兄が留学してからも、私の基本的な生活はあまり変わらない。
ただ、週に一度兄に手紙を出すようにしている位だ。
どんな些細な事でも書いて、そして兄を心配していることも書いて、まぁ色々書いた上で出している。
ただ――
兄からの手紙が返ってくることはない。
兄の執事基世話係とフィレンツォは連絡を取っているのだが。
確かに兄は手紙を受け取っている。
だが、その後どうしているかは分からない、と答えられた。
手紙を渡すと追い出されるらしい。
手紙を受け取った後、兄が手紙をどうしているかは分からない。
何せゴミ箱に手紙の一部とか入っていないからだ。
こればかりはどうしようもない。
母が訪ねた時に、一度手紙の事を尋ねたところ口を閉ざしてしまった為それ以上聞けなかったと私は母に謝られた。
兄の学院生活がどんなものか完全に把握できない。
何せ兄は執事と一緒にいることさえを非常に嫌がるそうだ。
城にいた時以上に悪化していると言われた。
万が一には備えてはいるらしいが――
私からすると、頼りにならない。
あてにならない。
「……はぁ」
私は手紙を書き終えたので、ため息をつき、だらしないのは分かっているけど机に顔を突っ伏した。
返事のない手紙を出し続けるのがこれほど辛いとは思ってもみなかった。
けれども、兄と約束したのだ。
私からそれを裏切る訳にはいかない。
だから週に一度出し続けている。
手紙を出し始めてもう一年は経過している。
確かこの世界の暦とかは元の世界とほぼ同じなので、一年は364日。
なので52週はある。
つまり私は52通以上手紙を出して――
返事は一回も来ていないという状態なのだ。
「……」
二度と手紙を送るなとでも返事をくれたら楽なのだが、それもないから出し続けるしかない。
「ダンテ様、どうなされました?」
「フィレンツォ……」
フィレンツォを見ると、お茶の準備がされていた。
「少しお疲れのようですね、お茶にいたしませんか?」
「……うん、有難う」
フィレンツォの言う通り、少し休むことにした。
13歳になって漸くフィレンツォに対しては気楽に話せるようになった。
いやはや、自分の人見知りは凄いわな本当。
「エドガルド殿下の事ですか?」
「うん、兄さんから返事が来ないんだ……手紙が嫌なら送るなと一言いってくれればいいのに、それもないから……」
「手紙の件は母君である御后様でもどうしようもなかったですからね……エドガルド殿下は父君である陛下より、御后様のお言葉には素直なのですが……」
「母さんでも駄目だったと……」
「はい、そうなります」
私はため息をつきながらティーカップに口をつけ、中の雪花茶を口にする。
「兄さんの事は心配だけど、私はまだ国を出れないから、母さんと父さんに頼るしかないんだよ……」
「決まり事ですからね。余程の例外がない限りはエドガルド殿下も一時帰国はできませんし……」
「そんな例外起こすわけにもいかないし……どうしたものやら」
ため息をつくと幸せが逃げると、美鶴の時はよく言われたが、どうしてもついてしまう。
「兄さんの学院生活がどういうものか、よくわからないのも心配なんだ……」
「ええ、そこは私も陛下も御后様も危惧しておられます。エドガルド殿下に万が一はないようにしてはいるそうですが……それでも分からない事が多すぎるそうです」
兄がそういう行動をとる理由が分からない。
手紙の返事をくれない理由も何一つ分からない。
兄がどういう学院生活を送り、友人はできたのかなども分からない。
「……はぁ」
またため息をついてしまう。
「ダンテ様、兄であるエドガルド殿下を心配する気持ちは分かります。ですが、自分の事をもう少し大事にしてください」
「いや、十分大事にしてるつもりだけども?」
私が反論すると、フィレンツォは首を振った。
「いいえ、無理をなされてると思います」
「一体どこが?」
「勉学にいそしむのは良い事です、国民に耳を傾け交流することも良い事です、己を鍛える事も良い事です、ですが――」
ぎらんと目が光った気がする。
「どれも『自分の時間』を削って行うことは悪しきことです。ダンテ様は休むという事が非常に少ないのです。昔から少なかったですがエドガルド殿下が留学されてからは更に酷くなられました」
ぎくり
気づいてないかなーと思っていたが、そんなことはなかった。
バレバレだった。
「なので、今日と明日はゆっくりと休んでいただきますとも、ええ」
「ま、待ってよ! 兄さんへの手紙はせめて書かせて! 出させて!」
「……わかりました、手紙が書き終わり、出し終わったらそれ以降は勉強等は一切なさらぬように」
淡々としているが、圧のある声に、私は引きつった笑みを浮かべて頷くしかなかった。
――何で神様は言ってくれないのー?!?!――
『いや、そ奴が言うから黙ってた』
――物は言いようって奴ですね、ちくしょうめ!!――
神様に対して心の中で悪態をつきながら私はお茶を飲み干した。
まぁ、それからというもの、私はある意味分岐点である日に備えて無理をしていたのができなくなった。
フィレンツォの目があるので。
最初はそれに焦りを感じてどうにか、掻い潜ろうと考えたがもうすぐ幼少時からずっと私の世話をしていたフィレンツォの目を騙すなど不可能だった。
けれどもしばらくすると人間慣れる物で、余裕が出てきた。
無理をしなくとも、自分を伸ばすことができるし、休むことで心にゆとりがうまれるからだ。
兄への手紙も、少し心の余裕ができた。
最初に出した時のような気持ちで思いをつづり、送れるようになった。
返事の手紙が来ることはないけども、それでも私は送り続ける。
死んでしまった最愛の伴侶へ手紙を書き続けた人の話をふと思い出した。
死ぬまでずっと書き続けて、書き続けて――
それは報われたのか、思い出せなかった、結構重要な事なのに。
読んだのは20年以上前――私が美鶴だった時の話だ、20年以上も経過すればやはり記憶は薄れるかと悲しくはなる。
美鶴だった頃の記憶を全て忘却しているわけではないのだが、こうなんか中途半端に覚えている状態だったり、逆にクソくだらないことを鮮明に覚えていたりで、自分の脳みその状態を少し問い詰めたくなる。
というか、そろそろ忘却したいクソ会社のクソ上司連中の事は覚えてるとか、嫌になる。
『まぁ、人の記憶などそういうものだ』
――ちくしょう、無慈悲だ!!――
『だが、こちらで学んでいる事は基本忘れてはいないだろう?』
――まぁそーですけどもー!!――
神様の言う通り、この世界で学んだこと等は基本的に忘れるような事は今の所ない。
有難いっちゃ有難いのだが、素直には喜べないのも事実なのだ。
――てか、神様基本何してるんですか、今更なんですが?――
『ん? ああ成程、そういう事か』
――今の言葉で分かるんですか全部……――
『まぁな。お前が言いたいのは私はお前のこと以外に何をしているか知りたいのだろう?』
――そりゃあそうですよ、私が求める場所、ゴール……いやもう一つのスタート地点である所にたどり着くための情報とかは全部知ってるのはなんとなくわかりますよ?――
『それは当然だ。だからこそ、私はこの世界全部を「視て」いる』
――は?――
『なに、元の世界でもやってたそこそこやっていた事だ。この世界の全てを「視て」「聴いて」いた』
――……なのにアレになったと?――
『それに関しては本当にすまん』
――いや、まぁいいですけどー……――
『まぁ、この世界の神達に協力してもらってもいる事だからな』
――ちょっと待ってそれ爆弾発言もいいところだー!!――
神様の予想だにしなかった言葉に私はびびる。
『仕方なかろう、私はこの世界の「神」とはちょっと違うのだから、まぁ気にせず時に休み、そして励め若人ダンテよ』
神様の言葉に「頭痛が痛い」と言いたくなるくらい頭が混乱していた。
実際頭も痛かった、いやこれは精神が痛いのか?
――色んな意味で心労が増えた……――
そう思えど、これを知るのは私と神様のみだろう、悲しいかな。