「……はぁ」
私の留学まで残り一ヶ月を切った。
留学先への書類やら何やらは特に問題はない。
留学先で、試験を受ける事への不安もない。
だが、最近よそよそしくなったエドガルドの対応に不安を感じている。
というか避けられているのでどうしたものかと悩んでいる。
その所為で手紙を出すという事を話せずにいる。
同室なのだが、話を聞くこともなく、先に寝てしまうので、起こす勇気がない私は現在この様である。
その上早く起きているので、話す機会がますます減る。
どうしよう、どうしようと悩むも、下手に相談して何か勘繰られるのは怖いしなぁと頭を抱えている。
「……」
「――ダンテ様」
「……フィレンツォ何だ……?」
正直今の私は昔程、対人関係への臆病になりがちだったアレがマシになってるのと、長い付き合いのフィレンツォには本来の私に近い風になっているのでこんな感じでやる気無しを見せる。
「もうじき留学で、四年はよほどのことがない限り帰国できないのが憂鬱……ではなさそうですね、その雰囲気ですと」
フィレンツォはそう言ってため息をついた。
「お茶を入れてきます、気分転換になりますかと」
「んー……」
私は生返事で返した。
「……」
エドガルドがこうよそよそしいとどうしていいか分からなくなる。
――でも、相談できないしなぁ――
私が再度ため息をすると、部屋の扉が開いた。
「ダンテ様、お茶とエドガルド殿下をお持ちしました。ごゆっくり」
「はぁ?!」
フィレンツォがエドガルドの腕を掴み、片手で器用にお茶の載ったトレーを持ちながら近づいてきて、テーブルの上にお茶を置いて、エドガルドを座らせて私を見る。
圧のある笑み。
つべこべ言わんで早く来い、そんな表情に私は椅子から立ち上がり、お茶を用意されたテーブルに近づき、椅子に腰かける。
「最近ゆっくりお話しができていないようですしたので、幸い今日はダンテ様もエドガルド殿下も用事はないようですし……ゆっくりとなさってください、では」
フィレンツォはそう言って部屋を出て行った。
「「……」」
割と重い沈黙が部屋を包む。
おかげでお茶の味も良く分からない。
「……ダンテ」
「――エドガルド、どうしました?」
「……もうすぐ留学、か」
「……はい」
「「……」」
会話が弾まない。
どうしようこれ、本当。
話したいとは思っていたが、急にこうなると逆に話せないのは本当マジしんどい。
どう切り出そう、会話きっちゃったの自分だしとぐるぐる悩む。
「四年は……帰ってこないのだな」
「そうなりますね……あの、エドガルド」
再び会話が再開した、この機会を逃すのは不味いと決心する。
「――手紙を出しても良いですか? 四年の間、外部との交流は私の場合、自分から行う時は基本手紙以外は禁止されているので……」
「……返す」
「え?」
エドガルドの言葉に私は聴覚に神経を集中させる。
「……私が留学した時、お前の手紙に私は一度しか返事を出さなかった……だから次は……必ず返すつもりだ……」
「有難うございます……」
「――そして、お前に会いに行く」
「……はい?」
エドガルドの言葉に私は耳を疑う。
「お前が戻ってきた時の事を考えて、私は準備しておくその為にここ最近お前と会うのを我慢していた……」
ぽつりぽつりと言うその様子が、私にはとてもいじらしく見えた。
「お前が留学して一年が経過する位には何とか準備ができるようにしておく」
「そ、そんな急がなくても――」
「急がなければ、ならないんだ」
「……何故?」
「すまない、それは今は言えない」
エドガルドは何かを急いでいるが、その理由を教えてくれなかった。
私はそれを多分聞かない方がよいと思った。
「分かりました、エドガルド。貴方を信じます」
「……ありがとう、ダンテ」
エドガルドは安心したような笑みを見せた。
「……ダンテ」
「何ですか?」
「……いや、今はやはり言えないな……すまない」
「いいんです。私は久しぶりに貴方と会話ができて良かった」
私がそうやって微笑むと、彼は子どもの様な無垢な笑みを浮かべた。
『うむ、お前はよほどのことがない限り口を出さなくていいな、楽だ』
――頼むから仕事してください、お願いします――
一部始終を見ていたのに、無言だった神様に私は文句をいった。
一ヶ月というのはあっという間――ついに、出発の日がやってきた。
まぁ、昔からこういう日は目覚めがどうしても早くなってしまう。
私が起き上がると、既にエドガルドは目を覚まし、身支度を整えていた。
「エドガルド、早いですね」
私はベッドから起き上がると、彼が近寄ってきた。
「ダンテ」
「なんです――」
最後まで言う前に、抱きしめられた。
「愛している、お前の『伴侶』になる事ができなくとも私が愛するのは、お前だけだ。だからどうか、どうか――」
「それだけだ、忘れてくれてもいい。身勝手な男が叶う事の無い愛をお前に向けた、それだけだと嗤っても――」
「嗤いません」
エドガルドの言葉を遮り、私も抱きしめ返す。
「貴方の愛は、嗤うようなものではありません。愛してくれてありがとうエドガルド……未だ誰かをはっきりと『愛』する事ができない私を愛してくれてありがとう、私の大切な人」
そう言って、頬に口づけをする。
エドガルドは泣きそうな顔をしてから、笑い、私の頬に口づけを返した。
「良き四年間を、ダンテ。体を大事にな」
「ありがとうございます。エドガルド、どうか貴方も自分を大事にしてください」
――ごめんなさい、エドガルド――
――本当は、貴方を愛しています――
――それを言えない、嘘つきな私で、ごめんなさい――
――貴方を傷つけてしまうであろう、私を許さないでください――
心の中で、エドガルドに謝る。
自分の選んだ道、自分の身勝手で彼を苦しめるのだ、傷つけたのだ。
心の中でしか今は謝れない。
代わりに、時が来たら、殴られるなり、罵られるなり、覚悟はしている。
『あ――……まぁ、いいか』
――ちょっとぉ?!――
――人がかなり真剣に、色々と思ってるのに、何で茶々入れるようなことするんですか?!――
相変わらず、変な時に声をかけてくる神様に文句を言う。
『うん、まぁそうだな……時が来るまで精力を……体を鍛えろ、スタミナをつけろ、以上』
――いや、待ってくださいよ、おいちょっとぉ?!――
意味深な言葉を言って黙る神様に私は頭を抱えたくなった。
父と母、エドガルドと大臣達が見送りに来た。
ちなみに、フィレンツォは私の世話係でもあるので留学に同行する。
「では、ダンテ元気でね」
「うむ、体に気を付けてな」
「……ダンテ、色々と気を付けろ、お前は次期国王なのだからな」
「父上、母上、ありがとうございます。体には気を付けます。兄上、分かっていますとも」
私はそう言って三人に答える。
「では、出発しましょう、ダンテ様」
「分かっています、行こう。フィレンツォ」
「はい、行きましょう」
馬車に乗り込む。
出発の音が鳴り響くと動き出す感触がかすかに伝わった。
「……」
『さて、ダンテ心の準備はいいか?』
――できているに決まっている――
欲しい未来を掴み取るために、私は何だってしよう。
『別に手を汚す必要はないから、そこは安心しろ』
――だからどうして、いつもそうやって腰を折るの!!――
決意した矢先に、足を引っかけるような言葉をいう神様。
頭が痛くなってきた。
『まぁ、その代わり、使えるものはなんでも使え、いいな?』
――了解――
自分が望んだもののために、私は誓う。
どんな努力も惜しまない、と――