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忘れていたこと

「いい天気になったねぇ」

病院の玄関ドアを通り過ぎながら、男が言った。

「本当ね。今朝方まで雨が降っていたとは思えないほどいい天気ね」

男と並んで歩いている女が、同じく玄関ドアを通り過ぎるとそう答えた。


「ほら、虹が出てるよ。まるで今日病院を出る僕を、祝ってくれているみたいだ」

男が指さした先には、今朝方まで降っていた雨のせいか、見事な虹がかかっていた。

「…本当ね。すごくきれいな虹ね」

女も虹を見上げて言う。

「心なしか、身体も軽い感じがするよ」

「…ふふ、それはよかったわね」


二人は病院前の広場から表通りに向かいながら、会話を交わす。

「でも、長いこと入院していたから君には寂しい思いをさせちゃったね、ごめんね」

「そんなことないわ。かえってお見舞いに来られなくて、私の方こそごめんなさいね」

「…でも、ちょっと気になることがあってさ」

「何?」

「何か君との大切なことを忘れてしまっているというか、思い出せないというか…そんな感じがするんだよね」

「…そう。でも、そのうち思い出すかもしれないわよ」

「うーん…でも思い出せないままというのもすっきりしないなぁ」

「大丈夫よ。これからはずっと一緒にいるんだから、ゆっくりと思い出せばいいじゃない」

「それもそうだね、焦りは禁物だね。でも、できれば早く思い出したいなぁ…」




しばらく並んで歩き続けていた二人だったが、男が足を止めた。


「どうしたの?」

「…思い出したよ、全部」

男のその言葉に、女はほんの一瞬悲しそうな表情を見せると、

「…思い出しちゃった?」

男に向かって言った。

男は、

「思い出したというか、すっかり忘れてた」

まるで『思い出したくなかった』かのように、絞り出すような口調で言う。

「…そう」

女の方も少し反応に困るような口調で返すと、男は逆に何かを悟ったように

「それで今日、君が迎えに来てくれたんだね…」

と続けた。

女は覚悟を決めたように、

「えぇ。でも間に合ってよかったわ」

少し表情を和らげながら、そう答える。

「迎えに来てくれたのが、君でよかったよ」

男が安心したように言うと、女は

「…じゃあ、そろそろいきましょうか」

いざなうような口調で男に向かって言う。

「そうだね、いこうか。迎えに来てくれて、ありがとう」

男がそう言って女の手を握ると、二人の姿は瞬く間に淡く光る球体のような形に変わった。

そして空にかかっている虹の方にゆっくりと昇っていき、やがて虹と一緒に青空の中に消えていった…

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