精神の不安定さが落ち着いたらしいと思われる
私に頼っていた人達の一部からの反発が凄いらしい。
と、フィレンツォから言われた。
それに私は頭を抱える。
――エドガルド何してんの?――
このままではエドガルドの立場が危うい、そんな気がするが、誰に相談したらいいのか見当もつかない。
「ダンテ様」
「……あ、うん、何?」
「御后様が、お呼びです」
「母上が?」
――こんな時に勘弁してよ――
母からの直々の呼び出しに、私は頭が痛くなった。
お口チャックと言わんばかりに何も言わない神様の事もあり。
不安で色々と気が重い。
母に呼び出されたのは、一対一で話す為に創られたような部屋。
母の傍にいたメイドも私が椅子に座るとお茶を出して、フィレンツォと共に出て行ってしまった。
非常に気まずい。
二人きりになったのは数える程度、基本メイドさんとかが母の傍にいるし、二人きりというのも幼少期位。
――ぐおおおおお、恐ろしい、何か恐ろしい――
「ダンテ」
「は、はい。何でしょうか母上?」
名前を呼ばれたので思わず返事をしてしまう。
平静を上辺で保つのがやっとだ。
「ダンテ、貴方に聞きたいことがあるの」
「な、なんでしょうか?」
「貴方は――」
「本当は人と関わるのが面倒なのでしょう?」
ぎくり
「そのようなことは、ありませんよ⁇」
想定外の人物から指摘され、きょどりそうになったが何とか平静を保てた、が次の言葉でダメだった。
「より正確に言えば、貴方は人と関わる事で生まれる軋轢に面倒くささを感じるから、それを起こさない為に、頼まれた事を拒否しないのでしょう?」
ぎくり!!
「そ、そんな、こと、あ、ありませんよ⁇ は、母上」
無理だった、微笑んでいるのに、圧がフィレンツォとは比較にならないし、詳細に言われて平静を保てるような状態でもない。
母はふぅとため息をついた。
「ジェラルドもジェラルドだわ『いい機会』だとか言って貴方に仕事を押し付けて、自分が早隠居と楽をする為に貴方に仕事を押し付けすぎ。他の者達も、貴方を『お人好し』だと思って頼り過ぎている」
そう言ってカップに口を付けた。
「貴方はお人好しではない、ただ単に、人に頼まれた事を拒否することで自分に対して「害」を与えられるのが嫌いなだけ。だから面倒くさがりで人が怖い、そうでしょう?」
「……」
母からの言葉に、私は無言になる。
その通りだからだ。
私は、人に頼まれるのを断ったりすることで、別の意味で嫌な思いをするのが怖いだけ。
いじめとかそういうのは否定できる。
音声録音して、証拠を集めて、提出すればいい。
でも、頼まれごとが原因で評価を下げられたり、いわれのない悪評がうまれるのは酷く面倒で、怖いのだ。
私は「面倒」なことは嫌いだ。
だから「人と関わり」たくない。
自分の世界に浸っていて、自分を理解してくれる人が傍にいてくれれば、それでいい。
でもそうはいかない。
だから上辺を取り繕う。
そうやって、生きてきたのだ。
全部の人から愛されるなど思っていない、そんなの無理な話だ。
けれども、都合のいい奴と思われても良かった。
そう思われない事で、排除されるくらいなら、不当に評価されるくらいなら。
傷つけられるなら、私は「都合のいい」ままでいい「お人好し」と勘違いされているままでいい。
心を傷つけられるのは「痛いすぎる」から――
「ダンテ、貴方がエドガルドの事でとても怒ったのは、エドガルドの心に『傷』がつきやすい状態で、その上で『傷』つけられた事が許せなかった。けれども貴方の普段の態度から、貴方は自分も傷つくのが怖いから、都合がいいと思われることに甘んじていた――」
母は静かに、いつも通りの穏やかな声で私に語り掛ける。
「ダンテ。貴方がそれでいいと思っても、それをよく思わない人がいるわ。エドガルドやフィレンツォ、私がそうよ」
「母上……も、フィレンツォも?」
母の言葉に、私は耳を疑った。
「ええ、フィレンツォは貴方によく言ったけど治らなかった、他者の頼み事は全て受けてしまう貴方に苦言を呈したけれども治らなかった。ならば自分からもうやりたくないと思う方向に持っていこうとしたけど、全然ダメだったと言っていたわ」
「エドガルドは『
「?!」
――それは、それは駄目――
「ダンテ、貴方は今の言葉に、エドガルドはそんな事をしないでほしいと思ったでしょう? それと同じように、エドガルドは貴方がいいように使われるのが耐えがたいのよ」
母からの言葉。
――じゃあ、私はどうすればいい?――
治し方なんてわからない。
ずっとそうして生きてきたから。
あのクソ上司とクソ会社に関しては我慢できなかったから、やり返してやると思ってたけど、今はそうじゃない。
だから、どうすればいいのか分からない。
――期待に、応えなくては――
「――ダンテ」
母が私に近寄ってくる。
そして僅かに身をかがめ、私の手を握る。
「貴方を自分の為に利用する者の為に、身を削る必要は今はないのです。いいえ、王となった時でも。王は確かに民の為に身を削らねばならない――ですが利用することしか考えぬ者に身を削る必要は王になった時でもないのです」
母はそう言って私の頬を撫でる。
「ダンテ、私の可愛い子。貴方はその優しさで多くの方々を救い、そしてエドガルドも救った。だからこそ、貴方も救われる、報われるべきなのです」
母は優しい微笑みを浮かべたまま、続ける。
「貴方はもっと素直に生きていいのです。我儘を言わず、泣くこともせず、良い子であり続けた貴方を私は、母はとても不安に思いました……『なにがこの子をそこまで我慢させているのだ』と。今もそれは分かりません、ですがダンテ」
「取り繕うことは時に必要かもしれません、ですがずっと取り繕うというのは、貴方を信頼している者を時には裏切る行為にもなります、だからこそどうか、素直に。もっと自分の心の中で思っている事を言ってよいのです」
「おもっている、こと、を……いっても、よい、のですか……?」
「勿論です。王になった時は言えない時もあるでしょう、ですが今は良いのです。どうか自分に正直に、自分でなければいけないわけでないならば、断っていいのです」
「……」
「すぐにとは言いません、少しずつ、自分の言葉で言えるようにしましょう。エドガルド
やフィレンツォだけでなく、私を頼ってもいいのですよ? だって私は貴方の」
「母親なのですから」
「――」
ぼろりと、涙が零れた。
ずっとお母さんやお父さんにも言えず、二人からももらえなかったことを。
母は理解して、くみ取ってくれた。
「ダンテ、私の可愛い子。苦しいのなら、いつでも言っていいのです、私にとって貴方は可愛い息子なのですから」
私は嗚咽を零して、母の腕の中で、泣き続けた。