「ギャー!!」
私は頭を抱える。
留学期間中に拗らせるという事は何かあったという事が分かる。
その間、私は勿論父母は直接関与できない。
「えっと御付きは?! フィレンツォみたく世話役というか執事というかいないの?!」
『いるが――まぁ悪化に関しては……な』
「ヴァー!!」
神様の言葉が気になるが、私はそれより拗らせるのを防ぐ方法はないものか必死に考える。
だが、思いつかない。
留学するまでの残り二年の間にどうにかできる自信すらない。
――どうしたらいいの?!――
必死に思い出す。
あの強姦を防ぐ方法を。
「思い出せないぃいいいい!!」
――詰んだ――
私は諦めかけた。
『……仕方ない、じゃあ言うぞ』
「⁇」
泣きそうな私に、神様はため息をついてから言った。
『ゲーム的に言えば魔力・術知識・体術等の総合ステータスが一定値を超えていれば強姦は防げる。お前はとっくの昔にその数値を超えている、だから強姦事態は防ぐことは可能だ』
「……マジ?」
『嘘をついてどうする、ただし』
神様はぬっと私に近づいた。
相変わらずフードの下は真っ暗で何も見えない。
『強姦を防ぐだけでは、お前の願いは成就せんぞ』
釘を刺すような、脅すような声。
「え、ええぇ?! ちょっと待ってくださいよ?! 一体どうすれば……」
『まぁ、そろそろいい頃合いか』
「な、何がですか?」
『明日以降エドガルドに容赦なくアプローチをかけろ。奴の視線に気づいたらフィレンツォが言い出す前に自分から振り向いて追いかけて捕まえろ。但し、絶対奴の心理をのぞこうとするな。そして留学期間中は奴に手紙を送り続けろ』
「そ、そしたら??」
『……鈍いな、だが仕方ない。今まで頑張ってきた事もあるし、力にうぬぼれるような事もない勤勉なお前には言うか』
さらに、ぬっとフードを、顔らしき部分を神様は近づけた。
『何をしようと留学して拗れたエドガルドは確実にお前を強姦しようとするが、エドガルドに関わることが奴を救うことにつながる』
「えっと、救う?」
神様の言葉の意味がよく分からなかった。
『分からんようならその時にお前に助言してやる。とにかく、正攻法で奴と向き合おうとしろ』
「わ、分かりました……」
――うぐー……かなり無理難題を突き付けてくれるなぁ……――
私はそう思いながらも、同時にやるしかないと自分を奮い立たせた。
「──でも、神様、そんな選択肢とかゲームで出たこと一度も無いですよ」
ふと私はゲームの事を思い出して、神様に尋ねる。
「それはそうだ、とある条件を満たさないと出てこないんだからな。お前は条件を満たしているから無問題だ」
「まじかー……」
思わず遠い目をしてしまった。
外での勉強中。
視線を私は感じるとそれまでの動作を中断して一気にそちらへと走って近づく。
「兄さま!!」
「?!」
まぁ、一気に走ってくるなど想像もしていなかったであろう視線を向けていた相手――兄エドガルドは驚愕の表情を一瞬私に向けた。
アイスシルバーの整った肩ほどの髪に、母と同じような色白の肌に、青い目。
まだ16歳なのに父に似ている端正で、大人びた顔をしている。
――ああ、父に似ているのももしかしたら――
私はそう思った。
「私に触るな!!」
エドガルドは顔を怒りの色に染めて、私の手を叩いた。
ちょっと痛い。
「兄さま、どうして私と話してくださらないのですか?」
「お前と話すことなど何もない!」
「では何故私の様子を見に来るのですか? どうしてですか?」
「――」
兄は何かを言おうとしたが、だが言えないようだった。
どんな言葉を言いたかったのか、想像できるようで、想像しにくかった。
嫉妬や憎悪感情で自分の様子を見に来るとは思わない。
敵情視察とは異なる。
後六年後、彼は私を強姦しようとする。
憎い存在を、嫉妬対象を、陥れるだけではない気がする。
兄は、エドガルドは、弟である私に、どんな感情を抱いているのだろうか。
――ねえ、エドガルド――
――……いえ兄さん、貴方は私をどう思っているの?――
――弟である
「ダンテ様!」
フィレンツォの声に、兄は急いでその場を走り去っていった。
「兄さま!」
『待て、今は追いかけるな』
――もう、言った事と矛盾してません?!――
『今は、だ』
脳内に語り掛けてくる神様に心の中で文句を言う。
「ダンテ様……」
フィレンツォが私の傍により、手を握り、私の様子を確認している。
『その男に問いかけてみろ、何故兄はあのような行動をするか』
――むー……わかりました!――
相変わらず、何を考えてるのか全く分からない神様。
ただ、責任感はあるのは分かっているので出鱈目なことは指示したりしないだろう。
なので私は問いかけることにした。
「……フィレンツォ、どうして兄さまは……私の事を……」
問いかけようと思ったが、うまく聞けなかった。
単純に、何と問いかければいいかわからなかった。
――どうしよう?――
「……エドガルド様は、ダンテ様が生まれた時から時折ダンテ様の様子を見に来ておりました」
「……」
「陛下が問いかけても、理由を決して答えては下さらなかったそうです。ただ、私はこう思うのです」
「フィレンツォは、どう、思ったのですか?」
「――エドガルド様は、ダンテ様の事を……羨ましいと妬ましいと思っていると同時に愛したいのではないかと」
「あいし、たい……」
「いえ、きっと愛していらっしゃるのでしょう。ダンテ様が怪我をしそうになった時などは悲痛な表情で手を伸ばそうとしておられました」
流石に其処迄は私は見ていないから、初めて知った。
フィレンツォが兄を名を呼ぶまで、決して見ないようにしていたから。
「……私が兄さまと同じだったら……もしくは兄さまが祝福されて私が兄さまのようだったら……兄さまと私は普通の兄弟のように、なれていたのでしょうか……」
ぽつりと呟くと、フィレンツォは何か言おうとしたが、口を閉ざした。
多分そうなのかもしれない。
『今はそう思っていればいい、後に、お前は答えを理解する。何故お前が、ダンテが祝福を受け、兄であるエドガルドはそうでなかったのかを』
『フィレンツォの言葉の本当の意味を』
意味深な神様の言葉。
けれど私は心に留めておくことにした。
おそらくそれが――
兄を、エドガルドを救う為の一つであると、そう思って。
愛憎――
愛することと、憎むこと。
愛憎相半ばする、という言葉がある。
愛している、けれども憎い。
憎い、でも愛している。
それは、どれほど苦しい感情なのだろうか――