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私と兄~しばらく会えなくなる前に~




 私は、エドガルドと直に接触して以来、幾度も幾度も、彼を捕まえ、話しかけ続けた。

 エドガルドの態度はいつも同じ、でも、私は諦めない。

 でも、関わる毎にフィレンツォの言葉が事実だと理解できた。


 エドガルドは確かに私を憎み嫉妬している、でも――

 私の事を愛している。


 憎いなら暴力をふるうなり、酷い言葉で私を突き放すことだってできるのに、エドガルドは、兄は、それをしないのだ。

 私の事を突き飛ばすそうと思えばできるはず。

 それもしない。


 祝福を受けた、次の国王になる弟である私。

 祝福を受けることのなかった、現在の国王の長子である兄。





 祝福とはなんなのだろう。

 女神は何故、兄に祝福の証を与えなかったのか。


 おそらく、之にも何か意味があるはずだ。

 今はまだ分からない、だが確実に私が歩もうとしている道の先に、私がまだ知らない情報があるはずだ。

 だから今は、少しずつ進もう、兄と接しよう。





 子ども時代の年月の経過の体感速度は早いというが、そうだった。

 二年等あっという間。

 兄が留学する事を私は知る。

 きっと兄は、私に何も言わず居なくなるだろう。

 両親には挨拶をするだろうが、私には何も言わず。


 ならば――



 出発日の早朝、私は一人兄の部屋へと向かう。

 ノックをする。

「誰だ」

 兄は既に起きていた。

 私は何も言わず、扉を開けた。


 名乗ったら入れてもらえないだろうから。


「兄様」

「!?」

 驚愕の表情を浮かべている。

 私だとは思わなかったようだ。

「何の用だ……」

 突き放すような声なのに、違う何かを孕んでもいる。

「……お父様から、私は見送りに出ない様にと言われましたので」

「ならば何故来た」

「見送りに出ないよう言われましたが、挨拶をするなとまでは言われませんでしたから」

 舌打ちする音が聞こえた。

「四年も兄様と会えないのに、挨拶もできないのは寂しいのです」

 私の言葉に、兄の目に表情に、明らかな動揺の色が見えた。

「兄様が私をどう思っていようと、私にとって兄様は大切な存在なのです」


 残酷な言葉なのだろう、これはきっと。


「兄様、私は兄様の帰りをお待ちします。手紙も出します。どうか、お体に気を付けて、善き四年間を」

 これは本心だ。


 エドガルドを歪ませる四年間は確定している、神様が言いきっているのだ。

 それでも、私は祈るのだ。


 私は兄の部屋を後にしようとした。


 兄は私と会おうとしていないと城で働く殆どの人が認識している。

 だから、私から会いに態々早朝部屋にまで行ったとなると後々面倒になる。


 部屋の扉に手をかけた時、腕を掴まれた。

 振り返れば、兄が複雑な表情で私を見て、私の腕を掴んでいた。

「……兄様?」

「……」

 何かを言おうと口を開いたが、兄は口を閉ざした。

「――何でもない」

 兄はそう言って手を離した。

「……では、失礼いたします」

 私は頭を下げて部屋を後にした。





『ふむ』

――何が言いたいのですか?――

『まぁ、今は語るまい』

――この神様は本当に……!!――


 私の頭の中に語り掛ける神様は相変わらず。

 転生ものだったり成り代わりとかで神様がこう出張るのは多いのか少ないのかはもう思い出せないが、この神様わりとしょっちゅう話かけてくる癖に、手助け的な事は少ない。


 神様曰く「お前が割と真面目に考えて向き合ってるからな」と褒めてるんだろうだけど、なんか個人的に複雑な気持ちになる評価を頂いた。


 しかし、本音を言うと私は楽をしたい。

 そもそも人間は基本楽をする為に発展してきた生き物なんだから本質的には怠惰というか楽に生きたがるのが一般的だと私は思っている。

 だけどまぁ、この神様はまだまだ私に「楽」をさせてくれる気はないようだ。


 今はまだ苦労しろ、そんな感じだ。


 まぁ、確かに此処で楽ばっか求めてると、兄が帰ってきた時と、自分が留学した時に痛い目を見そうなので、仕方ないと割り切る事にはしている。


――アレだ、転生、成り代わり、チート、追放系であった少しの間辛くて後は楽に――


 と、考えて止めた。


――私の場合、その後が絶望行きか幸福行きか決まるんじゃないか――

――幸福への道も、絶望への道も今は一緒、どちらになるかはまだ決まっていない――

――でも、これは私が選んだのだ――


 納得させる。

 第一後悔などしていない。


 だから、今はこの苦難の茨道を歩いていこう。

 いつ終わるか、分からない。

 けれども――


 私の欲しい幸せへと至るために、歩んでいこう。





「……」

 私は一人、自室で本を読む。

 父と母や、城の人で働く殆どの人は皆、兄の見送りに出ている。

「――ダンテ様」

「フィレンツォ」

 私の御付きである、フィレンツォが部屋に入ってきた。

 軽食をカートにのせながら。

「ダンテ様、少し宜しいでしょうか?」

「フィレンツォどうしたんですか?」

「……本日、エドガルド殿下とお会いしたのではないですか?」


 ぎくり


「何故、フィレンツォはそう思ったのですか?」

 あまりよくないのは知っているが質問に質問で返すことにした。

「陛下は、ダンテ様にエドガルド殿下の見送りへの参加をしないように言っておりました。ダンテ様は父である陛下の願いを無碍にはしないでしょう。ですが――」

 フィレンツォは眼鏡をかけてないのだが、目の当たりがぎらりと光っているように見えた。

「『会いに行くな』とは言われていないと自分なりに解釈して、早朝にエドガルド殿下の部屋を訪問なされたのでは、と思ったのです」

 フィレンツォの視線が地味に、痛い。

 その視線に、私は負けた。

「……その通りです、私は早朝。兄様の部屋を訪ねました。見張りに見つからないように」

 その言葉に、フィレンツォはふぅと、息を吐いた。

「私のしたことは、良くない事だったでしょうか」

「いえ、ダンテ様。貴方のしたことを非難したい訳ではありません」

「では、何故?」

「此処からは、ご内密にお願いします」

 フィレンツォが私に近づき囁いた。


「エドガルド殿下が呟かれたのです『四年もダンテに会えないなどあんまりだ』と――」


 予想しない言葉に、私は耳を疑った。







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