目が覚めたら昨日と同じ部屋だった。
これを前世でデジャヴと言う。いや今世もか。
「カイト!?」
「……あぁ、あの後は問題なく処理できたんだな」
そして昨日と同じようにクレアが看病してくれたようだ。既に夜の帳は降りているせいか、随分とこの部屋は暗い。と言うか半分は黒一色だ。
「どれだけ寝てたんだ?」
「半日どころか数時間よ。けど心配したわ。ずっと目が覚めないんだもの」
「悪いな。ちょっと頭痛が酷くて」
「頭痛で寝込む勇者ね……まさか脳にダメージが出てるか」
「んな訳ないない。それより舞踏会は? いつも通りなら既にやってるだろって……あれもしかして俺の目って」
とりあえず体の調子はどうかと見ようとして、どういう訳か左目の視界が真っ黒な事に気付く。部屋が暗いどころではなく本当に真っ暗だ。
恐る恐る触れば己の手に革の感触が……どうやら俺は眼帯を付けられたらしい。
とはいえ当然か。光の力で治るとはいえ、厄災にやられた左目はさぞかしグロテスクだっただろう。
治療担当をした人はその酷さにドン引きしてたかもしれない。
「あら、その黒い眼帯が気になるのかしら? あれから時間は経ってるし、気になるなら外してもいいんじゃない?」
「……いや、とりあえずこのままでいい。それにほら、眼帯ってカッコいいだろ?」
「あなたがバカって事がよく分かったわ」
そこでようやくクレアは顔を綻ばせる。
今の会話で本調子に戻った事を悟ってくれたのか、心配する気配は消えていつも通りの彼女になってくれた。
「というか舞踏会だ。まだやってるのか?」
「……えぇ、貢献者の私達を放置したままね」
訂正。クレアは少し機嫌が悪い。
「自分達を放っておくのはあれだけど、貴族達が舞踏会をしたい理由は分かるよ」
そんなクレアに少しだけ補足する。自分も納得はしていないが。
舞踏会をしている理由は単純。ヴァルハラ王国が国外に対してアピールをしたいからだ。俺達は普通に倒せたが、厄災は国を滅ぼせるほどの脅威だ。
それをヴァルハラ王国が先導して倒した事を他の国に伝えて、外交などでいろいろ有利に働きたいといったところか……。
だけどヴァルハラ王国の貴族達は自信ありすぎだ。実際に俺達がやり遂げたとはいえ、厄災討伐当日に舞踏会を開くなんてそれほど勇者達に期待を寄せてるんだろう。
ならなんで勇者が怪我しているのに舞踏会をしているのか、
まあヴァルハラ王国の貴族達の差別意識だろうな。
「本当に生きづらいわねここ。出身だけで蔑まれて肩身が苦しいわ」
「……ならクレア、俺達も宴会に参加しようぜ」
「! ダメよ。まだ怪我が残ってる」
「見ればわかるだろ? それに俺達も頑張ったって事をうまくアピールしないとな。大丈夫さ。ロイ大臣についておけば貴族達からの嫌がらせも無くなるし、他国の人達とも話せる」
こういうのは地味だけどコツコツやっていくしかない。それにロイ大臣とも話したい事がある。
そう言い切った自分に対してクレアは、諦めたようにため息をついた。
「そういう時カイトは頑固だものね。分かったわ、私が何言ってもやるんでしょう?」
「わかってるじゃないか。それじゃあ準備しよう。流石にドラゴン退治と同じ服装で出たら、失礼だと思われるからな」
俺の勇者の鎧は当然似合わないし、クレアは相変わらず傷だらけの鎧のままだ。
「じゃあ一回部屋に戻っていくわ」
「分かった」
そう言ったクレアはバタンとドアを閉めていった。
そして俺はそのドアに耳を傾けて、彼女の歩く音が遠くなって完全に消えるのを確認する。
(……よし。完全に行ったな。近くに他の人がいる気配もない)
少し待ってから自分はベッドに戻り、その近くに置かれていた勇者の剣を持ってその鞘を抜いた。
前世の記憶は戻ったが、まだこの世界がゲームの世界と同じである証拠は見つかっていない。
だがすごく身近に、それを証明する道具がある。
何故自分は昔から痛みを感じる持病があるのか?
簡単な話、ロイがそうなるように作ったからだ。
治療室で定期的に行われてたあの作業は治療ではなくメンテナンス。自分の道具は正常に起動しているか確認する為にあんな事をしていた。
確認事項はたくさん。
光の魔力が今どれだけ残っているのか?
もし叛逆された時にロイが勝てるよう、カイトに埋め込んだ小さな装置はしっかり起動しているか?
(小さな装置はロイが俺を道具として扱えるようにする為の安全装置。それで設定本では確か、胸の中心あたりに埋め込まれていると書いてあった)
証拠を出すのは簡単だ。体から直接取り出せばいい。並の人間がやれば致命傷でも、勇者(劣化品だが)なら回復できる。
鞘を抜いた光の剣を自分の胸の中心に向けて、前世でいう自決のような姿勢になりそのまま──
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「カイト、準備はできた?」
クレアはそう言ってドアを開ける。
そこで彼女が見た景色は……いつもと変わらない、整理整頓された綺麗な部屋だった。臭いも汚れもない、勇者と名乗るのに十分なほど丁寧に
「あぁできたよ。流石にここからは口調も変えないとな」
そしてカイトもしっかり身だしなみを整えていた。
眼帯を除けば、今日付いてしまった傷がどこにも見当たらない。
「……どうしたのカイト、そんなに私を見つめて。何か顔についてるの?」
「……………………いや、なんでもない。それじゃあ行こう」
正装を着た彼が薄いけれど優しい笑みをクレアへ見せて、そのまま部屋を出る。
ロイ大臣殺害まであと少し。