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手を差し伸べられる、許される(Side:エドガルド)



「――兄上、何をしているのですか?」


 ダンテの言葉に、私は自分がどんな表情をしているか、分からないどころかダンテの表情すら見れなかった。


 心臓の音が五月蠅い、唇が震える。


 恐ろしい。

 恐ろしい。


「……兄上、私が憎いですか?」

「!?」

 ダンテの言葉に、私は一瞬だけダンテを見るが静かな面持ちのその顔を見ていられず目をそらしてしまった。

「兄上、私を見て下さい」

 誰が、見れるものか。


 静かだが、強い意志を持ったその高潔なお前を。

 そんなお前を犯そうとした私が、見れるものか。


「――私は兄上を咎めるつもりはありません」


 耳を疑った。

 咎めるつもりはない、だと。


 私のことなど、お前は眼中になかったということか?!?!

 それともお前は――


「ふざけるな!! そのような言葉――」

「信じてください。兄上。私は兄上の事が――」


「大切なのです」


 四年前、私が留学する日の朝の言葉。

 顔立ちは大人になりつつあるが、表情は変わらず私を見据えていた。


「兄上、兄上からの手紙を、私は見ました」


 手紙を、見たのか。

 何も書かれていないように見えるあの手紙を。

 どうか、どうか気づかないでくれ。


「……兄上、私は推測する事しかできませんが、四年という学院生活は兄上にとって――苦しかったのですね? 悪意に、満ちていて」


 ああ、何故。

 お前には知られたくなかった、けれど知って欲しかった――

 矛盾しあう感情が私の中で争う。


「兄上、兄上は……自分が『祝福』されない理由を理解したからこそ、私が……憎いのですね」


 恐ろしい、恐ろしい、お前の言葉が私には恐ろしい。

 ダンテは表情を変えずに私を見つめている。


「……兄上、私は。兄上が私の事を憎くても……私は、私は今まで出会った方々の中でも兄上を大切に思っております。フィレンツォよりも、父上と母上よりも」


 ダンテは私の手を握りそう言った。





 大切?

 誰よりも大切?

 あ、ああ、あああああああ!!





 もう、我慢が出来なかった。


「だがお前は私を選ばないではないか!! 私はお前しか愛せないのに、お前は私を『愛することはない』から選ばれた!! 私はお前しか愛せないのが女神が理解してたから選ばれなかった!!」


 血を吐くように、今まで隠してきた感情を吐き出す。

 そうだ、私がいくらお前を愛しても、気が狂う程焦がれようと、お前は愛してくれないではないのだろう!!

 私を愛することがないから、女神に選ばれたのだお前は!!



 兄弟、姉妹、近親の愛は良くないとはされてはいないものの、あまりにも似た性質故に良くない何らかの変質が起きる為、推奨されない。

 二人が互い以外愛せないのであれば、許される。


 私はお前以外で愛せる者は誰一人としていなかった。

 けれど、お前はそうではない。


 お前は私のことなど――



――あいしてくれないのだろう……?――



 苦しくてたまらなかった。

 涙を流れるのを止められない。


――もう、お終いだ――


 深い絶望が心の覆い始める。



 手を握られる感触がした。

 温かく、細い指の感触がした。

「……兄上のような『愛』を私はまだ知らないのです。分からないのです、それがどういう事なのか。けれども――」


「兄上がいなくなることは、私には耐えがたい事なのです」


 弟の――ダンテの言葉に思わず私は顔を上げた。


「……申し訳ございません、兄上。私はそう答えることしかできません。でもお伝えします、兄上。私は兄上を家族という意味合い以上に愛しています。兄上――エドガルド、私はそれほど貴方の事が大切なのです」


 ダンテのその言葉に、さらに涙が零れる。

 みっともなく泣きだす私を、ダンテは抱きしめてくれた。

 まるで、幼子をあやすかのように背中をさすりながら。



 本当に欲しいかった愛かはわからない。

 けれども、今はそれだけで、私には――


 救われる程に、十分だった――





 焦がれる程に愛しているのに、愛されることがないと思っていた。

 家族という枠から決して超えないと思っていた。


 報われないと思っていたから、苦しかった。

 だから、憎くて憎くて仕方なかった。


 愛して愛して愛しているからこそ。

 愛されないと思ってしまっていたからこそ。


 憎み、疎み、妬んだ。



 それなのに「大切」と言うお前は残酷な程に美しく、慈悲深くて――より苦しくなった。





 離れて「汚泥」に塗れ、薄汚れた「蟲」共の悪意に触れて、より焦がれた。

 そして、その汚れに触れさせたくないと思った。


 美しい物が欲塗れの薄汚さで汚され、傷つけられるのではないかと思うと我慢ができなかった。


 そんな欲塗れの薄汚さで汚され、傷つけられる位なら――


 そんな「蟲」共に近寄らないように、縛り付け、傷をつけてしまえばいい。


 そんな身勝手で、愚かな行為をしようとしたのに、お前は責めなかった。

 こんな、薄汚れた私を、大切だと、愛していると言ってくれた。





 酷い事ばかりしてきた私を、お前は何も責めず、受け止めてくれた。

 こんな私を「許して」くれた。





 何故……?






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