それは運命的な出会いだったのかもしれないと私は思いました。
「第二王子であるダンテ殿下のお世話を私に?」
子どもも大きくなり、執事の仕事を再開して四年がたった私に言われたのが、まさか次期国王たる第二王子の執事という大役だった。
「私は執事としての仕事に復帰したばかりです」
ジェラルド陛下に断りの言葉を返します。
「いや、お前でなくてはならぬ。代々我が王族の時期後継者の執事はお前の家系が行っていた。その上、現在お前以外にダンテを保護できそう者はおらぬ」
「どういう事でしょうか?」
「我が第一子エドガルドの件は耳に届いているであろう、あの子が自分でダンテを傷つけないか恐ろしくてたまらないとまで言っている、年も離れているしエドガルドも並みの輩では太刀打ちできん。それに――」
「それに?」
「ダンテは恐ろしく賢い、とても四つになったばかりとは思えんのだよ」
「……」
ジェラルド殿下にそこまで言わせるダンテ殿下とはどのようなお方なのか、私は気になりました。
「畏まりました、拝命させていただきます」
「おお、すまないな」
「いいえ」
そして、ダンテ殿下がいらっしゃるという書庫にやってきました。
絵本を読むよりも魔術所を読むというのは本当のようです。
「少々早いが、お前専属の世話係をつけることにしたのだ。入るがいい」
ジェラルド陛下に言われ、中に入ります。
そこには肌や目の色は間違いなく次期国王の証を持ち、母君であるアデーレ妃殿下の幼い頃とよく似た容姿の幼子がおりました。
「初めまして、ダンテ様。私はフィレンツォ・カランコエと申します」
ダンテ殿下はきょとんとしている。
「今後何かあったらフィレンツォに話すと良い。もちろん私やアデーレにも相談して構わん」
「はい、おとうさま」
ダンテ殿下は御父君の言葉を理解しているように頷いていた。
「……ダンテ、お前はなんというかあまりにも歳不相応すぎて心配になるぞ」
確かにダンテ殿下は何処か歳不相応に私にも見えました。
「では、フィレンツォ。頼んだぞ」
「はい、陛下」
陛下はダンテ殿下を椅子に御座らせになられてからでていかれました。。
「ダンテ様」
「ふぃれんつぉさん?」
「フィレンツォとお呼びください」
「……ふぃれんつぉ」
「はい、ダンテ様」
「ふぃれんつぉはほかのひととちがってかみのけがくろいのはなぜなのですか?」
その発言は子どもらしいともいえるし、らしくない何かが混じっていました。
「私の一族はは基本的に他国から妻を迎えることが多い為、血が混じりその結果得意とする魔力の性質が髪の毛に現れるようになったのです」
「くろはどんなせいしつなのですか?」
この言葉の時点で、私はダンテ殿下への対応を変えることにした。
「夜、闇、影、そう言った性質です」
そう答えると、ダンテ殿下はふむふむと理解したふうに本を見比べていた。
「ダンテ様。どうやら貴方様は普通の子どもとは違うようですね。祝福があるからとは違う意味合いで」
その言葉にダンテ殿下は目を丸くします、こういう所は子どもらしいのでしょう。
「――ですが、それがダンテ様の特徴なのでしょう。それでいいと思います。これからは何かございましたら何なりと、このフィレンツォを申し付け下さい」
私はダンテ殿下のお手を取り、微笑みかけました。
「――ダンテ様、何をなさりたいですか?」
私はダンテ様の事が知りたくなりました。
「しりたいのです、いろんなことを」
「成程……今読んでいるのは……魔術書ですね」
「はい」
手に持っているのは入門書、だが四歳児が読むようなものではない。
けれども理解しているようでしたので、実際できるか試してみることにしました。
「――では、外で実際にやってみましょうか」
「はい!」
元気よく返事をするダンテ様はとても愛らしく見えました。
「
ぼっと、的である木材を燃やします。
「すごいなぁ……」
感嘆の声を上げているダンテ様。
やはり子どもらしい。
「魔術を直に見るのは初めてですか?」
私の問いかけにダンテ様は首をかしげてしばらく考え込んでから口を開かれました。
「みるのははじめてだとおもいます、ですがなにかふしぎなものをかんじてました」
「成程……ダンテ様は感知能力が高いのでしょう」
私は推測してダンテ様に言うと、先ほどのようにふむふむと考え込んでいた。
「さて、では実際に試してみましょうか」
私がそう提案するどダンテ様は目を輝かせました。
――ああ、やはり子ども、ですね――
その時私は純粋に安心しました。
「ふぃれんつぉのまねをすればいいのですか?」
私にたずねるダンテ様に頷き、口にする。
「はい、私と同じようにやってみて下さいませ」
ダンテ様は手をかざし、呪文を口にしました。
「
爆発音とともに、的があった場所が炎上しました。
硬直しました。
軽く火がつくか小さな爆発が起きる程度だと思っていたのです、私は。
でも実際は大きな爆発音と共に炎上。
ダンテ様はぽかんとしておられました。
私は我に返り、魔術を使いました。
「――
水が滝のように燃え盛っている場所に落ち、炎が消えました。
「……ふぃれんつぉ、ぼくはたいへんなこと……してしまったのですか?」
怯えるダンテ様、それに私は安堵しつつ、ダンテ様言葉を否定します。
「いいえ――ダンテ様は大変な事をしたわけではございません。ただ……これは少々考えなくてはなりませんね」
私はダンテ様の力量をきちんとはかるべく、カーラ様に連絡を取り、ダンテ様を案内しました。
「わぁ……」
目を輝かせるダンテ様を見てつい、頬が緩んでしまいますが、いけないと引き締めます。
「カーラ様、失礼いたします」
「もう、フィレンツォ。カーラでいいと言ってるのに」
カーラ様は私よりも魔術に精通している方です。
ただ、本人はそろそろ隠居をしたいとおっしゃられてます、まだまだ「現役」でいらっしゃられる程魔力をお持ちなのに。
「始めまして、ダンテ様。私はこの城でジェラルド陛下にお仕えしている術師、カーラ・アングレカムと申します」
きょろきょろとしだすダンテ様に私が補足して紹介いたしました。
「カーラ様は、アングレカム辺境伯のご息女です」
「えっと、はじめましてかーらさん」
「カーラとお呼びください、ダンテ様」
「はい」
――もしかして人見知りなのでしょうか?――
カーラ様はダンテ様を椅子に座ってくださいと言い、ダンテ様はおずおずとした様子でお座りになられました。
「では、ダンテ様。ダンテ様の術素質を確認させていただきますね」
カーラ様はそう言って、水晶玉の様な魔力計測装置――マギカをダンテ殿下の前に置かれました。
「ダンテ様、この石に両手を近づけていただけますか?」
「はい」
ダンテ様は言われた通り素直に手を近づけました。
マギカは一瞬でヒビだらけにりました。
「「……」」
「あの、これはどういう……」
予想外すぎる結果その2に、私達は無言になります。
しかし無言のままだとダンテ様が不安そうなのでカーラ様は何とか答えを出して口にしました。
「そうですね。どうやらダンテ様は術素質が全体的に『高すぎる』のです」
「たかすぎる?」
「ええ、そしてそれを制御……つまり加減することができていない状態にあります。まだダンテ様は幼いからおそらくフィレンツォの報告程度で済んだのですが、今から加減を覚えないと、少々大変な事になるかもしれません」
カーラ様は真面目な表情でダンテ様に説明をしました。
「……せいぎょできなくて、だれかをきずつけたり、そういうことになってしまうかもしれないということですか?」
ダンテ様はとても不安そうにたずねます。
「はい、そうなります」
私はあえて事実になるであろうことを伝えました。
「フィレンツォ!!」
「カーラ様、ダンテ様はまだ幼いですが賢い御方です。故に、下手に隠すより正直にお伝えした方が良いでしょう」
ダンテ様は無言でじっとしていて、俯いておられました。
「……」
「ダンテ様、今何をお思いですか?」
「……こわいなって……おもいました……」
「ダンテ様、貴方がそう思われる御方で良かった。強すぎる力は、恐ろしいのです。それを無自覚に使うということをダンテ様はなされないでしょう」
私はダンテ様の手を握り、しっかりと口にします。
「ダンテ様、これから貴方様の生は他の方とは違うものになるでしょう、父君でもある陛下が歩んだ道とも異なるものになるでしょう」
「……」
「ダンテ様、ダンテ様はどのような大人になりたいですか?」
私はダンテ様に「王」とではなく「大人」とたずねた。
「……まだわかりません、でもだれかをきずつけてよろこんだり、ふみにじってくるしめるのをこのむようなおとなにはなりたくありません。ぼくは、どうなりたいかわからないけど、だれかをきずつけるようなことをこのむおとなには、なりたくありません」
「分かりました。そのお言葉を忘れないで頂きたい。ですがお願いがございます。どうか一人で抱え込むことはしないでください。その為の私達です」
「そうです、ダンテ様。私達は貴方様には良き王になって欲しい、けれども決して自己犠牲の王にはなって欲しくない、それが望みです。ですから私共を頼ってくださいませ」
私達二人の嘘偽りない言葉に、ダンテ様は安堵してくださったようだ。
貴方様の生が良きものであるように長さえするために――
私は此処に、いるのです。
貴方様の執事として。