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魔法のポケット

私の彼は、「魔法のポケット」を持っている。


とは言っても、国民的アニメに出てくるロボットが持っている「不思議な道具」が出てくるような物ではなく、出てくるのはごく普通の物ばかりだ。

ただ、出てくる物とタイミングが普通ではない。

「私が今欲しい物」がジャストタイミングで出てくるのだ。


仕事が忙しくてお昼ごはんを食べる暇がなかったときには、私のお気に入りの「栄養バー」が。

何となく喉がイガイガするときには「のど飴」が。

手が冷えるなぁ…と思ったときには「使い捨てカイロ」が。

ある寒い日など、「おでんが食べたいなぁ」と思っていたら、あつあつのおでん缶とワンカップ酒が出てきたことさえあった。

「何でそんな物が出てくるのよー」

と、さすがにこれには声を出して笑ってしまった。


こんな感じで彼のポケットからは、「私が欲しい物」が次々と現れるのだ。

そんなことが続くので、私は彼のポケットを「魔法のポケット」と呼んでいる。


一度だけ彼に、

「どうしてそんなに私の欲しい物ばかりがポケットから出てくるの?」

と聞いてみたことがある。

そのとき彼は、

「君のことはとてもよく知ってるからね」

と、答えになっているのかどうか判らない返事を返して来て、はぐらかされてしまった。

なので、彼のポケットについて考えるのはやめることにした。




仕事でとても嫌な目に遭った。

ようやく形になった案件を、上司に横取りされてしまったのだ。

同僚の反応は押しなべて

「上司の方が箔が付くし」

と、正直あまり同情的とはいえなかった。

別に「いいこいいこ」してほしい訳ではないにしても、少しは慰めてくれても…


その気持ちが顔に出ていたらしく、彼も少し心配しているようだった。

彼とはいわゆる職場恋愛なので、私に何があったかは大体知っているはずだ。

だけど彼は特に何も言うでもなく、黙って仕事帰りの道を歩く。


しばらくすると、彼がポケットに手を突っ込んでゴソゴソさせ始めた。

…まさか、私を慰めてくれる物でも出してくるの?…

そんなことを考えたけど、ポケットからは何も出てこなかった。

さすがに「魔法のポケット」でも無理か…

心の中で苦笑していると、彼の手が私の手をぎゅっと握りしめた。

思わず彼の方を見ると、

「あんなに頑張ってたのに、悔しかったよね?僕はちゃんと解ってるよ」

私の目をしっかりと見つめながらそう言った。


…魔法があるのはポケットではなく、私の欲しい物を欲しいときにくれる彼自身だったようだ。

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