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第13話 厄災を呼ぶ者

そうしてクレアは倒され、ロイと共にこの王座の間をその血で汚していく。

体から出た血が水溜りのように広がるクレアを見ながら、俺はただそれを眺めるだけ。


勇者の剣は本来の勇者を殺す事はない。たとえ、剣で致命傷を負えたとしてもそれで死ぬ事はない。その事を、僅かに動いている彼女が証明していた。


「……来たな」


空いた扉の奥から足音が聞こえている。

それも一人ではない大勢の足音が。


「何事だ!?」


扉まで来てやっと、暗闇で見えなかった足音の正体がわかった。

大勢の兵士とこの国の王様。

悲鳴の主がロイだからだろう、彼の事を大事に扱っていた王様もこの場所へ来てくれた。

そして彼らもクレアと同じように目の前の惨状に驚く。


(これで役者は全員揃ったな)


心の中で覚悟を決めて、じゃあどんな表情をすればいいだろうと思った。今までは勇者として活動したから、そんな悪役っぽい顔なんてした事がない。


(悪役っぽい……か)


脳裏をよぎるロイ。彼は俺に殺される前に冷たい笑みを浮かべていた……まるで自分達を蔑んでいるような。


(あぁ蔑んでいる、蔑んでいる相手ならいるじゃないか。クレアを馬鹿にしている奴らが目の前に)


カチッとパズルがハマったような音が聞こえた気がする。そうすれば不思議とほら、それらしい笑顔ができた。神様がそうしろって言っているみたいだ。


「ようやく来たか……遅かったじゃないか、もうロイは死んだぜ」

「貴様……何故このような事をした!?」

「それはこの目を見れば分かるだろ? まあそんな事はどうでもいい、生贄がそっちから来たんだ。お前らもこの屍と同じ末路にしてやるよ」


そう言って一歩、また一歩と王様に近づけば近づくほど圧を強くしていく。その圧を受けた王様はまるで金縛りにあったように動けない。こちらと自分の実力差が違いすぎて、逃げ出すことさえできていなかった。

ゆっくりと近づく俺は、王様から見れば魂を狩りに来た死神のように見えているだろう。

このままでは王様が死んでしまうのは(元々殺す気はないが)誰もが分かりきっていた事実だ。



後ろに立つ彼女がいなければだが。



「ッ──!!」

「ふんっ……」


背後から音速で迫り来る剣を、俺は容易く勇者の剣で受け止めた。

豪雨の音で支配しているこの空間に、鉄と鉄がぶつかり合う音が響き、同時に衝撃波でこの王座の間にヒビが入る。


剣を振りかざしてきたクレアの目はさっきとはまるで違う。一段と険しさが増し、まるで人を殺すような剣気を放っていた。

だけど長い付き合いの俺は分かる。

まだ救おうとしている目だって。


弾かれた彼女はそのまま倒れず、なんとか持ち堪える。しかし体の傷はそのままで息も絶え絶えだ。勝てるわけがない。目に見えていた。

だがクレアは立ち向かう。きっと家族を二度と失いたくないとか思っているんだろうな……その願いに応える事はできない。


「死んでないならそのまま黙ってれば良かったじゃん」

「そんな事、するわ、け……ないでしょ。私は、父さんと母さんに言われてん、のよ………。親友は必ず助けろって……!!」


斬られた腹の中からボタボタと血が垂れ流しだ。

クレアが動けば動くほど血の量が増えるし、その分鼻の奥を刺激する。

それでも彼女は俺の前に立った。


「あん、たがなんで……ロイさんを殺したのかわかんない。でも、きっと理由があって、こんな事、したんでしょ? なら私があんたを助けんのは当たり前なのよ!!!」

(……やっぱりそう来るよな。クレアらしいや)


可能性がある限りどこまでも突き進んでくるように、ボロボロの体でも彼女は全力で走ってきた。

村で起きた悲劇を二度と起こさないように、死んだ両親の大切な約束を守る為に。



だからここで徹底的に潰す。



「……ハァ、俺を助けるだって? 



───両親を死なせたお前がか?」



「ッ……!?」


クレアが動きが鈍った。

その隙を容赦なく俺は突く。具体的には、斬られた腹をもう一度叩いた。

軽く転がせば簡単に血の道ができる。痛そうだ。

でもまだ足りない。ゆっくりと立ち上がるクレアに対して、今度は言葉のナイフで刺す。


「昔から一騎討ちでいつも負けてたお前がか?」

「私は、今度こそあんたに……!」


剣を振るう。

クレアはそれを剣で受け止めれず、腕を斬られる。

だがまだ目は死んでいない。


「今も無様な姿を見せてるお前が?」

「そ、んな、んじゃ……!」


剣を振るう。

今度は足を斬られて立つことさえ出来なくなる。

だが目は死んでいない。


「もう一回言ってやる。あの日、父親が無惨な死体で見つかったのも」

「……違う」


剣を振るう。

今度もクレアは受け止めようとしたが、力が入らず剣が吹き飛んでいった。

目も僅かに弱ってきた……意思が弱まっている証拠だ。


「魔物に隙を見せたお前を庇って母親が死んだのも」

「違うっ!!」


剣を振るう。

自分の手に剣がないクレアはそのまま吹き飛ぶ。もはや立ち上がる力もないらしい。彼女の目は明らかに弱まっていた。


「全部──」

「や、めて……カイ、ト」


彼女の首を絞め、そのまま腕を上げて彼女を宙に浮かせた。できるだけ苦しませるように。

クレアの目から溢れた涙が俺の頬に当たり落ちていく。


「………………」


あぁいい加減言わなければ。

最後に一言、俺はクレアにとどめを刺した。




───お前が弱いからだ。




精一杯抵抗していたクレアの手がぶら下がる。

死んだわけではなく抵抗する気力がなくなったらしい。

そのままゴミを捨てるように壁へ放り投げれば、無気力な彼女が力無く倒れるだけ。



決別は済んだ。



王城の差別意識は根が深い。どれだけ魔物を倒しても妬まれ嫌がらせされる日々だった。

だから彼女を徹底的にやった。

彼女が元親友だった俺に、体も精神もボロボロにされたあまりにも哀れで可哀想な被害者にする為に。


「カイト……! そのクレアはお前の親友なのだぞ!! それをこんな──」

「あんな奴どうでもいい」


怒りを露わにする王様の言葉をバッサリ切る。今の自分は冷徹で最悪な悪役だ。擁護のしようがない最悪の加害者として振るわなければならない。


俺の言葉は効いたようだ。

言葉を遮られた王様は、信じられないような目で俺を見た。明確に敵を見る目へと。


「…………貴様、何者だ」

「おいおいこの片目が見えないのか王様?」

「黄金の目は確かに魔王しか持たぬと言われておる。だが同時に魔王とは悪意を持った災害を具現化した存在だと言い伝えてられておるわ。黄金も両眼ではない」

「あぁなるほど、やってる事はみみっちいって言いたいのか……確かに王様の言う通りだ。俺は魔王じゃない」


じゃあなんて名乗ればいいのだろうか。

彼らにはしっかり俺を追ってもらいたい。俺の悪行をしっかり証明しなければクレアは救われないからだ。

ふざけた名前をつけられたまま記録されるのではなく『勇者』クレアとして……そうか。その名前があったか。


「俺は『厄災を呼ぶ者』……そうだな『ディザスト』と呼んでくれ。俺の目的は単純、魔王を蘇らせる事さ。その為にまずは最大の障害であるロイを殺した」


状況は振り出しに戻った。

俺は最悪の悪役として、人類で一番栄えているヴァルハラ王国の王様を殺そうと前進する。

もしここで王様が死んでしまっては、人類にとって大打撃を受ける事になるだろう。それはこの俺に太刀打ちができなくなる事でもある。

そうなれば後は祭だ。今世に蘇った最悪の魔王が世界各地を暴れ回り、人類史上最も死人が出る最悪の時代の幕開けとなる。


だから王様を守らなければならないが……



「どうした、王様が死ぬかもしれないんだぜ? お前ら必死で守ろうとしろよ」



周りの兵士達は動いていない。

いや違う、動けない。


俺が放つ圧があまりにも強すぎて体は震え、心が先に折れてしまっている。その姿には呆れるしかない。


「……散々影であいつを馬鹿にしていた割に。いざとなれば女よりも先にびびって、何もできないか」


みんな槍や剣を構えているがそれだけ、怯えているだけの兵士はそこにいないも同然の情けない存在になっていた。

死にかけの体でも立ち向かってきたクレアとは違い、戦う前から守る事を放棄した彼らがそこにいた。


「国や民を守る兵士が呆れるな……話にならなすぎて興が削がれた」


元々王様を殺す気はない。どうしようもない兵士達を見限り、入り口とは反対、外側に向かって歩く。

そして呼び寄せた杖の魔法で窓を破壊し──


「びびってんなら国の兵士なんかやめろ。国や民を守れないマヌケどもが」


最後に私怨だけ言って、そのまま飛び去った。



「……」

「……」

「…………クソッ」


王座の間には最悪の事態に顔を顰める王様と、何も出来なかった自分を悔しむ兵士達が残っていただけだ。







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