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第12話 大切なモノを手放す覚悟はできたか?

「それで二人だけの話ってなんだ。例の厄災討伐についてか? それとも告白する気になったか?」

「…………」


半分からかいながらそう言うロイ大臣。だがこの言葉と今の状況は全く噛み合っていない。

場所は王座の間。太陽は既に落ち外は雷雨で支配されている。穏やかな空が暗黒に染まったのは、まるで今から起こる結末を示しているようだった。


「いいやそれはないよ」

「前回や今回の怪我での件見たら、どう見ても仲良しに見えるぞお前ら」


カイトは縦長の窓の前に立っていた。

青色の目が見据える先は荒れ狂う風景のみ。ロイ大臣に背を向けて話し続ける。


「その怪我する前の話だけど、昔話しててさ。それで大事な事を思い出したんだ。クレアにとっても大事な事を」

「……そうか、何を思い出したんだ?」


ロイ大臣は何かを察したのか、自然に声のトーンが低くなる。カイトはそれに気づかないふりをしながら、話の核に迫っていく。


「クレアの父親がつけてた指輪。よく見たらお父さんが付けてる黒い指輪と形そっ──」


隠していた事実に気づいたか。そう思ったロイ大臣の行動は早い。悪夢と同じように音もなく右手を出して、もう一度カイトを洗脳で拘束しようと仕掛けた。

そうすれば一瞬でカイトは止まり、操り人形にされてしまうだろう。


ロイはそう確信して洗脳魔法をまた発動させようとしたが──


「何……?」


何事もないように振り向いたカイトを見て、ロイは困惑した。


振り向くように指示は出していない。

それなのに何故勝手に──


ロイにとって予想外な展開に彼は動きを止めてしまう。2日前に調を終わらせていた事も大きかっただろう。起こり得ない変化を見てしまい、思考で脳内が埋まってしまった。

そして生まれたほんの僅かな時間。それはカイトにとってあまりにも致命的な隙だった。


「ガッ!?」


突然ロイの体が痺れて動けなくなった。出していた右手も何かに拘束されるように引っ込んで、直立不動になり、そのまま肘が地面につく。


対して眼帯を付けたままのカイトはロイを青の片目で射抜いている。その瞳にあるのは失望か、それとも怒りか。


ロイの目線がカイトの瞳から右手に映る。

そこには人類の希望たる光の剣が。

今まで付き合ってきた時には感じられなかった、別の側面をロイは初めて感じた。どこか不気味だ。己が危険な状態であるにもかかわらずロイはそう思った。


「なんで洗脳できないか、それはこれを見れば分かるだろ」


ロイが思っていた疑問にカイトは左手に持つ小さなチップを持って答える。そのチップは小さい直方体で、よく見ればとても細い回路らしきものが見える代物だ。

この中世でファンタジーな世界にはとても似つかない機械的な装置がそこにあった。


「太古から伝えられている、邪教が持っていた技術を駆使してお前は俺を作った。うまく操れるようこのチップを埋め込んで」


何故知っている。

心の底からそう思うロイをよそにカイトの話は続く。


「それでこのチップ……装置には俺を調整する機能がある。洗脳魔術耐性の低下、定期的に痛みを感じさせる物。そしてロックとして攻撃系統とその他一部の光の魔術封印」


今動きが取れていないのも封印された魔術のせいだ。だが光の魔術は基本、無害な人間や動物、物に危害を加える事はない。ならなぜロイには効いているのか──


「お前が封印した光魔術の中には拘束するものもある。闇の魔力を持つ者だけを」


そう、闇の魔力を持っているか、闇の魔術を使える者にしか効かない拘束魔術。カイトは既に何個か収めているが、ロイが拘束されているのが何よりの証拠だった。


「……アッハッハッハッハ!!!」


そこまで言われたロイは狂ったように笑う。

そして笑い終えた彼の表情に驚きはなく冷たい笑みを浮かべるのみ。

正体を隠そうとする気もない。なんというかテキトーになった感じだ。だがその反対に、カイトは今でも怒りが爆発しそうなほど顔を歪ませている。

それを抑えきれなかったのか、ロイの胸ぐらを掴み額に頭突きを食らわせて、その後も睨みつける。


「村に魔物が押し寄せてきたのも、クレアの父を殺したのもお前だって分かっている。クレアが勇者だと分かった瞬間、監視するために俺をあの村へ送っただろ!」

「ああ、そうだな」


ロイの顔にいつもの優しそうな表情はない。悪夢で見たような氷のような表情、それでいて声はこちらを蔑むように変化していた。


「それで俺を通してお前は知った。クレアの父がつけていた指輪は、勇者の剣に潜む力を引き出すための鍵なんだって」


カイトが思い出した記憶の中に、ロイを倒して指輪を手に入れたクレアが、剣にそれをはめ込み勇者の力をさらに覚醒させるシーンがあった。


「その指輪を奪わなければ魔王の天敵がさらに強くなってしまう。だからあの日、魔物を村へ襲わせて指輪を奪った」


そう。魔物の大群が押し寄せ、そして残ったカイトたちを引き取ったのも運命の定めなんかじゃない。 


ロイのマッチポンプだ。


運命の日にクレアの母は、魔物に襲われたクレアを庇って死んで。魔物と戦っていたクレアの父は策略によって孤立させられ、ロイにとどめを刺された後に指輪も奪われた。


そしてこの王城の人達が僕たちに当たりが強いのも、この男の洗脳魔術のせい。

クレアに起きた悲劇は全てロイのせいとなる。


「その指輪はお前の物じゃない……クレアの物だ」


ロイの左手から強引に指輪を抜き取る。その時に折れた音が聞こえたが、その事にロイは一切反応せず逆に質問してきた。


「お前こそどうするつもりだ。今ここで俺を殺してもお前を……いや、クレアに味方する奴なんて誰もいないぞ」


その程度の愚問なんか、カイトはわかっている。

ロイが王城の人達にかけた洗脳魔術は心の影に付け込む物だ。ロイが死んで魔術が解けても、心の奥に潜む差別意識まではなくならない。


「お前が何を言っても無駄だ。クレアはお前の味方につくだろう。だがどうせ、お前は大罪人として処刑される」


カイトはそれも知っている。

何十年も多くの人達を救ったロイと、数年の間に魔物退治だけしていた田舎出身のカイトとでは、どっちを信頼するか目に見えている。


「確かにこのままなら俺達はバッドエンドだな。だけど、片方だけなら──」


そう言って眼帯を外すカイトを見たロイは、一瞬固まるがすぐに笑い始める。

見えるのは黄金の片目。それだけでカイトが今から何をするのか、ロイは理解できた。


「そうか、お前が汚れ役を全て引き入れ──!」


最後まで言い切る事は叶わず。

ロイの首に一閃通って血しぶきを上げる。


頭は入り口へ飛んでいき、残った首からは大量の血が溢れ出てこの王座の間を汚す。

そしてカイトの脳内のみで察知できる魔術の崩壊。

王の間を囲っていた防音結界が消えたようだ。それどころか別の魔術も併用している。恐らく防音結果をうまく使って周りに助けを求めただろう。


(……まずはこの指輪をつけないとな)


目の前の男が確実に死んだのを確認して、剣の鍔に指輪をはめた。その瞬間、剣は僅かに光るが……。


(やっぱりダメか)


その輝きはゲームで見たものより遥かに弱かった。

ゲームの時は画面をいっぱい覆うほどに輝いてたのをカイトはよく覚えている。

偽物だから、本来の力を引き出せない。

だが魔王を倒すだけならこれだけでも充分だ。


「……ハァ」


窓から見える雷雨で全て覆っている風景は、カイトの心情を表しているようだった。

元凶だったとはいえ、今まで育ててくれた父を殺した事が心に大きな重みとして乗っかっている。ただ辛いと思いながらもアッサリと首を切れたのは、前世の人格と融合した歪さの表れか。

沈んでいく心を紛らわせるようにカイトは顔を横に振った


(まだ後悔する場合じゃないだろう。俺にはやらなくちゃいけない事がある)


そうだ。カイトにはもう一人、ここで決別しなければならない親友がいる。

きっと今の騒ぎで気付いたはずだ。


その予想は正しく、入り口から足音が一つ、だんだん近づいてきた。そしてその音が扉いっぱいまで近づいたと同時に大きな扉が一瞬で開いた。




「一体何があったの!?」




入ってきたのはカイトの親友であり想い人でもある、クレアだった。



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