夜、フィレンツォが居なくなり、二人きりなってからしばらくすると、エドガルドはいつものように私のベッドに移動してきた。
枕を置いて、上半身を起こしたまま、私を見る。
「……ダンテ……」
「どうしましたか? エドガルド」
エドガルドは私の手を握ってくる。
「だめ……か?」
深いつながりを求める言葉。
私は出来るだけ傷つけないように、したいと思いつつも、傷つくことに心が痛んだ。
「エドガルド、それはつまり――」
「こういう事なのですよ?」
一気に押し倒す事は避けて、なるべくゆっくりと押し倒して、はだけた箇所から肌を触る。
他愛ないスキンシップとは明らかに別の、性的な触り方と思えるように、吸い付くよな白い肌を撫でる。
決して痕を残さないように、首筋に口づけをして舌でなぞり――
はい、もう無理なのが分かりました!!
体ガッチガチに強張って、その上震えてるのが分かります!!
というわけで終了!!
はい、お終い、これ以上はしないしない!!
手を離して、唇も離して、顔を上げる。
予想通り、エドガルドは顔面蒼白状態になっていた。
――あ、もしかして吐く?――
用意はしていたが、一度も使用していなかった、私がこっちの世界で作ったエチケット袋を手に取る。
ベッドわきのテーブルに置いておいてよかった。
予想通り、エドガルドはその袋の中に吐いた。
何時も用意してある水差しから、コップに水を注ぎ、何度かエドガルドに渡す。
漸く落ち着いたエドガルドから、エチケット袋を受け取り、閉じる。
これで匂いはシャットアウト!
そして、用意されたゴミ箱にいれておく。
普通のエチケット袋とは異なり、封をすると、吐瀉物は固形になり、燃やせるようになる、匂いもしない。
袋も最初は透明だが使用済みだと黒くなる。
魔術を編み込んでいるため、見た目以上の容量もある。
まぁ、一般流通させるにはまだ遠いし魔術で消す方が効率いいからとか色々あるから改良とかを重ねて近い将来一般流通させれる位にはしたいものだ。
エドガルドの汗をぬぐって、寝かせて、寝間着を整えて、普段のように頭を撫でる。
「……エドガルド、大丈夫ですか?」
私の問いかけに弱々しく頷いた。
血色が悪い、彼の頬を撫でながら私は言う。
「……エドガルド、私は貴方が大切だからこそ、私はしないのです」
「っ……」
エドガルドは私の言葉に嗚咽を零した。
「エドガルド、自分を責めなくていいんです」
私は彼を抱きしめて、髪を撫でる。
きっと、自分を責めているのだろう。
私のしようとしたことは、そこまで無理強いではなかったのに、エドガルドは酷い恐怖感と吐き気に襲われた。
望んでいたはずの行為だったのに、怖くて仕方がなかった。
では、自分がやろうとしたことは、と。
エドガルドは私を犯そうとした。
それがどれほど酷いことかと自分を責めているのだろう。
未遂で終わったから別に私は責める気はないし、そもそもあの行為をやろうとする「背中を押した」のは薬の影響も強いと思っている。
私がもう少し早くエドガルドの事を調べていれば、こんなことにはならなかったと、私の方が責められるべき内容だ、あれは。
まぁ、今更過去を悔んだりしても仕方ないことではあるが。
エドガルドが落ち着くまで、私は彼を抱きしめて背中をさすった。
口にキスできたらいいんだけど、神様から禁止言われてるから、頬とか額にしかできない。
もどかしい。
「……何故、お前は私を許すのだ……」
かすれた声で、エドガルドは漸く自分の思いを口にした。
「何故、何故……お前は私を、許せるのだ……」
「……エドガルド、貴方は苦しんでいたし、毒の所為で精神も病んでいた。本心を明かすことも、悩みを吐き出すこともできない程に。私は自分ではどうにもならないと思ったら母上やフィレンツォに言うことができたけれども……エドガルド、貴方は違った」
「貴方は酷く真面目で、そして他人に頼らないように自立しようという性質があった為、そこに毒が入り込み歪めたのです。その結果貴方は猜疑心を抱き、人の悪意を過敏に感じるようになり、より誰にも頼ることも吐き出すこともできなくなった」
泣きそうな顔をしている、彼の頬を撫でる。
「責めているつもりはないのですが、そう受け取ってしまっていたら申し訳ない。ただ、これ以上自分を責めないでくださいエドガルド。それと、私が肉体的なつながりを避けるのはちゃんと理由があるんです」
「りゆう……?」
「……私はが肉体的なつながりを持つことで不利益が生じること、何よりそれによって誰かを傷つけることが私は怖いのです」
「――私は、エドガルド。貴方が私に向けるような感情がまだうまく分からない、なのにそのようなことをしたら傷がついてしまう。相手も貴方も。だから私はそのような事しようと思わないのです」
実際そうだ。
誰かと軽々しく肉体関係を結ぶことはエドガルドを傷つけることになる。
「性欲がないとか、身持ちが堅すぎるとか、まぁ色々言われてますが、ないわけではないんですよ。ただ、大切な人を、私は傷つけたくない」
私はそう言って、彼の目元に残った雫を拭う。
「言ってしまえば、私は臆病者なのです。そう言われても仕方ないのです私は」
「そんなことは……!!」
エドガルドは否定するが私はそれを自嘲の笑みを浮かべてさらに否定する。
「エドガルド、私の優しさは良い意味での優しさではないでしょう、誰かを傷つける事が怖くて一歩を踏み出すことができない。そう言った類のものです」
私ははっきりと否定する。
「エドガルド、私は貴方が思う程綺麗な訳ではないのです。だから善人でもないのです。インヴェルノ王国の王家に産まれ貴方の弟であり、後継者である――けれども、私はただのダンテなのです」
「兄である、貴方に肉親以上の大切だという感情を抱きながら、それが愛なのか理解できない、疎い臆病者、それが私なのです。だから――」
「もし、貴方が私を見て欲しいと願うなら、どうか私をきちんと見てください。私はあなたが思う程完璧な存在ではありません」
「私はただのダンテなのですから」
エドガルドの手を握って、はっきりと言う。
そして次の言葉を待つ。
「――なら、私の事も見てくれ。私はお前が言う程真面目でもない、私は――」
「ええ、分かっています。私がただのダンテであるように。貴方もまたただのエドガルド――だから」
「確かに、私達には色んなものが絡みついているけども、それでも私達自身を見直しましょう、思い込みで相手を見るのは、もう止めましょう」
そう、私も「可哀そうなエドガルド」ではなく「エドガルド」自身を見つめたいのだ、けれども私に依存している現状のままではそれから脱却できない。
色眼鏡で見るのはもう終わり。
依存ではなく、自分の脚でちゃんとたって歩くために。
きちんと私を見て欲しいから。
私も、貴方の事を、ちゃんと見たいのです。