「探偵」と聞くと、どんなイメージを持つ?
ハードボイルド?
ほろ苦いラブ・ロマンス?
悲しい出会いと別れ?
はっきり言って、それは小説やドラマの中での話でしかない。
探偵なんて職業は、泥臭い事の繰り返しだ。
実際の仕事なんて「浮気調査」や「素行調査」、ひどい時には「ペット探し」…
忘れた頃に「人探し」の依頼があるくらいだ。
依頼を片付けるごとに、「世間のどろどろした嫌なもの」が見えてくる。
そして依頼が一件片付けば、苦い酒を飲んですべてを洗い流す。
そんな生活の繰り返しだ。
依頼が一件入った。
お決まりの「結婚相手の素行調査」だ。
依頼主はそこそこ名の知れた企業の御曹司。
結婚前に、相手の素行を調査したいんだそうだ。
依頼書に目を通す。
が、調査対象の名前を見て一瞬、依頼書を読む目が止まった。
調査対象は、俺が昔「クラスメイトの二歩先くらい」の付き合いをしていた女性だった。
色々あって関係は自然消滅してしまったが、まさかここでまたこの名前にお目にかかれるとは思わなかった。
早速調査を開始する。
直接本人に接触できるはずもないので、いつも通り「本人にばれないように調査をする」だけだ。
感情なんていらない。
あくまでも仕事として、淡々と調査を続けるだけだ。
一週間が過ぎ、彼女の素行がある程度見えてきた。
はっきり言って、ひどいものだった。
とてもじゃないが、有名企業の御曹司と結婚できるような人柄とは言えない。
俺が付き合っていた頃はそんな人ではなかったが、重ねた年月は人を変えてしまったようだ。
三日後、俺は調査報告書を作成して依頼主に提出した。
依頼主は報告書を読んで、残念だったようなほっとしたような、そんな表情を見せた。
もしかしたら依頼主も、うすうす勘付いていたのかもしれない。
だが、「もしかしたら」というかすかな期待を込めて、素行調査を依頼してきたのかもしれない。
依頼主は調査料と「少しばかりの謝礼金」を置いて、事務所から出て行った。
本気で彼女に惚れていたんだろうか…
それでも結婚したかったんだろうか…
二人がどうなるかは俺は知らないし、知る必要もない。
そんな事は、俺には関係のない話だ。
あくまでも「数ある依頼の一つ」が片付くだけの話だ。
あとはいつもと同じ、行きつけの酒場に行って、「少しばかりの謝礼金」でちょっといい酒を飲むだけだ。
…今夜の酒は、いつもより少し苦い味がするかもしれないな…
そんな事を考えながら、俺は酒場に足を向けた。