「お待たせしました皆様! 勇者カイト。遅れながらも参上いたしました」
大きな扉を開けた俺カイトは、大きな声を会場に響かせた。そこらかしこの雑談で多少うるさいこの場所でもそれはよく聞こえたらしい。その証拠に、大勢の人の視線が俺に集まってきた。
「おお、あの勇者カイトか。思った以上に若いな、しかし眼帯とは」
「初めて見ましたわ勇者様なんて」
「へぇ〜……意外とイケメンじゃん」
会場が一瞬静かになった直後、拍手の音で埋め尽くされる。恐らくヴァルハラ王国以外の人達から聞こえる声は好意的な物が多い。……1部変な声も聞こえた気がするがそこはスルー、できるだけいいお付き合いをする為にツッコミはしない。
「ヴァルハラ王城だっていつもこんな感じであればいいのに……」
そう小さい声で言ったのは俺の左後ろで佇んでいるクレアだ。
彼女は白いドレスを着ていた。メイクは軽めにしているが、あいかわらずの美人である。雪のように白い肌にダイヤモンドのような白の服と白のロングヘアが合わさっていつも以上に神々しい。よく考えれば勇者だったな。当たり前か。
「そんな事は言わない……いた。あそこだ」
広場をぐるっと見渡すと右の方に貴族と話しているロイ大臣を見つけた。そのままグイグイと彼の方へ歩いていき、いろんな貴族達が話しかけてくるのを上手く避ける。
こういう時に光の力は便利だ。身体能力向上だけでなく、視力とか色々強化できる。言わば万能の強化アイテム。
「ロイ大臣、申し訳ありません遅れてしまいました」
そう言うと目が点になるロイ大臣。まさかあの怪我から復帰するとは思っていなかったのだろう。
「いや、謝るのはこちらが……違うな。大丈夫だ。むしろ遅れてきたから、会場は再び活発になった。主役は遅れてやってくるだな」
自分の意思を察したのだろう。謝罪しようとするのを辞めて、こちらのフォローに入ってくれた。
「はい。……ワインが無くなっていますね、新しいものを」
よく見たらロイ大臣が持っているワインが無い。
交換しようと近くに置いてある新しいものを持ち、渡そうとして──
「ッ……」
わざと手を滑らせた。
いつもの持病で一瞬怯んだふりをした俺は、そのままグラスを持つ力を弱めて落とす。普通なら落ちたガラスはそのまま床に激突し、ガラスの破片とその中身で周りを汚すだろう。
だが光の力を侮る事なかれ。強化された身体能力なら落とす前に持つ事ぐらい造作もない。
「ギリギリだったな」
「ええ、危ないところでした」
「やはり厄災の傷がまだ残っているのたまろう。まだ休んでおいた方が」
「大丈夫です。ちょっと気が緩んでしまったんですよ。次からはこうなりません」
──あの指輪はクレアの父親の物と同じだ。
グラスを持つ為に視線を下に向けるその途中で、ロイにばれないよう指輪を確認した。
刹那の間に勇者の視力で正確に見て、前世で見たあの指輪と形が同じ事を見抜いた。
(つまり、目の前の男は……やっぱやらなきゃダメか)
最後の確認は済み、その結果はここはゲームの世界だと確定した。なら後は実行するのみ。
「ところでしたロイ大臣、少し話したい事が」
「なんだ?」
クレアがヴァルハラ王国外の貴族達と話をしているのを見て、ロイ大臣に耳打ちする。
「クレアとの事についてです。出来れば二人で話したいのですが───」
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宴会は終わり俺は自室に戻っていた。ロイ大臣に王の間で話す約束もしたし、しっかり貴族達にアピールできた。
後は──
「ロイ大臣を殺すだけだ」
勇者の剣を腰に携えて水面台の鏡と向き合う。
当然だが体に異常は見られない。これならロイ大臣と戦えるだろう。まあ不意打ちからの一撃で仕留めるつもりだが。
最後はこの片目についてる奴だけだ、
(いい加減、この眼帯も外さないとな)
流石にこの眼帯もいらない。すでに目が完治しているのも把握している。それで眼帯を外したが──
「……!」
自分の左目はいつもの青の色ではなく、金色の目になっていた。そう、あの魔王だけが持つと言う黄金の目を。
(なんで……)
蛇を思わせる目が俺を見る。
驚いていた。だがそれは俺だけじゃなくもう一人、クレアもそうだっただろう。
「カイト……?」
この世界で目の色というのは前世より遥かに重い意味を持つ。それこそ、目の色が原因でイジメや最悪事件が起こるほどには。
なら魔王の目を持つなんて知られてしまったら恐れられるに間違いない。だから彼女が少し震える声で話しかけてくるのも仕方ない。
「……なあ、クレアはなんでここに来たんだ?」
クレアには振り返らずに、鏡と対面しながら問いかける。宴会はもう終わっている。だからクレアも自分の部屋へ戻っていたんだと思っていたが。
「それは、ロイ大臣様とあんたが王座の間で話すって聞いたからよ。なんか私だけ仲間外れにされてたからそれで来て……」
なんて言えばいいのか探しているような喋り方だった。いつもの彼女らしくないオドオドとした様子だったが……
「そうか、それは──」
「そんな事よりアンタの目、どうしたの?」
クレアが近づいてくる。
普通なら目を気味悪がって近づかないもんだが、彼女は俺のことを信じてくれているらしい。
鏡から見える彼女の目には、関係を断とうとか、距離を置こうなんて意思はなくて、こうなった理由を何がなんでもハッキリさせようという力強さがあった。
なんで自分の目が魔王の目になったのだろうか。
(父親殺しをしようとした罰?)
まさか多分あり得ない。といっても特に理由は思いつかないけど。
でも都合が良い。
そんな事を考えてる自分を他所に、クレアは話し続けた。鏡を通してだが、クレアの目はしっかりと俺の目を射抜いていた。
「黄金の目を持つ人は必ず嫌われる。実際には魔王以外で持つ人はいなかったけど、いろんな話で黄金の目は妬み嫌われてるから分かるわ。それはこの場所でも同じ」
これから俺がやる事について、クレアはどうしても置いていかなければならない。できれば一緒にいて欲しいがロイ大臣の策略によってそれは出来ない。
しかし魔王の目を持ったとしても、たとえ自分が親殺しをしたとしても、彼女は俺のことを信頼し続ける。途中で争う事があっても彼女は俺を諦めたりはしない。
「分かってるそれくらい。……でもクレアは俺を恐れないんだな」
「当然。アンタは魔王なんてなれやしない。昔からの親友である私よ? それくらい分かるわ!」
だって彼女はこんなにも、振り返った俺を正面から真っ直ぐ見ているのだから。
目の色なんて些細な問題だと、この世界の真理なんて大した問題ではないとバッサリ言い放った。
「……ありがとう」
彼女に聞こえないほど小さい声でボソッと言う。
「? アンタ何か言っ──」
そして一瞬の隙をついて、彼女の腹を殴る。不意打ちに対応できなかった彼女は、「な、んで」と僕に目線を向けながら気を失った。
「……ごめん」
落ちていくクレアの体をそっと支えつつ、彼女をベットで横にさせておく。
(と言ってもすぐに起きるだろうな)
彼女は本物の勇者だ。光の魔力が無いからまだ力は出し切れてはいないが、現状、人類で一番強い俺と接戦できるくらいに彼女は強い。きっと大きな音でも聴いたら目が覚めるだろう。
勇者の鎧は脱ぎ、旅の服装をして剣と体に埋め込まれた
(さて……原作改変でも始めるとするか)
勇者の剣を改めて見る。確かに光の力は宿っていた。けれどどうだろう。ゲームの映像を見て思ったのだが、クレアが持っている時よりも輝きが弱い気がする。
『お前は私の為に作られたホムンクルス。偽物の勇者ですらない……劣化品さ』
これから会いに行く男の言葉を思い出した。
厳密に言えばまだ言ってないし、そんな事を言う未来にはさせないが俺を否定する言葉だ。
だが前の時よりは響かない。
(悪いなクレア。今度は敵として会う事になる)
今の俺には使命があるから。
ベッドで静かに眠る彼女を何がなんでも守ると決めたから。
「……偽勇者だろうが劣化品だろうが足掻いてやる」
そうして王座の間に向けて静かにこの部屋を後にした。