「大変なことになりました」
「どうしたんだ」
「神様がまた面倒なことを……」
「うげ、今度はなにを言われたというのだ」
「なんでも十二支というものを作りたいと」
「なんだそのジュウニシというのは」
「さあ、なんでも十二年で一回りする動物の年号だとか」
「なぜ動物なんかを年号にするのだ。それにどうして十二年で一回りなのだ」
「知りませんよ、神様が決めたことなので」
「まあいい、それで、その十二支がどうしたのだ」
「その十二支を決めるのに動物たちにレースをさせると」
「……なぜレースなのだ」
「だから知りませんって。ただ、その着順によって年号を代表する動物の順番を決めていくと」
「……それで、我々はなにをすればいいのだ」
「すでに神様が、『一月一日の早朝に自分のもとに挨拶に来るように。その着順が年号を表す動物の順とする』というお触れを出したようです。それで、私たちには、動物たちによるレースで不正のないよう審判をするようにと」
「……はあ」
「めんどくさいはわかりますけど、これも仕事ですから」
「とりあえず、動物たちよりも先にゴールの神様の元へ行かねば話にならんな。車を手配しておくように」
「わかりました」
「ビデオ判定の結果は!?」
「牛よりも鼠の方が少し先に着いてます!」
「よし、では鼠が一着で牛が二着だな。それ以降の順位は確定したか?」
「はい、鼠、牛、虎、兎、蛇、龍、馬、羊、猿、鶏、犬、猪の順でゴールしました」
「車を飛ばして神様のところまで来た甲斐があったな。こんな接戦になるなんてな」
「ええ、危うく牛と鼠のどちらが一番かわからず怒られるところでした」
「では早速神様に報告しに行こう」
「その前に、二着になった牛が言いたいことがあると」
「なにやら嫌な予感がするなあ。無視しておけ」
「はい……痛っ」
「どうした?」
「牛から角でわき腹を突かれました」
「仕方ない、話を聞いてあげなさい」
「はい」
「それで、なんだって?」
「この度一着になった鼠ですが、牛が出発したときからずっと牛の体にしがみついていて、ゴール直前に飛んで一着になったのだと、これは反則ではないかと物言いが」
「まあ」
「はい」
「俺たちの目の前で跳んでたもんな」
「ええ、ゴール直前で鼠が必至の形相でジャンプする姿がビデオにばっちり映ってます」
「反則、かなあ」
「反則、ですかね」
「これが認められるならば、車で一番に到着した我々が一着ということでもよいことになるしな」
「確かに」
「よし、ちょっとお前、反則じゃないか神様に聞いてみろ」
「えー、嫌ですよ」
「いいから聞け、ついでに俺たち人間が一着でいいかも聞いてみろ」
「うわ絶対怒られるやつじゃん」
「はい、行った行った」
「どうだった?」
「そのくらい自分たちで考えろと怒られました」
「じゃあ俺たちが一着ということでいいということか?」
「いやそこはふざけるなと普通に怒られました」
「そっちはダメなのか」
「そりゃそうですよね」
「じゃあ公平に、牛と鼠の話を聞いて決めようじゃないか。俺は鼠から話を聞くから」
「僕は牛から聞けばいいんですね」
「さっさと終わらせて飯でも食べに行こう」
「はい」
「どうだった?」
「牛はかわいそうなやつなんです」
「ほう」
「牛は、自分の足が遅いのがよく分かっているので、他の動物たちよりも早く出発したそうで」
「それはそれでレースとしてどうかと思うが」
「一歩一歩、牛歩で進んでいき、神様のもとに着くころには足はぼろぼろ。もうミルクさえ出ない体になっていたそうです」
「乳牛だったんだね」
「ようやくゴールが見えたときには、それはモー感動したそうです」
「牛だけにね」
「そんなとき、頭上から飛び出す影が……そう、鼠です」
「君ってそんな話し方だったっけ?」
「四本の脚で必死に歩いてきた牛の苦労も知らず、鼠のやつは最後にぴょんと跳ぶだけで一着と主張するなんて、とんだ恥知らずな野郎ですよ」
「牛に感情移入しちゃったのね」
「ということで、一着は牛で決定です。鼠は反則で着外でしょう」
「お前はなんもわかってねーな」
「どういうことですか!?」
「そもそもこのレースは、体が大きい方が有利なんだよ」
「はあ」
「ほかの動物たちと普通にレースして鼠が勝てると思うか? 牛はまだしも虎とか龍とかもはや存在が反則だろう。そんな大型動物と闘うための鼠の知恵じゃないか」
「課長、ひょっとして……」
「なんだよ」
「鼠の方に感情移入しちゃったんじゃ」
「馬鹿言うな。俺はただ、十五匹の子供たちを育てる鼠のお母さんに、せめて十二支くらい一番いい扱いをしてやりたいだけだ」
「じゃあ十二支の一番目となる動物は……」
「鼠だ鼠、その次が牛で次が虎。ねーうしとら、で覚えやすいだろうが。わかったら牛にそうやって言ってこい。ちょっと突かれたくらいで諦めるなよ」
「わかりましたよまったく」
「大丈夫だったか?」
「刺されはしましたが、血は出てないっす」
「じゃ大丈夫だ」
「それより」
「今度はなんだ?」
「今度は猫がやってきて物言いがあると」
「猫? 猫なんてレースに出てたか?」
「十二着までには入ってませんが、それには理由があるとか」
「仕方ねーな、ちょっと行ってから詳しく聞いてこい」
「わかりましたよ」
「どうだった?」
「それが、自分は本来レースで一着になれていたけど、鼠に騙されたんだと」
「仕方ないな鼠のお母さんは……」
「できの悪い部下の失敗をかわいがるダメ上司みたいな顔になってますよ」
「うるさい。それで、なんだって?」
「それが、神様がお触れを出したときに、その内容を鼠が猫に伝えてくれたそうです」
「優しいじゃないか」
「ただ、猫は一月二日に挨拶に来るように伝えられたと」
「ニセ情報を伝えられたってことか?」
「はい」
「……でも、今来てるんだろ?」
「おかしいと思って自分でお触れを見たら日付が違ったから急いでやってきたと」
「ちなみに順位は?」
「十三着でした。せめて繰り上げが妥当かと」
「猫が悪い」
「そんな」
「考えてもみろ、これは男と男の真剣勝負なんだぞ」
「乳牛も混ざってますが」
「レースはお触れを見に行くところから始まってるんだよ。それをほかの動物に教えてもらうだなんて、その時点でそいつは負けてるようなものだから、猫にそうやって言ってこい」
「もう……絶対引っかかれるよ」
「ぶつくさ言ってねーで行ってこい」
「引っかかれましたが、一応血は出てないです」
「じゃ大丈夫だ。では今度こそ神様のところへ」
「それが……」
「まだあるのかよ」
「今度は猪が」
「猪は十二着だったか。それで、鼠にうり坊でも人質に取られてたのか?」
「いえ、最初に神様のところまで来ていたけど、脚が速すぎて止まれなかったと」
「……あ、そう」
「そういう反応になるのはわかりますけど、割と本気で自分が一着だと思っちゃってるみたいで」
「だいたいこのレースの主旨は、神様に挨拶をしに動物たちが集まるってものだろ? 猪は挨拶したのか?」
「いえ、まあ鼠とかも別に挨拶してたようには見えませんでしたが」
「いいんだよ小さいんだから」
「相変わらず鼠に甘い」
「十二着でもギリ十二支に入ってるんだから文句ないだろ。ゴールで止まれなかった自分が悪いんだから、お前、またそうやって言ってこい」
「えーもう嫌ですよ。僕二回行ったんで、今度は課長行ってください」
「こういうのは部下の仕事なの」
「ちょっと神様ー、この人いつもサボって……」
「わかったわかった、今回だけだからな!」
「うわ、すげー飛んだ」
「大丈夫っすか?」
「痛てて、お前、俺をいくつだと思ってるんだ」
「知らないっすけど、やっぱ課長すげーっす」
「よく言うよ、じゃあ今度こそ神様に……」
「課長!」
「今度はなんだ!?」
「あっちで犬と猿が喧嘩してます! さらに鶏が喧嘩の仲裁を」
「ほっとけそんなの」
「あっちでは蛇が先輩である龍に自分の着順を譲ると」
「どっちでもいいよそんなの」
「じゃあ今度こそ神様のところへ行きましょうか」
「慌ただしい一日だったな」
「神様、機嫌よかったっすね」
「そうだな。よっしゃ、今日は早く帰って年賀状に鼠の絵でも描いちゃお」
「まだ年賀状出してなかったんですか?」
「俺だっていろいろと忙しいんだよ」
「独身だから暇でしょう」
「なんか言ったか、昼おごってやんねーぞ」
「嘘です、尊敬してます課長」
「まったく、調子のいいやつだ」
「課長、また神様が面倒なことを」
「俺はなにも聞いていない。上司の仕事は部下の仕事」
「それが、例の十二支の件で猫が凄く怒ってるみたいで、各地で鼠が猫に襲われるようになったと」
「それは大変だ。一刻も早く対応しよう、すぐに車を手配しなさい」
「調子がいいのはどっちですか、まったく」