ここのところ急に寒くなってきて、我が家でもついにコタツを出した。
押入れの匂いが染みついた、ところどころが縫い直された小さなコタツ──。
その正方形のそれぞれ一辺にお父さん、お母さん、私、中二の弟が脚を入れて暖を取っていた。テレビがCMに差しかかる。気づけば、時刻は夜の八時を迎えていた。
「いけない。もうこんな時間」
私はまだぬくぬくしていたい気持ちに蓋をして、思いきってコタツから出て立ち上がった。
「痛たたた……」
脚が痺れているわけではない。おそらくは膝の成長痛だ。
思わず自分の足元に視線を落とす。やっぱり。私は成長期真っ只中の弟の脚で立っていた。我が家の小さなコタツの中では、たびたび家族同士の脚が混線して入れ替わってしまうのだ。
そんなことより、
「ミィちゃーん。おやつの時間だよー」
そう呼びかけながら、私はキッチンの収納から猫の缶詰を取り出した。
ミィは我が家の白い猫で、私とほぼ同い年の十八歳。猫でいう十八歳とは、人間でいう八十八歳に相当するらしい。その割にまだまだ食欲は衰えず、毎晩この時間におやつをあげないと、朝までお腹を空かせてミャアミャアと鳴きっぱなしなのだ。
おやつ担当はいつも私だから、きまって私の声かけに反応して寄ってきてくれる。
そのはずが、今日はいくら呼んでもミィは姿を現さなかった。テーブルの下やクッションの上、布団の中など、いつもいるはずの場所を探してもどこにもいなかった。
「ミィちゃーん? ミィちゃーん?」
「おい姉ちゃん。俺の脚、勝手に取るなよ」
リビングに戻ると、ミィの代わりに寄ってきたのはいつの間にかコタツから出てきていた弟だった。スカートを履いたお母さんの脚で、私の目の前にどっしりと佇んでいる。弟は反抗期真っ只中でもあって、家族と脚が入れ替わることを極端に嫌がる。
「姉ちゃん、聞いてんのかよ。いいから早く脚返せって」
「ちょっと待ってて。ミィにおやつあげたらすぐ返すから。でも、ミィがどこにもいないのよ」
「はぁ? 勘弁してくれよ。母ちゃんの脚、太いし短いしでダサいんだよ」
弟のそのセリフに、今度はお母さんがコタツの中から飛び出してくる。
「今、お母さんの脚を悪く言ったでしょ。それでも昔は細かったんだから」
こちらへ駆けてくるお母さんの姿は、ふくよかな胴体と高校のスカートを履いた私の細い脚が不釣り合いだった。
「本当のこと言って何が悪いんだよ」
「はぁ。そんな酷いことを言う息子に育てた覚えはありません!」
私の目の前で、口喧嘩を始める二人──。
なんだかんだで親子似た者同士、お互いに減らず口を叩いて止まらない。
ついに、私は我慢できなくなってきて叫んだ。
「とにかく! 今はミィがどこにもいないの! お互いの脚のことなんて後でいいから!」
その一声でお母さんと弟はふんっと顔を逸らしあい、ミィを探しにリビングを出ていった。私ももういちど家中を呼びかけて回った。が、相変わらずミィはどこにも姿を現さなかった。
やがてリビングに戻ってくると、お母さんが暗い窓の外を見つめて言った。
「ミィちゃん、もしかしてお外に出ていったのかしらね……」
「よりによってこんな寒い夜に……」
私がそう答えると、弟のふてくされた表情も一瞬にして不安げなものに切り替わった。
そんな中、お父さんだけはテレビを見ながら呑気な笑い声を上げていた。家族がみんなして出ていったのをいいことに、今やコタツの中に肩まで潜って横になっている。
その姿を見たお母さんが、呆れたように溜め息をついた。
「自分だけぬくぬくしてないで、あなたも一緒に探してよ。家族の危機なんだから」
そのセリフに、私と弟も「そうだそうだ」と賛同した。
すると、さすがにまずいと思ったのか、コタツ布団の中から出ているお父さんの顔には焦りの表情が浮かんだ。
「分かったよ……」
お父さんが渋々といった様子で、コタツから這い出てくる。
あっと驚くと同時に思わず安堵したのは、そのときだった。
「そこにいたのね!」
お父さんの首から下は、四足歩行の白い猫──。