「おい……貴様、ふざけているのか?」
豪奢な鎧と大剣を構えた男の力強くの低く響く声が、コロシアムに冷たい怒気を満たした。
広がる闇の中で、一切の防具を身に着けていない――いや、ほぼ下着姿の俺が、最終決戦、闇の剣闘王の眼前に悠然と立っている。
「ああ、これか?」
俺は自分の格好を一瞥し、軽く肩をすくめる。
「防具なしの『縛りプレイ』だ。」
その言葉に、剣闘王は一瞬息を詰まらせた。数千年を生き、数えきれない戦士たちを屠ってきたが、こんなことを言われたのは初めてだった。
「……貴様、世界最強の魔人である我を前に『縛りプレイ』だとぉ!?舐めるな!!」
剣闘王の声が轟き、地面が揺れた。怒りは頂点に達している。これまでに積み上げた威厳と恐怖を、このふざけた男に壊されようとしていることが、耐え難かった。
しかし、俺は平然としたまま、冷静な目で剣闘王を見据えていた。
「いやいや、本気さ。防具なんて必要ないだろ?」
俺は笑みを浮かべ、言葉を続ける。
「当たらなければどうということはない、ってね。」
「貴様あぁぁぁぁっ!」
剣闘王は激怒し、その手を振り上げた。
暗黒の力が渦を巻き、無数の魔法陣が空中に浮かび上がる。周囲の空間が軋み、時間すらも揺らぐ。
人間の反射速度を超えるとされる最終奥義。
過去にこの技を避けた者は誰一人いないらしい。
「これで終わりだ!その薄汚い下着姿ごと消し去ってやるわ!」
闇を切り裂くように放たれた攻撃は、稲妻のように速く、圧倒的な力で俺に襲いかかる。観衆が息を飲む中で集中力が最高潮に高まる。
全身にアドレナリンが駆け巡り……心臓の鼓動が遅くなる……。
まるで俺に周囲の世界が、静止したかのように感じる――。
「遅いな。」
その瞬間、俺はすでにその場から消えていた。
まるで分かっていたかのように紙一重で攻撃をかわし、あっという間に剣闘王の懐へ飛び込んでいた。
そして、次の瞬間、急所へ致命的なカウンターを放つ。
「な……ッ!」
剣闘王の顔が驚愕に歪む。胸に受けた一撃は、彼の全ての防御を貫き、その巨大な体を崩壊させた。
信じられないとでも言いたげに、膝をつきながら闇の剣闘王は断末魔の叫びを上げる。
「こんな……ふざけた奴に……」
「ふざけてなんかないさ。」
そして静かに、しかし確信を持って呟いた。
「これが、俺の本気だからな」
闇の剣闘王はついに力尽き、地に伏した。
静寂がコロシアムを包み込む中、俺は軽く背を向け、歩き出した。
その背中を見送る者たちは、誰もが驚愕と恐怖、そして呆然とした表情を浮かべていた。
エンディングロール
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「もう、クリアか…」
俺は大きな溜め息をつきながら、ゲーム用ゴーグルを脱ぎベッドに大の字になった。
「無理ゲーって聞いてたけど、俺にはぬるかったな」
俺にとって購入日にゲームを最速でクリアするなどもはや日常茶飯事だ。普通のゲーマーなら絶句するハードモードや、設定がおかしな無理ゲーも、たいした差を感じることはない。
俺はどこにでもいるごく普通の高校生だった。学校に行き、授業を受け、部活もせず、放課後まっすぐ自宅に帰り、自分の部屋にこもってゲームを攻略…とまあ、一見そこらの普通のゲーム好きでちょっと根暗な男子だったわけだが、ひとつだけ、ちょっとだけ、人と違う才能があったのだ。
それがゲームだ。
と言っても単に好きとか上手いって話ではなく、俺は小さい頃から大抵のゲームをほぼ初見で、時にはゲームオーバー無しでクリアしてしまうという特異な才能があった。最初はみんなそんなものだろうと思っていたのだが、オンラインをやるようになってから、ゲームの仲間から「異常だ」「チートだ」「特異体質だ」と騒がれ、自分の異常性を自覚するようになった。
俺は勉強もスポーツも人並みかそれ以下なのだが、ことゲームとなると並外れた集中力、理解力、応用力を、異常なレベルで発揮することができる。それともうひとつ、俺だけの持つある《特異体質》がそれを可能にしてきた。
それがどんな能力なのかは、まあ…後々話すとして…
俺の趣味はゲーマーの成れの果て『縛りプレイ』。それはゲームをもっとハードに楽しむべく、自らに不利な条件を課したプレイスタイルで、例えばノーダメージクリア、アイテム使用禁止、低レベルクリア、片手で操作、目隠しでクリアとか、その挑戦は日に日にエスカレートしていき、常人では到底クリア不可能な超縛りプレイに挑戦することで、自分に新たな刺激を与えるのだ。
俺は困難な程に興奮する、いわゆる刺激ドランカーってやつだろう。
◇ ◇ ◇
そんな日々を過ごしていたある日、久しぶりに刺激的なゲームライフが始まった。それがフルダイブ(超リアル仮想現実)型の最新RPG「クエルクス・ワールド」だ。
このゲームは徹底的にリアリティを追求しただけあって、様々な設定が精巧に作り込まれており、攻略スタイルも無限に存在する。敵のAIも優秀で、様々な技やパターンを組み合わせてくるので、今までのどんなファンタジーRPGより難易度が高いと言える。
俺はそんな超難ゲーと評価が高い、クエルクス・ワールドを初期装備のみでクリアするという前代未聞の『縛りプレイ』で挑んでいる真っ最中。ゲーム仲間の誰もが「絶対に不可能」と嗜めてきたし、時には「馬鹿だ」「どMだ」と嘲笑されもしたが…ついに今日、クリア目前まできた!
「さすがのラスボス魔王もそろそろ限界のようだな」
攻撃ターン制で殴り合う旧型ゲームと違い、リアル追求型のクエルクス・ワールドは、現実の喧嘩や格闘のように、相手の攻撃を正確に見切ることで、回避も反撃も可能だ。反射速度で攻略とかシューティングゲームのようだが、勝てばいいのだよ勝てば。
「次で魔王の体力を削り切れるはず!」
地面を走る魔王の斬撃を直前で回避した俺は、カウンタースキルを乗せた渾身の攻撃を繰り出す。見事にヒットしたその瞬間、電源が落ちたように画面が消え、視界も真っ暗になった。
「なんだよ、まさか停電か?!」
驚きと焦りと怒りが混じる中、目の前に奇妙なメッセージが浮かび上がった。
——勇者よ、あなたを異世界に召喚する。