泣き続けるエドガルドを抱きしめたまま、私は朝を迎えた。
エドガルドは泣き続けている内に、泣き疲れたのか先に眠ってしまった。
眠ったのを見て、疲れがどっときたので私もちゃんと寝る事にした。
結果――
「どういう事ですか? ダンテ様?」
まだエドガルドが私のベッドで眠っているので、小声だが圧のある声と眼光をフィレンツォは私に向けた。
平静を装っているが、内心冷や汗だらだらである。
『嘘つけ、それ位できるだろう?』
――はいはい、分かってますよ!――
「その、夜中に目が覚めてなんとなく部屋から出たら兄上が通路をふらついてて、足取りが危なっかしいし、心配だったので部屋に入れて、ベッドに座らせたら急に泣き出して……まぁ、その、どうやら学院生活があんまり良いものじゃないみたいで……宥めていたら寝てしまったから、私が床で寝てるの見たらお前がびっくりするどころじゃないし、かといって人を呼んだら兄上が起きそうだったので……」
「……はぁ……驚きましたよ。エドガルド殿下がダンテ様の腕の中で子どものように眠っていらしたので……」
「父上と母上には言いにくかったんだと思う。自分の執事にも。四年間ため込んでため込んで帰ってきて慣れない事をして――それで緊張の糸が切れた……みたいな感じかなぁ」
「なるほど」
フィレンツォは今の説明で納得してくれたようだ。
「……ですが、学院であったことはきっちり話していただかないといけませんねこれは。他の王族が留学した際同じようなことがあったら不味いですから。そして何よりエドガルド殿下のお心に傷をつけた罪を償って頂かねば」
「ほ、ほどほどにな?」
普段穏やかだったり、物静かな人を怒らせたら怖いというのはよくある話。
フィレンツォもその例に当てはまっているので、私はこの後が色々と怖くなった。
目が覚めたエドガルドは、軽い食事を済ませた後、フィレンツォに連れていかれた。
勿論エドガルドは連れていかれるのを嫌がったので、一回フィレンツォを部屋から追い出してから、エドガルドと二人で話をして、終わったら部屋にきてゆっくりしようと約束することで何とか納得してもらったが――
母はともかく父の耳には入ることは確定だろうし、エドガルドに何かしてくれやがった連中は草の根を分けて捜す勢いで特定されて何らかの罰を受けるだろう。
エドガルドは次期国王でなくとも王子、子煩悩と名高いインヴェルノ国の王である父が、我が子の心に傷を負わせるような事態をもし学院側が把握していて無視していた日には――
――考えるのやーめた!!――
考える事を放棄した。
今の私はまだ王子だし、子どもだ。
というわけでそういう面倒な事柄は父とかに任せる!!
かわりに可愛い兄――エドガルドのメンタルケアはやるので其処の所許してほしい。
以上。
執事達に今まで隠していた学院生活の洗いざらいを言わされたエドガルドはげっそりとした表情で私の部屋にやってきた。
まぁ予想はついていたのでお茶の準備と、焼き菓子を用意して待っていた、お茶は飲むかもしれないけど菓子は多分不必要になるとは思う、でも念のため。
部屋の扉を閉め、鍵をかけるとエドガルドは私の服の袖を掴む。
自分より、背が大きいのになんだか小さな子どもに見えて可愛らしい。
「兄上、お茶にしますか?」
「……二人の時はエドガルドと……呼んではくれないのか?」
こういうのが可愛いっていうんだろうなぁ。
「分かりました、エドガルド。どうしますか?」
「……お茶を、飲みたい……」
「お茶ですね」
普段はフィレンツォがやるの事だし、私がやる事があるような事態は基本ないのだが、念のためお茶の入れ方等もちゃんと学んでおいた。
最初は王子である貴方がとフィレンツォが反発したが「いつか伴侶とか恋人との時を楽しもうと思った時お前は邪魔するのか?」と言ったら納得してもらえた。
流石フィレンツォ。
流石既婚者、奥さんの事聞くとのろけ話が長く続くだけあるぜ。
うざいレベルで。
奥さんに会った事があるけど、フィレンツォののろけっぷりに照れて後頭部叩いてあいつを昏倒させたのは貴方くらいですよ。
可愛い見かけに反してかなりの腕力にびびった。
この国特産の雪花茶を、ティーカップに注ぎエドガルドに出す。
「エドガルド、どうぞ」
「……ありがとう」
カップを手に取り、静かに飲み始めた。
子どもの様な仕草で口にしているが、咎める必要もないし、咎める理由もないのでそのままにしておく。
可愛らしいし。
私も、椅子に腰を掛けてお茶を口にする。
幼い頃から飲み慣れた味。
エドガルドの事をよく知らないから、エドガルドにとってもそうだと良いのだけれども。
「……優しい味だ……」
「そう言って頂けると嬉しいです」
「久しぶりに……飲んだ」
「……はい?」
――パードゥン?――
兄の言葉に耳を疑う。
フィレンツォの話だと、雪花茶――このお茶はこの国の特産でもあるし、母が最も好きなお茶でもある。
青い液体の中に白い花が咲くお茶。
凍てつく冬の澄み渡る青空に向かって咲く白い花――雪花のお茶。
実際城下に降りて民と交流すると、こぞって皆飲んでいるお茶だ。
冬の期間が長く、そして雪花は生命力が強く花を詰んでも翌日には新しい蕾を付けてさらにその次の日にはまた咲くという驚異的な植物だ。
栄養価も高く、味も良いのでこの国出身のものなら飲まない者はまずいないと言われる程。
それを、エドガルドは久しぶりに飲んだと言ったのだ。
「……」
――何かある――
そもそも色々と疑問だったのだ、エドガルドの執事がいくらプライバシーがあるとは言え、自分の主人の状況を把握してないのは何かおかしい。
エドガルドが留学中――基学院生活を送ってた時一体何をやっていたんだ?
幼い頃の事も考えると放任にもほどがある。
そして、エドガルドを連れて行ったのはエドガルドの執事ではなく、私の執事であるフィレンツォ。
――……何か、あるな――
「兄――……エドガルドは普段どんなお茶を飲んでいたのですか?」
「紅雪茶」
びしりと硬直する。
飲んだことはある。
というか、貴族や王族御用達の高級茶だが雪花茶の方が好きだったので、フィレンツォに頼んで私は雪花茶を飲んでいる。
「エドガルドは、そのお茶の方が好きでしたか?」
「いや……私には苦すぎた」
エドガルドの言葉に私はまた何か引っかかるものを覚えた。
確かに紅雪茶には少し苦みがあるが、レモナ――元の世界でいう檸檬、アレの果汁を加えて、砂糖を入れて飲むのが普通だ、そうすればすっきりとしていて美味いお茶だ。
それを「苦すぎる」と言ったのだ。
「……」
色々と推測したくはなるが、フィレンツォからの報告待ちにしようと決めた。
何しろ私はエドガルドの事を知らなさすぎる。
知りたかったのだが、今まで本心を吐露できず苦しんでいたエドガルドは父に対して自分の事を私に教えないよう求めていたからだ。
その結果私は知る事ができなかった。
――私が留学するまで、後二年ある――
――それまでに色々と知っていけばいい――
楽観的に考えている私のその考えを打ち砕くように、ノックする音が聞こえた。
「ダンテ殿下、入室の許可を」
フィレンツォの声がした。
エドガルドは慌てて姿勢をキチンとしたものにした。
私はそれを確認する。
「構わない、フィレンツォ。入って来てくれ」
フィレンツォが部屋に入ってきた、そして私の傍により耳打ちをする。
「エドガルド殿下の件で、御話があります。ですから来ていただきたいのです」
「兄上は?」
「エドガルド殿下は今回の会議には参加されない方がよいと陛下が」
「は?」
私は意味が分からなかった。