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第9話 英雄スルバの残影 

 スルバスは王都テーベスと比較するとコンパクトな中堅都市だ。

 東側を険しい丘陵地帯、西側を断崖の海に護られた天然の要塞であり、交易の要と立地条件に恵まれているのが特徴で、古から幾度となく戦果に巻き込まれたが、一度として陥落したことがない、王国の守りの要になっている。


 都市には南北二ヶ所に門があり、それらを結ぶ大街路沿いには店舗だけでなく、簡易なテントを張った個人商店が数多く並んでいる。

 そこを大勢の人々が行き交うからか、王都よりも街が賑わっている感じだ。


 この都市は300年ほど前に、魔族軍との決戦の舞台になったらしく、その際に北部から派遣され敵軍からこの都市を死守したのが紺碧の騎士の異名をもつ英雄スルバ、都市名スルバスの由来になった偉人だ。

 王都の中央広場には先代魔王を倒した勇者オーリューンの銅像があるのだが、この都市の広場には英雄スルバの銅像が建てられている。それくらい偉大な英雄ってわけだ。


 英雄スルバ像の前に到着し立ち止まるとアルティナが訪ねてきた


「そういえばアナタ、この都市で何か目的があったのよね?」


「ああ、それがまさに、この英雄スルバに関係することだよ」


「スルバ・・・紺碧の騎士、もう300年も過去の英雄でしょ」


「この都市の誇る、紺碧の騎士団が得意としてる独特な戦術って知ってるか?」


 俺の質問に美月がボソボソした声で答える


「・・・ファランクス、前衛が亀甲型の盾を重ね合わせて、隙間なく防ぐ鉄壁の陣形」


 私も負けじといったかんじでアルティナがかぶせる


「その陣形の元となっているのが、英雄スルバが用いた紺碧の防御”ファランクス”でしょ、亀甲型の青く輝く小型の防御障壁を複数出現させて自在な形に展開させて自身や味方を守る英雄スルバの特殊スキルよね」


「そのとおり!では問題です、ファランクスは英雄スルバのユニークスキルでしょうか?」


 しばらく考えたあと、アルティナは答えた


「戦局を覆すほどの防御力だし、ユニークの可能性が高いんじゃないかな」


「不正解!ざんねん」


 ムッとした顔で睨むアルティナ、その時、じっとり目線で銅像をみていた美月が像の肩を指差しつぶやく


「正解は、あの肩にのってる子でしょ」


 よく見ると英雄スルバの像には、亀のような甲羅を背負うウサギのような小動物が描かれている。

 多くの人はそれをスルバのペットか従者だと思っているが、実はこのヘンテコな亀ウサギこそファランクスの正体なのだ。


「やっぱ美月は知ってたか、そう俺はこいつが欲しくてここにきた」


 俺たちはその後、街路沿で一際賑わっている居酒屋のような食堂に入り、これからの予定を話し合った。


 俺と美月は、亀ウサギことファランクスを見つけるために西の岸壁にある青の洞穴に向かう、アルティナには今日から宿泊する宿探しと、火炎龍の情報集めを頼んだ。


「二人で大丈夫なの?美月はもう力を失ってるんでしょ?」


 二人は仲良くなったようで、アルティナも美月にかしこまった口調をやめたようだ。まあどっちもボッチっぽいし、気が合うのかもな。


「喪失後はソロで努力した、レベルは20まで戻ってる、無力じゃないよ、これでもまだ勇者だから」


 美月はキリッとした表情したが心配そうなアルティナ

 俺は気になっていた素朴な疑問を美月に尋ねる


「そういえば、ユニークのラストエスケープはまだ残っているのか?それがあれば最悪死ぬ事はないんだよな」


「ラストエスケープは、魔王に負けた時に発動したから、あいつのユニークで奪われた、だからもう使えない。」


 ラストエスケープも奪われただと、じゃあ魔王倒しても死なないじゃん。どこまでチートすりゃ気がすむんだよクソチーターめ。


「ていうか、ユニークスキルは代償を伴うんだよな、ある意味魔王は複数の凶悪なユニーク使える分だけ、代償もかなりやばいことになってるんじゃないのか?」


 それに対して美月は表情をこわばらせ何かを言おうとしたが、すぐに思いとどまって黙った。

 うーむ、こいつまだ何か決定的な事実を隠してるんじゃないか?しかし、本人は言いたくないようだし、何か考えがあるのか、俺たちを信用しきっていないのか分からないが、無理に聞き出すのはやめておこう。


「あの魔王自身はユニークの代償を回避してる。その理由は今はまだ話せない・・・でも信じて欲しい、絶対にわたしが、あいつを絶命させるから」


 美月の目には信念と怒りのような感情が滲んでいる。

 なにか事情がありそうだな、それもかなりのものだろう。


 その後、俺達はそれぞれの役割をはたすべく、アルティナと別行動となった。


 洞窟へ向かう道すがらで、美月の話を色々と聞くことができた。

 思った通りで、美月は日本人で高校生の時、この世界に転生したらしい。

 しかしその理由は俺と違い、先に転生させられ戻ってこない兄を追ってきたらしい。

 美月の兄はクエルクス・ワールドにはまっていて、かなり優秀なプレイヤーだったそうだ。

 大規模ギルドを率いるリーダーでメンバーの中でダントツの実力とセンスの持ち主だった。

 美月はそんな兄に憧れて同じギルドに所属してたらしい。

 兄から学んだ彼女もかなり強いプレイヤーだったようだ。

 兄の話をしている時の美月は、いつもよりちょっと明るい表情で楽しそうだった。

 本当はもっと明るい子なのかもしれない。


 そういえば俺の家族とか、いまどうなんてんだろう。体ごとこっちに来てるのは間違いないと思うから行方不明で捜索願とか出てニュースになるのは嫌だな、俺はゲームの外だと、あまり人とは関わらないし、どっちかっていうと根暗なタイプなので目立つのも好きじゃない。


 そもそもこの世界で死んだらどうなるんだ?

 元の世界に戻るのか、それとも永遠にこの世界に

 を彷徨うのか、まったくの無になるのか。


 そんな事を考えているうちに俺たちは青の洞窟に到着した。


 洞窟とはいっても、岸壁の中に開いた大きな風穴のような場所に、天に空いた穴から差し込む陽光の加減で海水の色が青い宝石のように輝いてるだけで、実際に洞窟があるというわけではない。まあ知る人ぞ知る観光スポットになってるような場所だ。


「美月、わかってるよな?」


「うん、いこう」


 それを合図に俺達は青く輝く海水の中へ飛び込んだ。


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