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第4話「私も君を認めよう」

「さーて。さっそくだけど、我が『星野号』の今後の旅について説明しようか」


 ブリッジ中央のふかふかな特等席にどかっと腰掛け、航は言った。

 ベラは真剣な面持ちで彼の言葉に耳を傾ける。


「『星野号』に課せられたミッションは大きく分けて二つ。第一に準惑星『エレス』の地質調査。第二に、『エレス』他アステロイドベルトの小惑星からの資源採掘。それぞれ別のスポンサーから請けた仕事だ。この二つを完遂し、アステラに帰還する。それがこの旅の目的だね」


 モニター上の座標図にベラは目を向けた。

 現在地であるアステロイドベルトの端から『エレス』までの距離は、およそ150万キロメートル。

 途方もない数字だ。宇宙に出るのは初めてだったベラには想像もつかない。


「あの、到着まではどのくらいかかるんですか?」

「『エレス』までは大体二日。寄り道したり『蠕動者』の邪魔が入ったりすることも考えたら、三日ってとこかな。『エレス』の拠点に数日滞在して、その後はアステラまで約一週間」


 合計して約二週間。

 当初の予定より少しだけ長く、内容はがらっと変わった宇宙の旅。

 それを前にしてわくわくしている自分がいることにベラは気がついた。

 地質調査に資源採掘といった『護衛艦』クルーたちの仕事を、見て、聞いて、体感したい。若さ故の知的好奇心が、そう彼女の胸の内をくすぐっていた。


「一緒に生きて帰るために手伝わせてくれと、君は言ったね。けれど、おれらの仕事は常に『蠕動者』の脅威と隣り合わせなんだ。艦の一員として行動を共にするなら、奴らとの戦いからは逃れられない。君にはその覚悟がある?」


 サングラスを外し、射抜くような眼差しで航はベラを見据えた。

 垂れ目がちな眼には研がれた刃の如き光が宿り、少女の意志を秤にかけている。

 生唾を飲み、深呼吸をしたベラは、真っ直ぐな瞳を艦長へと返し、言った。


「あります。『星野号』はわたしの命を救ってくれた。わたしは、艦長や立花さん、この艦の人たちの助けになることで、恩返しがしたいんです。そのためなら何だってやります。もう、『蠕動者』なんか怖くありません!」


『蠕動者』との戦いはもちろん、怖い。けれどあのとき航が温かい手で触れてくれたから、勇気を振り絞ることができた。また戦いになってもその温度を思い出せば、ベラは前を向ける。そんな確信があった。


「それは、アレクサンドラ家の娘として?」

「いいえ。ベラとしてよ」


 強気に言い切ったベラに、航はにやっと少年のような笑みを浮かべた。


上等じょーとーだね。まっ、初出撃でビビってションベン漏らした誰かさんと比べりゃ、初めての戦いでも君はよくやってくれた。あの場面で恐怖に勝てた君なら、きっとこれからの戦いも乗り越えられるさ」


 レンズをジャケットの袖できゅきゅっと磨き、サングラスを付け直す航。

 と、そこで何やら騒がしい声が割って入ってきた。


「そのションベン漏らしの誰かさんって、どこのどいつのことなんすかねー?」

「君のことだよバカチン」


 バカチンってなんすか! とツッコんだのは、ヘルメットを小脇に抱えたパイロットスーツ姿の青年である。

 赤茶色の髪に同色の瞳。中肉中背の体格。

 そんな彼へ、航はリクライニング機能のある艦長席を後ろに倒し、顔を逆さ向きにして言った。


「ってかさー、もう戦闘終わったんだからそれ脱ぎなよ。やなんだよ、プライベートな時間にその格好でうろつかれるの」

「艦のブリッジで思いっきりくつろげるの、艦長くらいっすよ……」

「とーぜんだ。ここはおれ専用に改造してあるんだからな」

「褒めてないっすよ」


 二人の軽い掛け合いにベラは思わず小さく吹き出した。

 彼女と目が合ってにかっと笑う赤茶髪の青年は、至極真面目な口調で言い含めた。


「俺が新兵の頃ションベン漏らした話は絶対! 言いふらしちゃダメっすからね」


 ほんとなんだ……と胸中でこぼしつつ、それは顔に出さずにベラは頷く。

 ふぃー、と気の抜けた息を吐いた航は、尻の下敷きになっていたらしいタブレット端末を引っ張り出すと、ちょちょいと操作してからベラに渡した。


「気を取り直してこれからの話だ。君がこの旅でおれらの仕事を手伝いたいというのなら、相応のギャランティーを支払う必要がある。命を懸けているのにボランティアじゃあ割に合わないからね。と、いうわけでサインよろしくー」


 端末の画面に表示されていたのは、クルーとして雇う旨を示した電子契約書であった。

 アステラ帰還までの臨時契約。その書面の上から下までくまなく目を通したベラは、タッチペンでのサインと虹彩認証の登録を済ませた。

 書きましたとベラがタブレットを返そうとした、その時。

 ぐうぅ~っ、と盛大にお腹が鳴って、彼女は顔を真っ赤にした。


「あははっ。そろそろ皆も戻ってくる頃だろうし、ご飯にしようか」



 しばらくしてクルー一同が集まったのはブリッジであった。

 艦内での食事はそれなりに広いリビングで行われるものと思っていたベラは、まずそこに驚いた。

 もちろん丁度いいテーブルなどないため、各々がオペレーター席や床の空いているスペースに適当に座ることになる。

 そして彼女を驚かせたのはもう一つ、その食事の形であった。


「こ、これが、ご飯……?」


 ベラの前に出されたのはランチプレートにちょんちょんと申し訳程度に載せられた、ペースト状の食べ物であった。

 見た目には味も分からない、一舐めでなくなってしまうような量のそれを前に、彼女は唖然とする。

 宇宙旅行のシャトルで味わった高級レストランさながらの料理とは、雲泥の差だ。


「そんな残念そうな顔しないでよ。まぁまぁ見といて、意外と化けるんだーこれが」


 化ける? とベラは首を傾げた。

 彼女のリアクションを期待しているのか、航はにやにやと笑いながらスポイトの水をそのペーストに垂らしていく。

 すると途端に一センチくらいのペーストがもこもこもこっ! と膨らみ、プレートから溢れんばかりの体積になった。


「白いのはご飯、茶色は焼き肉、緑はサラダ。噛み応えはないけど味はそれなりだし、意外と腹も膨れる。さ、召し上がれ~」


 後で聞いたところ、このペーストは圧縮食料といって、宇宙の旅ではよく用いられているものらしい。航曰く「安いし場所も手間も取らないし最高!」とのことだ。

 おそるおそるスプーンで少しだけすくい、口へと運んだベラは、口の中に広がった甘辛い肉の風味に目を見張った。


「お、美味しい……」

「でしょー? じゃーこのへんで、ベラちゃんに皆を紹介するねー」


 ぱくぱくとベラがご飯やサラダにもトライしていると、航はさっそくクルーの紹介を始めた。


「まずはおれー、星野航ー。この艦で一番偉い人ー。好きな食べ物はオムライスー、嫌いな食べ物はキノコでーす。はい次ハルトー」


 簡潔に済ませて次に振る。

 床に胡座をかいていた青年が立ち上がり、人懐っこい笑みを浮かべた。


「さっきはどうもっす。ションベン漏らしのハルトっす。【ノヴァ・トーラス】のパイロットをやってるっす。あ、ちなみに俺はオムライスにキノコソースはあり派っす」


 へー、と航は心底興味なさそうに流し、テンポよく次へ。


「メカニックのノア・アークです。まだまだ未熟者ですが、よろしくお願いします。え、えっと、僕はデミグラスソースのほうが好きかな……」


 緊張に頬を赤らめて言うのは、金髪碧眼の華奢な少年だ。まだ真新しいツナギを着ている彼は、雰囲気からしてベラより年下に見える。


「えー、『アーク工房』所属のメカニック兼、軍医兼、地質調査員兼、料理人兼、臨時操舵手のウィリス・スミスだ。さっきは呼ばれたのに来れなくてすまなかったな。後で改めて診させてくれ」


 禿頭と顎髭が特徴的な、黒い肌の大男。三十代半ばほどに見える彼は、このメンバーの中では最年長になる。

 最後にごほんと咳払いして、立花がベラに向き直った。


「ツッコミ役不在の恐怖を味わったぞ……。改めて、私が立花だ。この艦では【ノヴァ・ヴァーゴ】のパイロットを務めている。君のことは私たちが全力で守ると、約束しよう」

「あー、そのことなんだけど。んじゃ、ベラちゃん、皆に挨拶してー」


 立ち上がって背筋を正す。

 密閉容器の水をストローで吸って喉を湿らせ、深呼吸してから彼女は言った。


「本日よりアステラ帰還までの臨時契約で『星野号』クルーとなりました、ベラ・アレクサンドラです。未熟者ですが皆さんのお力になれるよう全力を尽くすつもりです。よろしくお願いします」


 クルーひとりひとりの顔を順に見つめ、ベラは己の決意を表明した。

 ハルトやノア少年が快く彼女を受け入れる中、立花は航を睨み付ける。


「良いのですか、艦長? 彼女はアレクサンドラ家の人間です。もし万が一のことがあれば――」

「万が一のことがあっても、それはわたし自身の責任です。ご心配であれば誓約書を作成します。仮にわたしが死んだら、父上にそれを見せればいい。もっとも、死ぬつもりなんて微塵もありませんけど」


 立花の前に出て彼女を見上げ、ベラは毅然と言い切った。

 厳しくも静かな口調で立花はベラを叱咤する。


「宇宙ではそう言う奴から死んでいくものだ。戦ったこともない子供が、甘ったれたことを言うんじゃない」

「待って、立花さん」


 そう立花を制止したのは、航であった。


「さっきの戦いでミサイルを撃ったのは、彼女なんだ」

「は……?」

「彼女がおれたちの艦を守った。それはおれのサポートなくして成し得なかったことかもしれないけれど、確かにあのとき、彼女は撃ったんだよ。並外れた勇気がなければできないことだ」


 窘められた立花は口を閉ざした。

 俯いてしまっていたベラの肩に手を置き、航は話を続ける。


「自分の命を自分で背負える、立派な大人なんだよ、ベラちゃんは。……立花さんの気持ちも分かる。けれど今は、一人の先輩として、彼女を認めてあげてよ」


 ぎゅっと寄せられていた立花の眉根が、弛緩する。

「分かりました」と答えた彼女はベラに向き直り、言った。


「艦長がそこまで言うなら、私も君を認めよう。だが、この艦のクルーになるからには厳しく指導させてもらう。構わないな?」

「はい。短い間ですが、よろしくお願いします」


 差し伸べられた立花の手をぎゅっと握る。

 こうして、ベラ・アレクサンドラは臨時ではあるものの、『星野号』の一員となった。

 準惑星『エレス』を目指す彼女たちの旅は、まだ始まったばかりである。


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