アンデッド重装兵の一群が、再び騎士団の構えるファランクス陣形へ向かう。紺碧の騎士団は盾で突進を止めるだけでなく、隙間から長槍を突き出し反撃した。
勢いよく突撃した数体が槍に貫かれ倒れ、バタバタと地に伏すが、その骸を踏み越えながら次から次へとアンデッド重装兵が襲いかかる。
「倒せぬ相手ではない!防御と同時に隙間なく攻撃を繰り返せ!」
隊長レオンハートが吠えると、団員たちは一斉に唸りのような掛け声を発し、その低音が地響きのように戦場を揺らす。
人間たちの感情で結束した力と、命令に従うのみの感情のない骸とのぶつかり合い。それはまるで、まったく異なる価値観、光と影が互いの存亡をかけた鬩ぎ合いのように見えた。
両者に共通しているのは、死を恐れぬという一点のみだろう。
——俺が早急に対処しなければならないのは、左右に倒れている怪我を負った団員たちだ。どちらを守っても、片方は確実にやられる。
俺はすかさずメーデスを攻撃する。
しかしメーデスは右の一撃目をあえて装備の耐性でいなし、あえて左手の【ワールドブレイク】に合わせて【パリィ】を実行した。さすがは鬼神を名乗るだけある、相手も両手武器なのだから【パリィ】を警戒すべきだった。
「もうその手は喰わないわよぉ」
「くそっ…」
攻撃で止められないなら、もう迷う暇はない。
倒れた団員たちを襲わんとする一団へ、俺が踵を返そうとしたその時だった。
「【祝福】【大詠唱】」
後方から声が響いた。見ると、アルティナがその手に杖を掲げ、その先端から神聖な光を放っていた。
「天上の聖なる輝きよ、霊風の流れ、輝水の恵み、生魂の息吹よ。古の契約に基づき、その祝福にて穢れを祓い、我らを癒し給え——【神恩・祝福の浄光】」
その瞬間、輝く光の波が戦場を包み込み、倒れていた団員たちの傷が次々と癒されていく。傷口が塞がり、力を取り戻した団員たちが立ち上がり始める。逆にその光を浴びたアンデットの兵士達はダメージを受け、いくつかは形状を保てずに瓦解した。
アルティナは魔導士とは思えない強力な【祝福】のスキルと神聖魔法で、絶望的な戦局を持ち直してみせた。
いやはや、後衛の鏡だよ君は、天才の領域を超えてるよ。
しかし、その光景を見た鬼神メーデスの目が鋭く光り、怒りの表情を浮かべる。
「おのれ…またしてもあのクソ魔導士め!」
メーデスはアルティナに向けて触手を繰り出そうとするが、俺は即座にその動きを察知しメーデスに【ノックバック】攻撃する。
大回復魔法の後のヘイト調整は前衛の真骨頂、あんな見事な白姫を見せられちゃ、俺の前衛魂も燃え上がるってもんだ。
「おっと、あんたの相手は俺だって忘れた?」
見れば、ほぼ全開していたはずのメーデスのHPはかなり減っていて、今も徐々に減りつつある。
ああ、なるほどね、アンデット軍団は自分の体力を代償にして召喚しているってわけか。不死の軍団が殺した死体から血液を吸収する輪転でもって持続できるスキルであって、決して無限に使えるわけじゃないんだな。
俺が再び棍棒を構えると、メーデスも触手で迎え撃つ。次々と襲いかかるが、俺はそれを巧みに躱し、反撃の隙を狙う。アルティナはその間にも団員たちの回復に専念し、傷の癒えた者から盾を構えファランクス陣形を再び整え始めている。
メーデスの体力は確実に減少していた。やはりアンデッド兵が倒され新たに召喚されるたびに、その体力を消費しているのだ。不屈の騎士団の踏ん張りと、アルティナの絶え間ない回復支援が功を奏し、戦局は明らかに好転した。
「【ファストアタック】」
俺は二連✖️二連の四連撃でメーデスを攻める。
ノックバックの一撃から数えて二撃目となる右手の攻撃をメーデスは装備でいなそうとしたが、今度はこっちが【ワールドブレイク】となり予想外のダメージを食う。一瞬迷いが生じたのか続く三連撃もパリィに失敗し大きくHPを減らした。
「ああぁーーーどいつもこいつもイライラするゴミだわ」
頭抜けた戦略眼であらゆる場面に備えていたはずのメーデスの戦略は大きく崩れ、その顔にも疲労の色が浮かんでいる。
すると一瞬、メーデスがバランスを崩すような動きをし、毛髪の触手が力なく地面に散らばった。(限界か?!)その隙を見逃さずトドメを刺すべく距離を詰めようとしたその時だった。
「かかったわね!」
ニヤリとしたメーデスが、毛髪の触手を動かすが、何かいつもと違う、ゆっくり、ふんわりと俺を包むような攻撃性を感じない動きに、俺は一瞬、集中力を失ってしまった。
気がつくと俺は毛髪に巻きつかれ両手足の自由を奪われた。ああ、やってしまった。そう【時を統べる者】は、俺の集中力の高まりに応じて発生し強化される異能、集中力の途切れは命取りになる。
「油断したわねえ…なんとなく、オマエにはこれが有効な気がしてたのよ」
「両手を塞いだくらいで勝てると思ってるのか?甘いな」
強がってみせたものの、これでは【パリィ】どころか回避も出来ない、どうする、マズイぞ。
「あはは!そこで惨めに踏ん張ってるゴミ兵士の努力もクソ魔道士の頑張りも無駄になったわねぇ」
「……」
「ゴミがどんなに足掻こうと、努力しようと、やっぱりゴミでしかないのよぉ、あははは!」
「笑うなよ……」
「はぁ?生きて、足掻いて、最後の最後で大失敗。これが笑わずにいられる?最高の喜劇じゃない?!」
「足掻く奴を笑うなよ…どうせ無理だからとか、どうせ屑だからとか、何もやってない奴に、分かってたまるかよ!」
——拓海の言葉に隊長レオンハートは身を震わせていた。
盾を握り続ける腕はだいぶ前から感覚すらないが、気力で己を奮い立たせた。
(そうだ、誰であっても、人間の、我々の
「そう?だったら、そこから足掻いて見せなさいよ!ゴミクズがぁ!!【冥界狂力】」
鬼神メーデスのスキルが乗った大鎌で渾身の一撃が放たれる、武器がなければ【パリィ】は使えない、足がなければ回避も出来ない、これを受ければ確実に死ぬ、だからこそ俺は集中する——【時を統べる者】俺は、ゆっくりと近づいてくる大鎌を、首を右に動かし躱し左肩へと流す、そこにあるニコルの甲羅【ファランクス✖️32倍】へ。
その瞬間、空気を引き裂く金切音と共に、大鎌の斬撃は弾かれメーデス自身も衝撃で後方へノックバックした。
「おのれまだ足掻くか!でもねぇ!それに二度目は無いわよ!」
メーデスが再び大鎌を構えたその時
——【
眼前に美月の姿が突然現れると同時に、メーデスの首に聖剣が突き刺さっていた。
不意をつかれたメーデスは、そのままガクリと、地面に両膝を落とす。
「私を探してたんでしょ…最後に、会えてよかったわね」
そう言うと美月は首から剣を抜き、俺に絡みついた毛髪触手を切り払った。
メーデスは消えゆく己の命を感じながら、天を見上げた。
東の空が静かに色づき始め、闇夜を貫くような薄紅色が、次第に黄金へと変わり、空一面に広がっていく。
「魔王様…もう、し、わけ……」
そう言いかけ、溶血の鬼神メーデスは絶命した。
まるで太陽が戦いの傷跡を洗い流すように、朝の光が大地を包み込み、鳥たちのさえずりが再び響き始める。
それは俺が異世界に来て、一番美しい朝だった。
〔前編終了〕