漆黒の大空に浮かぶ禍々しい魔王城。その最上階にそびえる玉座の間には、凛とした空気が漂っていた。燃え盛る松明の明かりが赤々と照らす中、巨大な玉座に腰掛ける魔王が深いため息をつく。
「どうした、魔王。お前がそんな暗い顔をするなんて珍しいな。」
そう話しかけたのは、玉座の隣に突如現れた巨大な影。無数の羽音を立てながら現れたそれは、邪神ベルゼブブ。二本の角を生やした頭部に光る六つの目、そして威圧感すら感じさせる巨体。魔王ですら恐れる存在が、まるで隣人のように話しかけている。
「お前には関係のないことだ。」魔王は視線をそらした。
「ほう、魔王ともあろう者がこのベルゼブブに隠し事か。だが、俺には分かるぞ。何か悩みがあるんだろう?」
魔王はしばらく黙り込んでいたが、やがて重々しい声で口を開いた。
「……実は、ここ数百年、勇者が全く現れないんだ。」
「は?」ベルゼブブの六つの目が一斉に瞬きをする。「いや、待て。お前、そんなことで悩んでいるのか?」
「そんなことではない!」魔王は拳を玉座に叩きつけた。「我が人生において、勇者との戦いこそが最大の楽しみだったのだ。それがここ最近、奴らがまるで現れない。これでは、我が名を歴史に刻むこともできぬではないか。」
ベルゼブブは呆れたように肩をすくめた。「忙しすぎて、人間界を覗きにも行けないんだな?」
魔王は恥ずかしそうに目をそらした。「……まあ、そうだ。」
「なら俺が代わりに行ってきてやるよ。」
「本当か?」魔王の顔に微かな希望の色が浮かぶ。
「ああ、暇つぶしにはちょうどいい。勇者がどこに隠れているのか探してきてやるさ。ただし――」
ベルゼブブはにやりと笑った。「人間界の様子があまりに退屈だったら、そいつは俺の娯楽用に少し弄らせてもらうぞ?」
魔王は深い溜息をつきつつもうなずいた。「……仕方あるまい。頼む。」
そうしてベルゼブブは、邪悪な気配を消し去り、自らの姿を小さなハエに変えた。
「よし、人間界に行ってくるぜ。久しぶりに、少し遊ばせてもらおうじゃないか。」
羽音を立てながらベルゼブブ――いや、今はただのハエとなった彼は、人間界へと飛び立っていった。
そして彼がたどり着いたのは、信じられないほど繁栄した首都だった――。