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傷だらけの大切な「兄」~療養の始まり~




 どんな風に待っていてくれるか気になり少しうきうきしながら私は自室の扉を開けた。

「兄う――」


 部屋の様子を見た私は凍り付いた。

「どうしたのですか? ダンテさ――」

 フィレンツォもその様に硬直した。


 メイドさん達が倒れている。

 物がそこまでではないが散らばってるし、カップなどは床に落ちて割れている。

 エドガルドが私のベッドの毛布をかぶって部屋の隅で震えている。


「フィレンツォ、メイドの方達を頼みます!」

 私はそう言ってエドガルドに近づいた。

 そしてフィレンツォに聞こえないような声でエドガルドに囁く。

「――エドガルド、どうしたのですか?」

 その声に、エドガルドは顔を上げて、私を見て破顔した。

 そして抱き着いてすすり泣き始めた。

「大丈夫です、大丈夫ですから……」

 私はエドガルドを抱きしめながら、何度も言い聞かせた。





 エドガルドをベッドに寝かしつけ私は息を吐く。

「一体何があったんですか?」

 意識を取り戻したメイドの一人にたずねる。

「エドガルド殿下は、ダンテ殿下がお部屋を出てしばらくの間、とても静かだったのです……静かにお茶をお飲みになられていて、ティーカップが空になったので『お飲みになられますか?』と聞いて『頼む』と言われましたのでお茶を入れようとした途端、急に頭を抱えて、叫び声を上げて……」

「暴れた……と。その時兄上は何か言ってませんでしたか?」

「はい……『私に触るな』と言った内容の言葉を……」

 その言葉に、私は思わずため息をついた。

 理由が分かった。


 おそらく、兄は家族以外の他者との接触が困難になっている。

 学院生活中、元執事が娘だけでなく、まぁ、その色々な連中に性的な接触と取られるように触られたりしたんだろう。

 薬の所為でそう捉えやすくなってただろうと思うし。


 多分、わずかにお茶を入れる時に指か何かに触ったのと、まだ薬が抜けきってないこともあるのでこうなったんだろう。


「……兄上に薬飲ませたりした奴らを拷問したくなった」

 思わず本音を零してしまう。

「「「ダンテ殿下?!」」」

 メイドさん達は明らかに普段と異なる言葉を言う私に驚いている。

「静かにしてください。エドガルド殿下が起きてしまいます」

 フィレンツォが静かにメイドさん達に注意する。

「貴方達は、念のため医療室に行ってみて貰って下さい」

 フィレンツォはそう言ってメイドさん達に部屋から出て行ってもらった。

「ダンテ様、お気持ちは分かりますが普段の貴方様しか知らぬメイド達が聞いたら驚いて当然ですよ」

「いや、すまない。我慢が出来なかった」

 私は椅子に腰をかけて、手を組む。

「うーん、結構不味い事態かもしれないなぁ」

「どういう意味ですか?」

「療養させるにも、兄上はおそらく医者も触れない位の精神状態に今ある。家族の中の誰かが見ていれば多少我慢できるだろうけど、そうなると私が適役なんだと思うんだ」

「何故?」

「父上と母上に関してはこうなってしまったという自責の念で悪化する可能性もある。第一兄上は苦しんでいる時、私に助けを求めてきた、だから私が適任かなと」

 フィレンツォを納得させるように言う。


――口が裂けてもエドガルドが強姦しに来たとか言わんよ!――


「……成程、ですが。ダンテ様、貴方様の留学は後二年後に迫ってますよ? 勉強――……失敬、之は愚問でしたね」

 フィレンツォは自分の発言を取り消すようにいった。

「うん、城の中で、もう私に勉強を教えられる人はいないからね。それ位努力したんだよ? ほら、ほら、褒めてくれないかなぁ?」

「……無理して何度も部屋にぶち込まれたのは何処の何方様でしたっけ?」

「アーアーキコエナイー」



『まぁ、無理したのは事実だしな』

――じゃあ止めてよ!――

『フィレンツォが止めるの分かってるしな。その分そいつとかとも交流できるから、あと面倒だった』

――この神様は……!!――



「分かりました、ではエドガルド殿下の容態を陛下にお伝えしてきます。くれぐれも無理なさらないでくださいませ」

「わかってるよ」

 フィレンツォが部屋を出ると、私はそっとエドガルドに近づく。

 血色が悪くなった頬を撫でると、わずかに身じろいだ。

 ゆっくりと目が開いた。

「だんて……?」

「エドガルド、大丈夫ですか?」

 エドガルドは何とか体を起こした。

「無理はしないでください」

 私は体を支えながら、静かに彼の手を握る。

「わ、私、は……」

 エドガルドは自分がしたことに自責の念を抱いている。

 私はそんな彼を抱きしめる。

「……エドガルド、自分をそんなに責めないでください。貴方は悪くありません」

「だん、て」

「貴方に必要なのは療養することです。休息することが必要なのです」

 私はエドガルドに言い聞かせる。

「エドガルド、貴方は頼ることが上手くできない状態されていた中で、四年間独り頑張ってきました。学院を首席で卒業したのでしょう? 頑張りすぎたのです、だから、休んでください、ね?」

 私の言葉にエドガルドは安心したような表情を見せ、再び目を閉じ眠り始めた。

 そっと彼を寝かせて、頭を撫でる。





――私は、幸せにできるのだろうか?――

――今苦しんでるエドガルドを、これから出会うであろう彼らを――

『なにを今更怖気づいたか?』

――どっちかというと不安なのです――


 神様の言葉を私は否定する。

 怖気づいたというよりも、漸くエドガルドが抱えていたものや彼のおかれていた状況などを理解できたばかりの私が、まだ深く理解できていない二年後に出会う彼らの抱えている困難から私は救い出すことができるのかと言う不安が消えない。


『その為の私だろう?』

――普段放任気味なのに……――

『お前は馬鹿やらんからな、馬鹿やってたら容赦なく言ってる』

――素直に喜べないー……――

『喜べ、散々忠告していたのにやらかした「大馬鹿者」と、忠告そこまで必要しないし問題になるような馬鹿をやらんからお前。私は非常にありがたい』

――さよですかい――


 神様、16年は経過してるのだが、まだあの件に関しては許す気は毛頭にないらしい。


 いや、私も許さねぇよ?

 その所為で私死んだんだからな?!

 今ここにいるから、いいけど、高坂美鶴としての私は死んでるんだからな?!


『本当、あれは馬鹿が申し訳ない……』

――本当……いやマジで、こうしてここに存在できなかったら私呪いの権現になれる気がしたよあれはマジで!!――

『……なりそうだな……しかし、割とやりがいがあって楽しいな今は』

――どゆこと?――


 神様の言っている意味が良く分からない。


『なに、お前が割とあるような名誉欲で転生や成り代わりみたいな事をする人間で無くてよかったという事だ。確かに私の補助等もあるが、お前はお前の努力でやってきたのだ。それに極端な悪人でもなく善人でもない、ただの人だからこそ、私はお前が好ましいよ』

――な、何か分かるようで、分からない……――

『なに、中々面白い人間だということだよ、お前が』

――嬉しくなーい!――

『ははははは』


 楽しそうな神様。

 16年の付き合いになるけど、今だに良く分からない。

 神様だし、仕方ないか。





 エドガルドの治療は城内で行うことになった。

 保養地などに行くより、私が傍にいて治療に付き添うのが良いとフィレンツォが伝えてくれていた。

 母がエドガルドに問いかけると、エドガルドは小さな声でそれがいいと答えたそうだ。

 父や医者が訊ねると我慢しようとするから母が問いかけてくれと頼んだ。

 父は若干しょぼくれていたが、仕方ないじゃないか、エドガルドは父より母の方が本心を言いやすいのだから。

 あと、医者は他人だから絶対言わないし。


 独りにしておくのは不味いというのも分かったので、私とエドガルドは同じ部屋で過ごすことになった。

 なので、部屋を移動。

 昔使われていたらしい兄弟用の部屋を掃除修繕して、そこで一緒に過ごすことになった。


 フィレンツォがエドガルドと私の執事を暫くやることになった。

 まぁ、世話役たちの中でも結構色々あったらしいし、エドガルドは今酷い不信状態にある。

 私は、留学するまでの残りの時間を、彼の為に使おうと、決めたのだ。

 まぁ、必要はないけどちゃんと勉強もします。

 才能あるからとか忘れないから、なんてうぬぼれることはしませんよ。

 優先順位がエドガルド優先だから、彼が留学中みたいな勉強はしないけどね。







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