——鬼神メーデスは思考を巡らせていた。
本来メーデスは、例え相手が格下だとしても、機微を観察し弱点を見つけ、そこを徹底的に、完膚なきまで攻め、敗北させ、逃げ場を潰し、恐怖絶望する姿を愉しむ、そんな冷徹な策略家だ。
(魔法をすべて弾き返したファランクスは、今使えないようね…クールタイムなのかそれとも使用制限なのかは不明だけど、魔力が残り少ないこちらにとっては今が絶好の機会。でも今日は予想外が多すぎる、どんな不測の事態にも備えておくべきね…)
そして周囲を見渡し、前方に盾を構えてる紺碧の騎士団と、死亡、もしくは重症で倒れている兵士達を確認すると、ニヤリと微笑む。
「勇者さぁん、まさか…その棍棒で戦うつもり?」
「ああ、ただし、二本使わせてもらうけどなー」
そういうと俺は、右手だけでなく、左手にも棍棒を握った。
見た目は剣士でいう二刀流ってところか。
俺がレベル30を目指していた理由は、前衛職がこの【デュアルウィール】を使えるようになるからだ。
これは片手武器を両手に2つ装備する技能で、武器の攻撃力が半分になる代わりに、常に二連撃が可能になる。他にも両手で1つの武器を装備して武器の攻撃力を1.5倍にする【ツーハンデット】も選べるが棍棒では無意味だ。どちらもデメリットとして盾が使えない、よって守りは弱い、つまり完全にアタッカー向けだな。
「…棍棒が、二本になったから何だというのよ、オマエ馬鹿にしてるの?このアタシを?舐めるんじゃないわよ!このゴミ屑がぁ!」
そう叫ぶとメーデスは無数の蛇のような髪の毛の武器を鞭のようにしならせて攻撃してきた。それぞれが、まるで意思を持っているかのように、複雑な動作と速さで襲ってくる、しかも本来の髪の長さよりもかなり遠くまで伸びてくる。
だが俺は、全ての攻撃を異能で見極め、必要最小限の動きで回避した。おそらく相手には、その場所をほとんど動いていないように見えただろう。
「どうした?あんた、今なにかしたのか?」
こういう高慢でプライドが高い奴は、大抵、煽り耐性がない。激高して冷静さを失えば、どんな強者でも隙が生まれるってもんだ。
「ふーん、オマエ、特殊な回避能力を持ってるようね…」
おや、案外冷静なやつだ、さすがに魔物や魔族兵とは違うな、魔王の幹部級だけのことはある、ちょっと気を引き締めていこう。
俺は次の攻撃に備え【カウンター】スキルを発動した。
——メーデスは思考する
(【時を統べる者】だと?初めて見るユニークスキルだ、特性は明瞭になってないけど、おそらく動体視力が上がるか何かで攻撃を見切っているようね。でも相対的な速度が上がってるわけじゃない。なるほどぉ、ならば…)
メーデスは髪毛の触手の武器を孔雀のよう広げると、ほぼ全方向から同時に攻撃を仕掛けてきた。その先端が俺に到達する直前に俺は前方へダッシュしメーデスとの間を詰めた。しかし、それを予見してたかのようにメーデスが大鎌を振り翳し、俺に向かって先に突っ込んでくる。なるほど、周囲の髪毛が邪魔で逃げ場がない。
「終わりよ、勇者さぁん!【冥刃双斬】」
大鎌を振り下ろすと同時に、斜め左右にクロスした斬撃波をぶつけるこの技は、俺の回避領域を完全に閉じる、この状況でおよそ完璧な合わせ技だ。今までの俺ならここで終わってただろう——
だが、俺は意識を集中し、攻撃を避けるのではなく、合わせるように攻撃を仕掛けた——ここだ!
【パリィ】
互いの武器同士が衝突した瞬間、メーデスの大鎌は弾かれ、互いの攻撃が無効化される。その直後、俺はメーデスの懐へ飛び込み【カウンター】の二連撃。一撃目は黒い装備を貫けなかったが、二撃目で【ワールドブレイク】が確定、メーデスのHPを3割ほど削った。
「【ファランクス】が無ければ勝てると思ってたか?甘いんだよ」
「ちっ…ここで【パリィ】を決められるとは」
(なに?今の攻撃は、この「暗黒竜の冥装」は暗黒龍の鱗で作られ冥界でも超強硬度で知られた防具よ、あんな棍棒の攻撃、ましてレベル30程度で貫通は不可能なはず。【ワールドブレイク】という左手の攻撃には気をつけなければ)
——やはりこのスタイルは俺に合ってる。
この【パリィ】は、盾が使えない両手武器の前衛に付与されるスキル。敵の攻撃が当たる直前0.1秒のタイミングでこちらの武器を当てることで、互いの攻撃の攻撃を打ち消せる。とはいえ狙ってもなかなか合わないことも多いし、外れた場合は相手の攻撃が直撃するので使うには覚悟が要る。まあ下手な奴がやるとただの後衛泣かせだ。(ちなみに魔法はパリィ不可)
俺【時を統べる者】の場合は、絶対に外さないけどな——
「…オマエ、相当な修羅場を潜ってるわねぇ、でも大体わかったわぁ、本番はここからよ【冥速刃】」
スキルを発動したメーデスの毛髪の先端が割れ、触手の数が倍増する。襲いかかるパターンが多様で、最初の攻撃より遥かに速く、強力だ。
これを動かず躱すなんて芸当は流石に無理だ、俺は移動しながら全ての攻撃を回避する…でもなんか誘導されてないかこれ?ん?奴がいない?上か!
【天地断沈】【冥界狂力】
すると上方からメーデスが大鎌の赤い斬撃波を叩き込んできた。
赤い毛髪は地面刺さり鳥籠のように俺を囲っている。なるほどピンポイントでここに呼び込んだな。おそらくこれを回避すると地面が割られ、足場がなくなる。
俺が斬撃波をジャストタイミングで【パリィ】した直後、0.02秒の時間差でスキルが乗った大鎌の強烈な二撃目が目前に、これは完璧なパリィ潰しだ。
——勝利を確信するメーデス「
俺に、斬撃が、死が、迫っている…鼓動が…止まった?…いや…これだ、俺は、今、感じている、この生を、世界を…俺の集中力は極限に達した
「【燕返】」
その瞬間メーデスの放った渾身の斬撃は弾かれ、メーデスへと跳ね返り凄まじい衝撃が黒い装束を突き破り大ダメージを与えた。
「ば、ばかな、今のタイミングでパリィは返せないはず…しかもアタシの攻撃力がそのまま返ってくるなんて…」
この【燕返】こそ、神に頼んだ俺という勇者だけの特別な能力だ。原理はパリィと似ているが、発動可能なタイミングは0.01とさらに10分の1。さらに弾いた攻撃をそのまま相手に返すが、失敗すれば倍のダメージを追うことになる。さすがの俺でも命懸けの必殺技だ。
「どうした?もう瀕死のようだけど、まだやるかい」
「オマエは…なんなのよ…化物なの?」
「あんたには言われたくないけどな」
「これほどの、これほどの人間が存在するなんて、魔王様以外を相手にアタシが…これほど子供扱いされるなんて…」
「まあ、上には上がいるってことだ、分かったか高慢女」
「分かったわ…ふふ、やっぱり準備は大切よねぇ」
そういうとメーデスは毛髪の触手を一斉に前方に飛ばしてきた。
「無駄だと言ってる」
俺は難なくそれを躱すが、多くの触手の狙いは俺ではなく後方に倒れてる騎士団だった。
触手が騎士団に突き刺さると、怪しげに赤黒く輝き、刺された相手や死体が正気を吸い上げられるように干からびていった。メーデスの方を見ると、さっきのダメージがほぼ回復していた。
「まさか、死体の血液を吸い上げて糧にしたのか?」
「あら、よく分かったわね、これで振り出し、新鮮な死体がある限りアタシは死なない。この街の規模からいって、まあオマエの寿命が尽きるまで戦えるかもねぇ」
「貴様!栄誉ある死を遂げた者たちを侮辱するのか!」
怒りの雄叫びを上げる隊長レオンハートをメーデスが嘲笑する
「オマエたちのような脆弱ななゴミ屑を私の糧にしてあげたのよぉ感謝しなさい」
これはマズイな、ただ騎士団の死体はそんなに多くないし、残りの怪我人を守り切れば、新たに死体を与える隙はないはずだ。中央の騎士団はアルティナを防衛していて臨戦体制だから、やつの今の魔力量で簡単にやられることもないだろう。
「勇者さぁん、いま、後ろの連中は何とかなると思ったでしょう?甘いわ〜甘いわねぇ、アタシを舐めるんじゃないわよ!!【冥府師団召喚】」
すると、騎士団たちの前方の地面に巨大な魔法陣が画かれ、数十体のアンデットの重装歩兵が現れ、中央部隊と、その左翼、右翼で負傷して倒れている団員たちへと襲いかかっていく。
「この冥府の不死の軍団は、アタシが生きてる限り延々と沸き続けるわよぉ」
「【我が名において命ずる、全てを破壊し、殺し尽せ】」