えめに笑う。

 彼はベラを一切責めなかった。あれだけ怖い思いをして、傷ついたというのに、許してくれた。自分なんかよりずっと大人だとベラは思った。恥ずかしさと申し訳なさでいっぱいで、ベラは消え入るように「ごめんなさい」と繰り返した。

 そんな彼女の背中をぺしんと叩いて、航は声のボリュームを上げる。


「はいそこまでー。ベラちゃんが謝って、ノアは許した。だからこの話はそれで終わり! おーけー?」

「で、でも……」

「こらー、反論しない。これは艦長命令だからねー、言うことは聞いてもらうよー」


 なおも罪悪感を引きずっているベラに、航は艦長の特権を行使した。

 苦笑いするノアはベラへ手を差し伸べて、言った。


「艦長命令抜きにしても、ぼくはあなたと仲良くできたら嬉しいです。改めてよろしくお願いしますね、ベラさん」


 おそるおそる手を握る。人の肌の温もりに目頭が熱くなった。


「こちらこそよろしく、ノア。わたし、ダメな女だけど、一緒に頑張らせて」

「はいっ」


 ぎゅっと手を握り合う。

 新しく絆を結ぶ少年少女を、航は微笑ましく見守るのだった。



 メディカルルームをあとにしたベラは、航に連れられてブリッジへと戻った。

 そこには既に立花、ハルト、スミスの三人が待っていた。

 にかっと笑いかけてくるハルトに会釈を返すと、厳しい表情の立花と目が合ってベラは顔を強ばらせる。

 彼女はまだ、怒っているのかもしれない。しかし謝ってけじめをつけなければ、ベラはここにはいられない。


「あっ、あの」


 航が何か言う前に、ベラは一歩前に踏み出した。

 口の中が乾いてべたついている。喉がつっかえそうになる。それでも、ベラは拳を握り、真っ直ぐ前を見て、己の気持ちを真摯に言葉にした。


「わたし、あのとき――自分なら出来るって思い込んで、独断で行動して。ノアを傷つけて、皆さんも危険に曝してしまいました。自分が身の程知らずの馬鹿だったって、分かってます。けれど、もし――皆さんが許してくださるのなら、わたし、やり直したいんです。皆さんと一緒に、この艦のクルーとして出来ることを一歩ずつ、やっていきたいんです。――本当に、申し訳ありませんでした」


 後ろ髪が前にだらんと垂れるほど、深々と頭を下げる。

 謝罪する彼女へ、最初に声を掛けたのはハルトだった。


「いいっすよ。終わり良ければすべてよし! 切り換えていくっすよ、ベラちゃん」

「そうだな。いつまでもウジウジされてちゃたまらん。これからは先達としてビシバシ鍛えていくからそのつもりでな。……もっとも、その役割は立花君のほうが相応しいかもしれないが」


 赤茶髪の青年に続いて、禿頭のスミスがからっとした口調で言った。

 意味ありげな視線を送るスミスに、立花は「余計なお節介だ」と言わんばかりに眉をしかめる。

 壁にもたれかかって話を聞いていた彼女は、体勢を直し、ベラのもとへ歩み寄った。


「ベラ。君が未成年でも、財閥の令嬢であっても、そんなことはもう関係ない。互いに命を預け合うクルーの一人として、君のことを徹底的に指導するつもりだ」


 厳しくも優しい立花の言葉に、ベラは静かに目を見開き、そして頷いた。

 立花が叱咤してくれたからこそ、ベラは自分の背負うものの重さに気づけた。もとから命の恩人ではあったけれど、感謝してもしきれない。


「ありがとう、立花さん」

「ああ……それと、殴って悪かったな」

「ううん。あれは、よく効いたわ」

「……そうか」


 立花は身を屈めてベラを抱擁した。

 あの痛みを思い出して苦笑するベラに、立花もふっと吐息を漏らす。

 わだかまりを解消した二人は身を離し、改めて握手を交わし合うのだった。


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