ああ、眠れない、眠れない、意識すればするほど目が冴える。
そういえば前の世界にいた時から何度もこんな夜があった。そして結局ゲームの世界に入り浸っては疲れて朝方に眠るという繰り返しだった。
でもきちんと朝には起きて学校には行ってたし、授業だって俺なり真面目に聞いてた。もしかしてショートスリーパーってやつなのかもしれない。とはいっても寝不足だとやっぱなんか疲れるし、毎日が日常が気怠いというか、やる気が出ないというか、寝たい時にぐっすり眠れたら、その方が幸せだよな、ってなんだこの光、あ、俺寝るのか、なら助かるんだが、いやなんか、あの世に連れて行かれるような、前そういやにもこんな光景がって、あれ?ここは....
「よくぞ短期間で、ここまで成長したものだ拓海よ」
目の前に見覚えのある爺いが居る。
ああ、忘れもしないこの顔、異世界に俺を強制転移したあの神だ。
「おい神、いやジジィ、よくも俺の前に顔をだせたなぁ!」
今度は睡魔まで奪いやがって、ていうか言いたいことが山ほどありすぎて何から始めればいいかわからんぞ。
まずは1発殴ってみようか、神を殴るとどうなるのかちょうど興味が沸いたところだ。
「なぜ怒っておるんじゃ?君の願った通りの状況になっておろうが」
はて?って惚けた顔してんじゃないよジジィ!
たしかアポスト神だったか?まずは俺だけレベルアップ出来ない勇者にしたことからだ。
「おい!勇者は聖剣を装備しないとレベルアップ出来ない仕様なら、俺だけ無理ゲー確定じゃねえか!」
「君が棍棒だけでいいと言ったんじゃろ...その代わりにレベル上限を撤去したじゃないか、忘れたのか」
「え?」
ん、あ、そういえばジジィ棍棒縛りの条件にレベル上限の撤去とかなんとか言ってたような、ワールドブレイクの方が気になって意識してなかった。
「って事は俺は今後もレベルアップ出来るの?」
「もちろんじゃ、そうでないと魔王を倒せないではないか」
ああ神様、私はあんた、いやアナタ様を過小評価していたよ。ですよね、でなきゃ俺を呼んだ意味が無いもんね。
ていうか、アルティナに折檻され損じゃないか。
なんだよもう、恋愛小説に路線変更しようとまで悩んでた俺が馬鹿みたいじゃないか。
「いや、レベルアップ出来るのは良いとして、魔王がクソチート野郎とは聞いてなかったぞ」
その言葉でアポスロ神が、威厳ある表情になった
「魔王の強さを理解するまではほっておこうと思ったのじゃ、君が今後の強化を拒否しないようにするためにな」
「強化?」
「そうじゃ通常勇者はレベル30、60の節目に聖剣に纏わる強力な能力を得るのだが、君にはそれが出来ないのでな」
「まあ誰かさんのおかげで、聖剣を装備出来ないからな」
アポスト神は、それはお前が棍棒で縛ったからだろうと言わんばかりの表情をしたが、すぐに気を取り直して続けた
「前にも言ったが、この世界の正と負にはバランスの法則がある。これは神をもってしても崩せぬ理だ。君が勇者本来の能力を得られぬ代わりに、私は節目事に、新たな力を授けねばならんのだ」
あーなるほど、ワールドブレイクみたいな逆バランスてやつか。それが法則なら従うしかないな、そもそも魔王の方はチート野郎なんだから、こっちも遠慮する必要はない。
「それは理解した、でどんな能力が増える?」
アポスト神はふむと少し考えてから口を開く
「まず、【ワールドブレイク(50%)】じゃ」
なるほど、50%って事は二撃目で貫通ブレイクが確定になるわけか、こっから先は人外の化け物相手になるだろうし、過ぎる強化ってほどじゃない。
「わかった、受け入れる、なんか他にもあるのか?」
「受け入れるもなにも、【ワールドブレイク】の確率は元から節目で増加する仕様じゃ、新たな能力ではない」
そうなの?て事はもしやレベル60で100%になる?それは流石にチートっぽくないか?棍棒縛りってバランス的にかなりの代償なんかな。俺にはそこまでじゃないんだけど。
「勇者はレベル30で覚醒勇者となり、60で真の勇者として完成する」
「とりあえず覚醒勇者になると何が変わるんだ?」
「聖剣で魔族と戦う際には全ての能力値が倍になるのじゃ」
なるほど、対魔族、対魔王に特化した戦いが出来るってわけね、いかにも勇者だわ。
て事は真の勇者になると更に強化されるんだろうな。
勇者と聖剣が対魔王戦に必須なわけだ。
「つまりバランスの法則に則って、聖剣を持てぬ君に相応の能力を授ける必要があるのだ」
それから俺たちはどんな能力を付加するかで議論になった。
魔王を倒せる可能性を高めたくて、とにかく強力な能力を主張するアポスト神と、戦いの緊張感を失いたくない俺との妥協点を散々言い合った。
このバランスと言うのはほぼ計算式のようなものがって、神であっても逆らえないらしく、それは強すぎる、それは弱すぎるとお互いの意見がしばらく噛み合わなかったが、俺からの、とある提案でようやく議論は収拾した。
「うーむ、それなら法則には適合はするが、本当にそれで良いのか?君にもかなりのリスクを伴うと能力だと思うぞ」
「構わない!面白くなければ生きてる実感がないからな」
そこまで言うなら仕方あるまいと、アポスト神は俺にその能力を授ける儀式を行った。
「では勇者拓海よ、この世界のバランスを正す者よ、魔王討伐を頼んだぞ」
どっちかっていうと俺はバランスを壊す者だろと思ったのもつかの間、再び光に包まれた。
目が覚めると(寝てたわけじゃないが)ベッドの上にいて、両隣の二人は相変わらずの感じで寝ている。
窓をみるとまだ夜だったが明け方が近い空だ、以前の俺が寝てた時間だからよく分かる。
ん、よく見るとニコルだけが起きていて窓際に立ち外を眺めているようだ。
「ぼうず、何か来るぞよ、備えよ」
なんだ?俺は何も感じないが腐っても伝説の守護獣が言うのだから危険な何かの接近を察知してるのか。
しばらくすると、街の中央付近にある高い塔に閃光が走り、最上部にあった釣鐘の櫓が爆発して吹き飛んだ。
間を空けて轟音が響き、振動で窓にヒビが入る、かなりの衝撃だ。
目を凝らすと、塔の上空に黒い人影のようなものが浮いている。
背中に大きな羽があり怪しげなオーラを放っている様からして明らかに人外だ。
「なんだあれ、龍か?!」
ニコルが首を振る
「ありは、魔族じゃなあ、おそらく最上位種」
「最上位種ってことはレベル60超!?」
「うむ、魔王直下の者かもしれんの」
ここからじゃ流石に遠すぎてサーチ出来ない。
今の振動で寝てた2人も目を覚まし、臨戦体制をとる。
「何事?隕石でも落ちたの?」
「アルティナ、美月と一緒に戦いの準備をしてくれ、敵襲かもしれない」
わかったと2人は準備を始める。
すると拡張機を通したような大声で、空中から最上位魔族が叫び始めた。声を聞く限り女のようだ。
「可愛い勇者さーん、この街に隠れているのは分かっててよ。アナタが出てくるまで、この街を破壊していくわ」
言い終えると同時に、魔族女の上方に大きな魔法陣が浮かぶ。
次の瞬間、複数の閃光が街の中に落ち各所で大爆発を引き起こした。
それを見たアルティナ
「あれは、第八界 攻撃魔法!一体何者なの!?」
「たぶん魔王軍の幹部級だろうな」
中央広場の方をみると、この都市が誇る紺碧の騎士団が集結している。さすがだ、消防隊のような迅速対応。
それを見つけた魔族女は、周囲の瓦礫を宙に浮かせ、一斉に紺碧の騎士団へ投射する。
騎士団は伝統ファランクスの陣形で瓦礫を弾き返した。
数人倒れたようだが、さすがは王国が誇る鉄壁の守備だ。
「ほぉ、わちきをリスペクトするモノたちがおるようじゃの」
リスペクトされてるのは英雄スルバなんだが、面倒だから何も言うまい。
「あらあら、伝統のファランクスとやらもその程度なの」
魔族女はそう言うと、今度は自身の前に赤い魔法陣を発生させ、レーザーのような怪光線をマシンガンのように騎士団へ撃ち込んでいく。
ファランクス陣形で守る騎士団だったが、耐えきれず一人、また一人と吹き飛ばされ、気がつくと半数が壊滅してしまった。
さらに流れ弾で周囲の露店や商店が次々と破壊されて炎上し始めた。
「どうすればいいの....今私たちが出ていっても、全く勝負にならないのに、このままだと犠牲者が出続ける」
アルティナが葛藤するのは分かる、国民を守るか勇者を守るか、立場的にも難しい判断だろう。
「あやつめぇ!わちきのファランクスをなめておるな、おい勇者、一緒に懲らしめにいこうぞ」
どっちの勇者だよと思ったが、新しい能力も試してみたいし、ここは俺の出番だろ。
「俺とニコルであいつを引きつけて街の外へ誘導する!その間に二人は怪我人を救出してくれ」
「了解、今はそれしか無さそうね」
「わかった...でも無理はしないで」
「よし、行くぞニコル!」
俺はニコルを肩に乗せ、屋根から屋根へと走り、魔族女の元へ向かった。