馬車から出てきたのは、やや小柄な女子で年齢は俺と同い年といったところか。豪奢な馬車だからてっきり貴族か王家の何者かが出てくると思ってたが、白いワンピースにフードがついた紺色のガウンというわりかし地味な格好をした人だった。
しかし、なんか雰囲気に親近感がある、もしかして日本人か?
隣でアルティナが驚き、信じられないといった表情をしている
「まさか、い、生きてらっしゃったのですか?」
と言うアルティナに対して、助けられた彼女のほうは、なにやらバツの悪そうな、複雑な表情を浮かべている。
「そりゃそうだろう、今、俺たちが助けたんだから」
俺の言葉をガン無視してアルティナが問いかける
「貴女は、先代の勇者様ですよね?」
「え?どういうこと」
今度は俺がキョトンとなった
彼女は意を決したかのような顔で答えた
「そう、私は先代勇者の
そして俺の顔をじっと見る
「あなたは転生者、私の次の勇者よね」
「まあ、そうなるのかな」
俺たちは豪奢な馬車を、街道から少しはなれた茂みに隠し、先代勇者こと美月を自分たちの馬車に移動させた。
王都からの救援を待つか考えたが、それより先に魔族の追っ手がくる可能性も排除できないという判断で、元勇者、美月を連れスルバスに向かう事に決めた。
その道中で、いったい何がどうなっているのかを美月に尋ねた。
美月の話によると、魔王と戦って敗北したものの、自身の持つユニークスキルによってある場所に生還したということだった。
「私は・・・絶対に死にたくなかった、だから転生の時、神に頼んだ」
美月の説明によると、神に依頼しラストエスケープというユニークスキルを授かったらしい。それは、死亡判定のダメージを受けた場合に限り予め設定していた場所へ転移し死を免れるというものだった。しかし発動後に代償として、この世界で得た全ての力を失うという条件らしい。つまりレベル1に戻ってしまうってことか。
「転生者が神から与えられるユニークスキルはその性能に応じた何かを失う“代償の法則”を受け入れる、あなたもそうでしょ?」
美月はじとっとした目で俺を見る。
こいつ見た目は可愛いけど、話し方も態度も陰気な感じがする、まさかコミュ障か?そもそも俺のユニーク、ワールドブレイクは頼んだんじゃなくて“棍棒縛り”と引き換えに神から強引に付与された能力なんだが、美月の話を聞く限り俺は逆代償で獲得したってことになるのか。
「まあ、ある意味ではそうかもな」
美月はさらにじっとり観察するような目で俺をみている。こいつの視線、アルティナとは別の意味で苦手だ。
俺たちのやりとりを聞いていたアルティナが横から尋ねる
「では王都には秘密裏にご帰還されていたのですね・・・しかしなぜ我々に黙っていらしたのでしょう、勇者様は亡くなったと聞きました」
美月はしばらく考えたあと、俺の顔をじっと見つめる。
「なぜ、大地の聖剣を手放したの?....気づいたの?」
こいつは何を言ってるんだろうか、話の要点がつかめない。
「単に金が欲しかったから売っただけだよ」
俺が答えると同時に、ものすごく冷たい顔でアルティナが俺を見る。
氷のような視線がとても痛い、怖い、だからごめんて。
「そう・・・知らないのね」
美月はふたたび視線を落とす。
「どっちも勇者だとややっこしいな。俺の名は拓海だ、美月だっけ、何を知っている?」
美月は再び俺を見てアルティナをチラッっと見る素振りをした
「大丈夫だ、アルティナは俺を崇拝する従者で口も固いから安心しろ」
なんか冷たい視線を横から感じるが今は無視しよう
「わかった、でも確信は無い、あくまで私の仮説だから」
美月の説明によると、120年無敗の当代魔王と戦って生還出来た勇者はおそらく自分だけだということ。魔王との戦いの際に複数のユニークスキルを確認、把握したということ、そして驚きだったのが・・・魔王が使ったスキルは歴代勇者が所有していたユニークスキルだという事実だった。
「そんなの、ありえないわ、ユーニークスキルはその名のとおり、所有者は世界に一人だけと決まっている。どういうことなの・・・」
困惑するアルティナに美月が応える
「うん、でも確かにあの魔王は過去の勇者が持っていたユニークスキルを使った」
そうなると考えられる仮説はふたつだ
「勇者から奪ったか、もしくは勇者が魔王になったか。のいずれかってことになるな」
俺の仮説に美月がうなづく
「私もそう思う、でもあれはどう見ても魔王、勇者の姿じゃなかった、だから」
「なら奪われたもの・・・か」
美月はしばらく考えて、ゆっくりと言葉を選ぶように話し始めた
「私は、あの、大地の聖剣を疑ってる。あの剣には何か秘密がある」
ちょっと待ってとアルティナが身を乗り出す
「あの聖剣は、先代魔王を倒した勇者様が携えてた剣です。それが代々王家に受け継がれ歴代の勇者様が使われてきた由緒あるものですよ!」
美月はアルティナの方を見ずに答える
「その後、その聖剣で魔王を倒せた勇者はいない、そもそも、なんで倒されたはずの勇者が持ってた剣が、いつも王家に戻ってきてるの?」
そう言われてアルティナは言葉につまってしまった
たしかに、勇者は生還してないのになんで剣だけ戻ってきてるんだろう?
「つまり、美月は聖剣を所有する王家の誰かを疑ってるってことか」
そう言った俺に、アルティナが何か言おうとしたので、手を突き出し制止する。
「・・・・だから確信はない、あくまで私の仮説」
美月によると、俺という勇者の転生を知った直後に王都へ赴き、その様子を陰から伺っていたらしい。
そして俺が聖剣を武器屋に売ったのを知って、大きな賭けに出よう決意し、王の元へ赴き、新勇者を支援するため後を追いたいと嘆願したのだという。
「美月、賭けって言ったが、その狙いはなんだったんだ?」
俺が尋ねると美月は答えた。
「・・・今日、その答えが出た」
アルティナがはっとなり口を開く
「まさか・・・王都の中枢に魔王と繋がってるものがいる?」
美月はアルティナに視線を合わせ、こくりと頷いた。
これはとんでもなく面倒な展開になってきた。
歴代勇者の転生チートスキルをいくつも持つ魔王だと?
よくある転生者の最強主人公が可愛くみえるくらい、とんでもないチートクソ野郎じゃないか。どうすんのこれ、勝てるの?しかも俺棍棒しか使えねえし!しかも味方に裏切り者がいるとか詰んでるだろ!あの神、今度会ったらただじゃおかねえ。
怒りつつも、俺の中のゲーム魂というか、攻略魂がうずいてくるのが分かる。
とりあえず、クソチート魔王と戦いユニークスキルや能力を把握している美月という存在を手に入れたことは、大きなアドバンテージに他ならない。やばい、なんか興奮してきた。
そんな俺の気持ちとは裏腹に、どんより静まり返った俺たち一行の馬車は、目的地スルバスの門を潜ろうとしていた。