俺は王都に戻り、冒険者ギルドのドアをなるべく大きな音を立てて開いた。
ギルドの連中なんてものは所詮烏合の衆だ。
舐められたら終わり、最初が肝心なのだ。
「これを換金してくれ。それと、冒険者登録をしたい。」
と言いながら、俺は受付のテーブルにワーウルフエースの大爪を放り投げた。
かなり注目されている。
よしよし、初動は成功だな。
受付の若い女性が、顔を少し赤くしながら俺の方を見ている。緊張しているのか、顔がプルプル震えていてちょっと可愛い。
「あの…これは拾ったんでしょうか?」
「え?倒した後のドロップ品だよ」
「でもレベル10ですよね。このゴミ装備…あ、ごめんなさい、この棍棒で?倒した?・・・っぷ」
それが合図だったように、周囲の冒険者たちが爆笑し、そこら中から俺を馬鹿にした罵声が飛び交う。
「おまえ、冗談にしてもワーウルフエースはねえだろぉ。棍棒であれを倒したって?」
いかにも冒険者ズラした屈強な戦士風の男が、大笑いしながら俺の肩を叩き、棍棒を触ってきた。一瞬PKしようかと思ったが、一応勇者という立場も踏まえて冷静に対応する。
「あー、俺はこう見えて勇者なのでね、見た目より強いんだよ」
(((だっはっはっはっは)))
場内は爆笑の渦だ。食べ終えた骨みたいなのを投げつけてくる奴までいる。あいつは外で会ったらXそう。
「それじゃあ、その実力でぇ早く魔王を倒しに行ってくださいよぉ、棍棒勇者さまぁ〜」
一層激しくなる罵詈雑言に、さすがの俺も我慢の限界が近づいてきた。もうギルドごと潰してやろうかと棍棒に手をかけたその時、
「やめなさい!この方は本当に勇者様です!ワーウルフエースを倒すところも見ました!」
びっくりするくらいの美女がズカズカと歩み寄ってきて、びっくりする大声で叫んだ。見覚えがある、アルティナだ。
さすがは王直属魔導士、あれだけ騒がしかった場内が一気に静かになった。しかし、俺にまとわりついていた冒険者は、不機嫌そうな顔でアルティナに詰め寄る。
「アルティナさんの言うことを信じないわけじゃないが、流石にレベル10であれを倒すのは不可能ですぜ」
「たしかに信じられないというのは分かります。私だって信じられないくらいですから。でも私はこの目で倒すところを見ました。なぜ倒せたのかはわかりませんが…少なくとも勇者様は嘘はついてないです」
堂々としていたアルティナだが、話しながらだんだん自信がなさそうになっていくのを見て、俺の中でボンと火がついた。ついてしまった。
「アルティナ、もういい。要はこいつらに俺の強さを証明すればいいんだろ」
ザワザワと周囲の視線が再び俺に集まってくる。
「受付のお姉さん!」
「はいっ!勇者様」
「今、このギルドに依頼されている災害級クエストのリストをくれ」
受付のお姉さんはギョッとした顔をし、慌てて返答する。
「災害級クエストは最低でもA級冒険者か、レベル30を超える上級職が加入したパーティにしか許可されていません!勇者様はレベル10ですから…資格が」
たしかにそんなルールがあった気がするが、ソロプレイが多かったから忘れていた。このままだととてもカッコ悪いのだが。
「勇者様!私がパーティに加わります。本来はあなたの従者ですし、問題ありませんよね?」
なんか、前に断ったの気にされてる?言葉に棘があるんだが。
「う、うん、頼むよアルティナ」
「私は上位職の魔導士レベル37です。これなら問題ありませんよね?」
いつもの冷静な美女モードに戻ったアルティナが受付のお姉さんにずいっと詰め寄る。
「はい!問題ございません。こちらがリストになります」
俺は間髪入れずにそのリストを取り上げ、ペラペラと依頼書をめくっていく。
その中から一枚取り出すと、バンっと強めに音を立ててカウンター傍の柱へ貼り付けた。
「これにする!こいつを討伐できたら、お前ら文句ないよな?」
その依頼書を見たアルティナが俺に詰め寄り、悲鳴に近い声で言った。
「あ、あの、オスボリン山の火龍王って書いてありますけど!わかってます?!間違いですよね!?」
「ん?間違ってない。これだよ」
「ドラゴンですよこれ。しかも上位竜!ていうか龍王!国家で対処するレベルなんですけど!」
周りの冒険者たちは完全に引いている。笑い事ではないらしい。そりゃそうだろうけど、もう選んじゃったし、今更引っ込めるわけにもいかない。
「でもまあ、チート魔王ほどではないからさ、なんとかなると思うよ」
「私、行かなきゃだめですか?あ、王に頼んで誰かに手伝ってもらいましょうか?」
こんな美女がしどろもどろしてるのがなんか面白いと思いながらも、俺は威厳のある態度で宣言した。
「アルティナ、余計なことはするな。君がついてくるだけで十分だ」
「あー、みんな、俺はこれから一ヶ月以内に、このクエストを完了してみせるぞ」
状況を飲み込み始めた場内にどよめきが起こっている。
「で、そこのお前!」
俺はしつこく絡んできた冒険者を指差し睨みつける。
「俺が帰ってきたら、この棍棒に、土下座する準備しとけよ…」
「あ、あぁ!本当に火龍王を討伐したら土下座でもなんでもしてやるよ!なんだったら荷物持ちでもなんでもやってやるよ!」
「お姉さん、大爪の代金は帰った時に用意しといてくれ」
「は、はひ」
受付のお姉さんはさっき以上に顔が赤くなってる。これはどっちなんだ、まあいい。
「アルティナ、行くぞ!」
そう言って俺たちは颯爽とギルドを後にした。
決まった…完全に決まった、いい感じだったー。
そんなことを考えながら石畳を踏み締め軽快に歩く俺とは対照的に、よたよたとした足取りでついてくるアルティナ。
「勇者様…あなたの力を疑うわけではありませんが、せめてまともな装備を揃えませんか…さすがに棍棒で火龍王を倒そうとか思ってませんよね?」
「いや、棍棒で倒すよ。ていうか俺、棍棒しか装備できないんだ」
「え?それはどういう…」
「んー、話せば長くなるが、簡単に言うと、棍棒しか使えない勇者にしてもらった」
「え?誰に?」
「ん?神に!」
「はあ?はぁぁぁーーーーーー!?アンタ!!バカぁなの??!!」
急に大声を出すアルティナにちょっとびっくりしたが、バカは言い過ぎだろう。
「すみません!もうちょっと言わせてください!じゃあ大地の聖剣は使えないっってこと?!」
「…はい」
アルティナの本性というか、素の性格が出まくってるというか、こっちのほうが俺は好きかも。
まあでもそうなるよね、君の立場なら、なんか申し訳ない。
「じゃ、じゃあ、大地の聖剣をなんで受け取ったの!あの剣はどうするの?!」
「あー……言いにくいんだけどぉ、あの後すぐに売りました」
「う、え?、うる?聖剣を、至宝を、うったの?え?」
「はい、でもね2000万になったよ、すごいよねさすが聖剣」
今期最大の放心状態になったアルティナは、ぶつぶつ言いながら地面をみている。
かなり珍しい虫でもみつけたのかな。
「だめだ、…こんなの報告したら、私もただでは済まない…監視しろって言われたのに、あ…ああ、火龍王を棍棒勇者といっしょに倒さなきゃ…あ、聖剣をなとかしなきゃ、あ……」
さすがに可哀想になってきたので俺はアルティナの両肩に手をのせ顔を見つめて励ました
「アルティナ、大丈夫だ!さすがにレベル30になってから火龍王に挑むから安心しろ」
俺史上、最高の笑顔だったと思う。
「ぐすん、…棍棒で?」
「うん、棍棒で!」
道の真ん中で泣き崩れて声を上げる美女、それを笑いながら慰める棍棒の男。
二人の影は、教会の鐘の音とともに黄昏に包まれていった。