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第14話 異世界の異世界みたいな夜

 ゲーム脳な俺でも人並みの思考能力はある。


 だがアルティナに詰められ続けるうちに俺の思考もだんだんバグってきた。


 たしかに棍棒で縛ったのは俺だし、全面的に悪いとは思うんだけど、あの神が最初に俺をたしなめるべきだったんじゃないかぁ?


 ダメだよ君ぃ、そんなバカなことはやめといた方がいいとかさあ、それじゃ魔王倒せないから却下とかさぁ。そもそも1人だけレベルアップ出来ない異世界勇者なんてかつて居たか?逆だろ普通!おかしいだろ!


 とはいえ怒髪天のアルティナに言い訳の応酬をすれば火に油を注ぐ事になるのは先刻承知。さっきもちょっと反論しただけなのに腹をグーで殴られた。

 わ今すっごい美人に殴られたとか思ってちょっとドキっとしたMな自分が本当に情けなくなってくる。


 でも俺だって今日は紺碧の武者を倒したり、無敵勇者が無理だった試練をクリアしたり頑張ったんだよ。もう十分弱ってる俺をこれ以上ボコるのではなく、拳を腹にではなく背中に回して抱きしめて慰めてくれたっていいじゃないか。


 まあそんな事は状況からありえないのは分かっているが、俺だってそろそろ許されたいのだよ。


 もしかして俺の方から抱きしめたら異世界恋愛小説みたいな展開になって逆転ホームランで許してもらえるかもよ?


 いやいや、ここは平謝りして嵐が過ぎ去るのを待つのが最善の解決方法だよ。そもそも、この女はエルフ、色仕掛けとか色恋とかって概念がないんだから。


 と俺の脳内の天使と悪魔みたいなやつらが意見をぶつけ合っている。


 いやでも、やってみる価値はあるんじゃないだろうか?なんと言ってもここは異世界なのだから!


 いよいよ思考回路がショート寸前の俺は、何を思ったか怒ってるアルティナの腰にそっと手を回し、その美しい顔をぐいっと俺の方に引き寄せてた、寄せてしまった。


 我ながらまさか本当に自分がそれをやると思ってなかったので、その後の流れをまったく用意しておらず


「アルティナ……大丈夫だ、俺がなんとかする」


 と、なんの根拠もない、意味不明回答を、俺史上最大の真剣な顔でのたまった。

 決して俺自身のにやけた内面や、羞恥心を隠すためじゃないし、まして本気でそうしたかったわけでもない、と思う。

 この不合理を、もっとも合理的かつ理想的に解決する方法ととしてこの手段をとったまでだ。


 さらに俺はアルティナのとんがった耳元にそっと顔を近づけると、イケボ声優を真似たここ一番のウィスパーボイスで「ごめんな」とささやく。


 ああ、やってしまった、この後殴られる!と思ったその瞬間、なんと、アルティナの体からスーッと力が抜け、彼女の方も俺の背中に腕を回してきた…え?


「わたしもごめん、…ちょっと言いすぎた」


 アルティナはそういうと、サッと俺からはなれ、何やら恥ずかしそうな素振りで髪をかき上げ


「わたし、先にお風呂はいるね」


 そう言って風呂のある部屋へと入っていった。

 なんか、ちょっと思ってたのと違うけど、やっぱりここは異世界だったんだな。


 隣のベッドに腰掛けたまま、その一部始終を見ていた美月は、顔を真っ赤にして俺から顔をそらす、そしてチラチラと俺をみては、膝の上に乗せた亀をイジイジしてやがる。ニコルのやつはとうの前から甲羅に収まり睡眠状態だ。


 なんだよその、放課後、男子生徒と女教師のいる教室に偶然居合わせて、とんでもないものを見てしまった女子生徒みたいな反応は。


「美月さん、あのね、これはちょっと違うんだよ」


「わたし、大丈夫だから、ちゃんと寝たふりするから」


 君は何を言ってるのかね。

 しかしまあ、とりあえず俺の行動力が功を奏して、台風は去ったということでいいのかな。

 俺だけレベルアップ出来ない件は、今考えてもどうにもならないし、そもそも今日は命がけで武者と戦って勝って前人未踏のファランクスまでゲットしたわけで、これくらいの褒美があってもいいんじゃない?

 そう考えるとなんかどっと疲れが出てきた、俺も風呂に入って早く寝たい。


 しばらくするとアルティナが風呂から戻ってきた。

 俺としては、さっきの件があったから最大限の冷静さを保ちつつチラっとアルティナをみる。

 すると明らかに身体のラインがハッキリと分かる薄生地の服に着替えてて、髪はやや濡れてるし、ただでさえ美しい顔がほんのり熱って赤みをおびててめちゃ良い感じの風呂上がり美女が出来上がってるではないか。


 美月はというとハムスターみたいな小走りで逃げるようにお風呂に駆け込んでいった、ドアを閉める瞬間に隙間からこちらを覗いてたのは見逃してないぞ、おいニコルは置いていけよ、最後の防波堤だろその亀は。


 アルティナは無言で自分のベッドに座ると、乾かすようにその美しい長髪に櫛を通しはじめる。

 しばらくの沈黙が続いたのち、その間に耐えられなくなった俺は、火龍王の調査状況について尋ねた。


 アルティナは髪をとかしたりベッドを整えたり準備しながら報告を始めた。

 あまり時間もなかったので大した情報は得られなかったこと。

 火龍王は基本夜行性で昼間は火口の深部で大抵寝ているということ。

 人では火口付近に近づけないので寝込みを襲うのは無理ということ。

 満月の夜が最も活動的で遭遇率が高いということ。

 この世界の満月まで後5日だということ。


 だいたいそんな感じだったと思うが、正直色っぽいアルティナの姿が気になって半分くらいしかまともに聞いてなかったのは内緒だ。


 そうこうしているうちに美月が風呂から戻ってきた。

 美月はアルティナとは違って変な生物の絵が描かれた小学生のパジャマみたいな格好をしている。ちょっと残念なような安心したような美月っぽくてこれはこれで悪くないかも。そして亀の甲羅をタオルで拭き拭きしながら乾かしてる。そういやこの亀は300年風呂に入ってなかったんだよな、そりゃ汚いから洗うよなぁ、なんて考えながら眺めていると、アルティナがベッドに横たわった。


 なんだか目元がトロンとしてて、いつものキリっとした感じとのギャップがなんとも艶かしい。ていうかこんな薄着の超絶美人が隣に寝転がってて冷静でいられる健全男子はいないのではなかろうか。いたら連絡欲しい。


「アナタも入ってきたら」


 そう言ってアルティナはそのカッコのまま俺の方を見ている。この人、本当はエルフじゃなくてサキュパスなのでは?


 俺は思考停止する前にそそくさと風呂へ向かう。



 もうレベルは上がらないし、魔王はクソチート野郎だし、聖剣も使えない勇者だし、いっそこのまま、魔王討伐なんてやめにして、異世界恋愛ファンタジーに路線変更で異世界ライフをエンジョイした方がいいんじゃないか。流行りのグルメ旅もいいかもな、目玉焼きすらうまく焼けないけど。


 そんな現実逃避をしつつ、風呂から出た後は何をどうすればいいのか、すでにショート済みの思考回路をフル回転しながら考えたが、経験のない根暗高校生の知識いくら探っても徒労でしかない。


 そして俺は、もうなるようになれと覚悟を決めて、風呂を出た。


 ソワソワと隣のベッドをみるとアルティナが物凄い寝相で爆睡していた。


 何度か寝返りをうちながら、意味不明な寝言まで言ってやがる。ああ、なるほどやっぱりこいつはエルフだったか。


 さらに隣りでは美月が亀を抱えて熟睡している。

 なんか時折歯ぎしりみたいな音がしてて、ぶつぶつと呪いのような寝言も聞こえくるし怖いんですけど。


 おれはドカリとベットにうつ伏せ、左右の異音に耐えながら必死に寝ようと試みるも、その夜は結局一睡も出来そうになかった。


あー哀れな俺の異世界ライフ、あの神にもし会ったなら、本当に数発殴りかかる自信が、今ならある。





 ——その頃 魔王城、謁見の間



「魔王様、例の取り逃した女勇者がスルバスに滞在しているとの情報がありました、如何いたしましょう」


 魔王の前に片膝をついて報告する魔族の女。

 纏った漆黒のドレスの要所要所に黒い竜の鱗のような装飾が施され、全身から紫炎のようなオーラが漂う。背中には大きなコウモリのような羽があり、妖艶で美しく血色の薄い顔、頭には捻れた角と濃い血の色のような長髪を湛えている。


「うむ、再び逃さぬよう、今回はお前にまかそう」


 魔王がそう告げると、魔族の女はニヤリと笑い舌なめずりをした。その口元にはおおよそ人には大きすぎる犬歯が輝いている。


「御意」


「では行くが良い、溶血の鬼神メーデスよ」


 鬼神メーデスは立ち上がり魔王に一礼すると、背中の羽を広げ、漆黒の夜空へと飛び立った。


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