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第16話 覚醒第一歩



(皆沈んでおるな)


 王は目の前の兵士達を見て、そう心の中で嘆く。


 場所は外の広場。


 そこに大勢の兵士達が整列していた。皆防具や武器を装備しており、今から戦争にでも行くような格好をしている。

 その表現はあっている。彼らは今から命を落とすかも知れない場所へ赴くのだから。違うのは相手が軍ではなく、個にして千を軽く超える化け物カイトだ。


 そしてこの場にいる大半が、そのカイトによって引き起こされた惨状に居合わせた者達だった。


 カイトが去り際に放ったあの言葉は、兵士達に強く刺さっている。王が話している今でも、無礼だと分かりながら、暗い顔で下を向いている人さえいる。


 だからといって何もしないわけにはいかない。

 今この時でも、あの化け物は暴れているのかもしれないのだから。


 王は世界を破滅に導く者が近くにいながら気づけず、そしてロイ大臣という尊い犠牲に悔やみながらも、魔王討伐隊の話を続ける。

 至急で勇者カイトが人類の敵であり、彼が魔王復活を目論んでいる事はは各領地、各国へと伝達済みだ。


 犠牲が出る前に奴を捕らえ倒す、そう話して討伐隊を出そうとしたが──



「お待ちください! ヴァルハラ国王!!!」



 兵士達から見て後ろにある、広場への入り口の扉が勢いよく開かれた。王様も含め、広場にいる全員が何事かと入り口へ視線を向ければ……


「お主は……」


 そこから出てきたのは、隣の人に肩を貸しているメイドと、痛々しい姿のクレアだった。


 身体中に血で染まった包帯を巻いていて、側から見ていても立っていられないと思うほどに傷だらけ。

 通った道を体から垂れる血で赤く汚しながら彼女は王へ迫る。


「そこの従者よ。クレアの保護を頼んでいたはずだ。その彼女をここへなぜ来させた」

「それは──」

「私がここに連れてきて欲しいと彼女に命令しました。もし罰を与えるのなら、命令に従った彼女ではなく私を」


 王の言葉をクレアが強引に遮った。その事に王を含め、彼女の周りにいる人達は目を見開いた。

 唯一驚いていないのは肩を貸しているメイドさんだけか。


 王に対して無礼な事をした。


 絶対的権力者である王と同等の立場でもなく、なんなら強いだけの兵士でしかないクレアが王の意見を否定するのは論外。

 それこそこれが許されるのはロイ大臣だけだろう。


 しかし暗黙の了解、常識をぶち破った本人は、そんな些細な事なぞ気にせずすぐに本題へ入る。


「ヴァルハラ国王よ。なぜカイトの討伐隊に私を入れないのですか」


 静かでありながら、奥底に強い情熱を感じさせる声に対して、国王は怯まずに返答する。


「当然であろう。人類の敵に陥ったとはいえカイトはお主の親友。それを手にかけさせる───」



「ふざけないでっっ!!!!!」



 今度こそ王様は目を見開いた。

 言葉を遮るどころか怒鳴られたのだ。これこそ本当に処刑ものだが、誰も彼女を止めはしない。止められない。

 昨日のカイトの会話と、そして彼女が生み出した空気が、周りの耳を傾けさせていたからだ。


「ハァッ……ハァッ……」


 これまでにないほど怒鳴っただけで、息が切れ切れになったクレアは、時間をかけて息を整えて話に入る。


「魔物たちが村に攻めた時、私はカイトと共に立ち向かいました……そして両親は死んだ」


 それはここにいる兵士達全てが知っている。

 昨日の夜にカイトが話していたのを見たからだ。信頼していた人から見るに耐えない傷を負わされ、無慈悲な事実を突きつけられる所を。


「父は村を守る為に一人で戦いましたが、母は違います。魔物に致命的な隙を見せてしまった私を庇って死んだんです」


 朝だというのに鳥のさえずりも風の音さえも聞こえない。だから不思議と彼女の話は、広場にいる全員に聞こえる。

 もはやこの場の支配者は王ではない。クレアだ。


「私が弱かったから母は死んだ。もっと強ければ父に加勢して救えたかもしれない。その時は本当に自分を恨みました……自分で殺してしまいそうなくらい」


「でも父にも、死ぬ直前の母からも約束してるんです。弱き者を助けられる強くて立派な人間になれって。大事な人を亡くして辛かったカイトも言ったんです。こんな悲劇を二度と起こさせやしないって」


「私はあの悲劇を繰り返したくない! カイトに何があったのか分からないまま。何もしないでただ見ているだけなんて嫌だ!」


 王を見つめるクレアの瞳には、その憎しみや復讐の炎を抑えつけるほどの眩い輝きがあった。


「私は今度こそ──







──この手で救いたいんです!!!!!」









 泣いているとも怒っているとも取れるその叫びは王様に届いたのだろうか?



「……そうか、お主の思い。確かに聞き取ったぞ」

「! それでは──」



──だが、これだけは質問しなければならぬ。



「お主は救いたいと言ったな? ならば、お主は大勢の人を救う為にその手で親友を殺すことができるのか?」

「────」



 それは当然の事だった。


 既にカイトという人格が壊れている。色々あるが彼を助けられない可能性だってある。

 もしそうなってしまったら、彼女は親愛なる彼を自ら殺さなければならない。



 世界を救う為に。



「……」



 その質問にクレアは少し止まった。

 顔を少し下げて彼女は目を瞑り数秒。その時間はとても短いようで永遠に感じられるようだった。そして目を開いた彼女は隣のメイドに少し話し、メイドは頷いた後に支えるのをやめる。


「……もしそうなってしまったら。私は父と母、そして我が親友の勇者カイトの願いの元、ヴァルハラ国王に誓います」




──カイトをこの手で殺すことを。




 クレアは王様の前で跪き首を垂れた。


 それは騎士における誓いの儀式。今彼女が言った言葉必ずやり遂げる、覚悟の証だった。


「……」


 その誓いの姿は、お世辞にも綺麗とはいえない。

 体はボロボロで包帯だらけ、跪く時だって負担が大きすぎて体が震えている。今にでも倒れてしまいそうな軟弱な姿。

 ぽたん、ぽたんと落ちている音は彼女の血なのか、涙なのか。


 だがその姿は気高く美しいと王は感じた。

 体が倒れそうになりながらも誓いの姿を見せた信念。たとえどんな犠牲があろうとも、悲劇を繰り返させない為に目的を遂行する覚悟。


 そのどれもが、彼女の心をより一層に表しているようだった。クレアの心の輝きに、ここにいる全員が彼女から目を離す事ができなかった。



 だがその時間も永遠ではない。



殿、私はあなたに謝罪しなければならない」


 一人の男がクレアに声をかけた。かけられた彼女はその男の顔を見る。そして目を見開いた。


「あなたは……」


 何せ声をかけてきたのは、クレアに悪口を言っていた─厄災退治前日にロイ大臣に注意されていた─兵士だったからだ。

 彼は腰を落として、クレアと同じ目線で見ている。


「私はあなたを出身だけで蔑んでいました。ただの田舎者が、今まで必死に訓練していた私たちにかなうはずがないと……」


 彼の目はいつものような馬鹿にする目ではない。真剣な眼差しでクレアを見ていた。


「勇者様達が魔物を倒し、村を救い始めてもその浅はかな考えは変わりませんでした」


 クレアがふと下を見ると彼の握っていた拳が震えている。さっき彼女がしていたように、自分を許せないようだった。


「しかし昨日の件で私はやっとわかったのです。どれだけ自分がバカで、何もできないという事を……」


 そして彼は彼女へ向ける姿勢を変える。




──クレアと同じ誓いの姿へと。




「今更許してくれなどとは言いません。ですが私も、兵士としての役目を果たさせてください。国と民を共に守る者として……」


 その言葉に今度はクレアが驚く番だった。今まで蔑んでいた彼の一変した姿に彼女は立つ。だか彼女の驚きはそれだけで終わらない。


「俺も……同じです」

「私もいい加減、過ちを認めなければ」


 整列していた兵士たちも次々と跪いていく。その誓いの姿をクレアに向けて。

 全ての兵士たちが一人に向けて誓いの姿を見せるその様はまるで……


 勇者が誕生したようだった。


「兵隊長よ! 例のものをここに持ってくるが良い!!」


 一種の重圧を受けるクレアをよそに、今まで静かだった王様が大声で命令する。

 それを受けた兵隊長は「ハッ!」と返事をして広場を出てすぐに戻ってきた。彼の手には新しい剣が。


(あれは……?)


 クレアは見るだけでわかる。あれは並の剣では比較にならないほど凄い代物だと。それを持ってきた兵隊長は、クレアの目の前まで来ていた王様に、跪いて捧げた。


「済まなかった……私はお主の覚悟を見誤っていたようだ」


 そしてその剣を、王様はクレアへ渡す。

 勇者の剣は有り余るエネルギーをその場で発していた、単純な強さを強調していた剣だった。

 だがこの剣は違う。見た目こそ普通の剣と変わらないが、在り方が根本的に違う。


 強烈的な力は感じないが、無駄を全て省いたような、ある意味芸術の領域まで至っているのを目の前の剣から感じ取れた。


「これははるか昔。勇者の力を借りずに果てしない努力だけで、魔王と互角に戦った者が愛用した剣だ」



 その名も無心の剣。



 暴力的な力だけが戦いを支配するわけではない。

 技や工夫で戦いを支配することだってできる。それをこの剣は体現していた。


 無心の剣の説明を終えた王様は高らかに叫ぶ。

 ここに新たな人類の救世主が生まれた事を祝って。


「我がヴァルハラ国王は! お主の心と覚悟に敬意を表し『戦勇者』の称号を与える!!!」



 戦勇者。



 それは勇者の次に高い称号だ。

 勇者は光の力で人類を救うものを指す言葉に対して、戦勇者は戦いの覇者を指す言葉である。つまり戦いの力が地位に大きく影響するこの世界では、ある意味頂点の称号とも言える。

 そしてこれを授けるということは、今この城で最も強い者として認められたことでもあった。


「……この剣、受け取ってくれるな?」

「はい」


 クレアの返答に笑顔で頷いたヴァルハラ国王は、また厳しい顔へ戻り、話を続ける。


「改めて言うが、最強の勇者が堕落した今! 世界にはかつてない危機が迫っておる!!」


 沈んでいた兵士達もクレアの気高い姿に感化され変わっていく。見上げる表情は太陽を目にしたような……輝きを目にしたような希望に満ちたものだった。


「戦勇者の悲劇を二度と起こさぬよう、今こそ! 出身や地位関係なく力を合わせ!」


 そして王は拳を挙げて叫ぶ。




──世界を守ろうぞ!!!




「「「「うぉぉぉぉぉおおおおおーーーーー!!!!!」」」」


 クレアも、彼女に話しかけてきた兵士も、整列していた者も、全員が武器を掲げて全力で叫んだ。そこに今までの差別なんてものはない。


 この日、ヴァルハラ王城の人達が心一つになった。


















 ヴァルハラ王国から全世界へ向けて衝撃的な伝達があった。


──勇者カイトこそが人類の敵だ。


 これを受けて世界各地はカイト……『ディザスト』から身を守る為に様々な対策を練ることになる。

 だが衝撃的なのはもう一つの伝達もだ。


──新たにクレアへ無心の剣を授け、彼女に『戦勇者』の称号を与える。


 これを受けて、ただの勇者の付き添い人だった彼女は世界的に認知されるようになる。


 失われた勇者の代わりである、人類の救世主だと。




 ……本来の世界では厄災として認知させられていた彼女が、この世界では多少ちがうが勇者という言葉が入る称号を手に入れた。


 カイトが起こした行動は、確実にクレアをいい方向へと導いている。


 では、カイトは今何をやっているのだろうか?


「うわぁ〜サバイバル舐めてたぁ……」


 山の川のそばで、一切魚が釣れない釣竿を見て情け無い声を出していたのだった……。




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