目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第9話 前世を思い出した

(……まてよ、だってあれ、!?)

「どうしたの?」


 音が遠くなっていくのを感じる。今も隣で話し続けているはずのクレアの声が聞こえなくなってくる。

 今まであった土台をひっくり返されるような、まるで悪夢でお前は偽者だと言われた時の感覚が蘇ってくる。


(なんで気づけなかったんだ俺は……! よく見れば同じものだって分かるだろう!? それを何年も見続けていて……)


 心拍数が上がっていくのを感じた。

 そうだ、あんな大切な物を忘れるとか、前世を思い出さなければ多分一生……違う。


(気付かなかったんじゃない……気付かれないように洗脳して……!?)


 いやでも待てよ。

 ゲームだと光の魔力は闇系統の洗脳魔術を弾く効果があるって。

 そうか光の力はからか。

 そもそもの話だ、ホムンクルスの俺なら別の方法で治療調整すれば──


「うっ……!」


 瞬間、俺の頭に痛みが走る。

 ああ、なんでだろう。一つの物事に気づいただけで大量の情報が流れ込んできて脳がパンクしそうだ。頭が割れるように痛い。


「あ、う、ぐぅ……くそ、ふざけやがって……!」

「カイトもしかして目の傷が……!?」


 心配してこちらに寄ってきたクレアがそう言った時だ。

 不意に俺が彼女の背後を見ると──光弾を発射しようとしているグランドラゴンの姿が。


(何でアイツ生き返ってるんだよ!?)


 命の危機を感じ取ったからだろう。

 殺したと油断していた俺達にとって、あの街すら焼き尽くす光は死に等しい。まともに受ければ塵になる。


(……いや、そうか)


──だからこそ脳がフル活動した。

 アレだけ騒がしかった脳内が、不気味な程に静まり返り、脳が自動で必要な情報だけをインプットする。

 死を前に抵抗する生命の輝きが俺へ答えを示した。


 復活魔術。


(ゲームの世界ならよくある奴だ。HPゼロのキャラを戦闘復帰させるアレ)


 瀕死とかゲームによっては色んな表現があるだろうが、要するに戦えない奴を蘇らせる術。悲しみの蘇芳花すおうばなではその魔術は敵キャラが覚えていたりにも付いているが今はどうでもいい。


(ゲームの裏設定だとだと書いてた。なら今のお前の魔力はすっからかんだろ?)


 問題ない。

 俺は勇者だ。気付くのは遅れたがこの程度の時間なら巻き返せる。奴に勝つ手順は簡単。


 最速で勇者の剣を抜いて。

 クソトカゲが攻撃するよりも先に、アイツの前まで走って跳んで斬る。これで終わりだ。


(よし、じゃあ……仕留めるか)


 そうして俺は足を踏み出し──





『悪いな。の為に介入させてもらう』






「!? ──ッ、頭、がっ!?」

「カイト大丈──後ろっ!」


──突如襲ってきた頭痛のせいで膝をついてしまった。


 当然クソトカゲの攻撃は止まらない。

 痛みを我慢し何とか前を見れば黄金の死光弾は既に放たれた後。距離はまだあると言うのに厄災が放った光は俺の視界全てを黄金色に染めていた。


 そして黄金の中で。


(また足を引っ張るつもりクレア! 今度は私が彼を助ける番なのよ!)


 死に立ち向かう勇者クレアを見た。


(待てよクレア!? 俺より気付くのが遅れたお前じゃ)


 黄金の死を防ぐ事はできない。

 その悪夢の予想を習うように、クレアは爆発に包まれた。


「クレ、ア……?」


 爆発の煙が晴れれば、見えてくるのは次の光弾を放とうとするグランドラゴン。

 そこにクレアの姿はどこにもなかった。



『死んじゃうか……私』



 頭痛より怒りが勝り勇者の剣を再び持った瞬間、前世の記憶が脳裏を走る。

 多くの犠牲を乗り越えた勇者クレアがたどり着いた最期を俺は見た。

 魔王と相打ちという形で死んでいく彼女の姿を。彼女の奮闘は誰にも見届けられず、傷だらけになって誰も居ない寂しい丘でひっそりと息を引き取る姿を。


 そして灰になってこの世から姿を消す姿を。その光景と今見えている光景が被る。


「────ふざけるな!」


 魔力全開の剣を横に一閃振った。

 自分が斬撃を放ったタイミングとドラゴンが光弾を放ったタイミングは同時。

 斬撃と光弾の進路が被りそのまま激突する。

 しかし勇者の光が厄災の力を上回った。黄金色の球を更なる輝きを持つ黄金の斬撃で真っ二つにし、そのままクソトカゲの顔までも斬って今度こそ奴は息絶えた。


 だが真っ二つになった光弾も止まるわけではない。勇者の光と同じように二つに分かれながらもこちらへ迫ってきた。

 頭痛で動きが鈍い上に音速で迫る玉。俺が逃げられる訳もなく──


「──させないわよっ!」


 頭上から降りてきたクレアが容易く防いだ。俺の前で堂々と立つ彼女には傷こそあるが、重症からは程遠い。


「………………クレア、無事だったのか?」

「あったりまえでしょ! あんな攻撃なんて一騎討ちでいくらでも受けてきたわ! まぁ吹き飛ばされたのは反省点だけど」


 振り返るクレアの顔は元気いっぱい。

 とてもゲームの最期に見せた弱々しい顔とは似ていない。どうやら俺はまたクレアをみくびってしまったらしい。


(そりゃそうだような、お前は勇者になるんだから……)

「……カイト、すごい眠たそうだけどどうしたの?」

「ん……あ? そう……か?」


 安心したからだろう。ドッと疲れた俺は急激に眠くなる。今にでも意識を手放したいくらいには。


 いやもう手放すわ。


 復活魔術は連続で発生しないし、後はクレアだけでも大丈夫だろう。


 何とか体を支えていた剣も力が抜けたせいで倒れてしまう。地面に倒れる直前に俺はさっき流れた前世の記憶を思い出す。


 はっきりとこの前世の記憶は、俺の中で記録ではなく実感として刻まれた。もちろん、物的証拠ってやつもしっかり揃えてから、ここがゲームと同じ世界なのか確認はするが。


 もしゲーム通りのストーリーが、この世界でも展開させるとするならば……


(この世界は相当クレアのことが嫌いらしいな)


 そんな嫌味を吐いた直後に、俺の視界は暗転した。





━━━━━━━━━━━━━━━━━━





 目が覚めると自分は暗闇に染まった世界、つまり精神世界にいた。体は目覚めていなくても精神だけが目覚めていると起こる現象。

 これで二回目だけど、前回よりは情報がスッキリしている。


(やっと思い出した。ゲームの世界でクレアがたどる末路を)


 前回の続きだ。ロイの策略により悪者に仕立て上げられたクレアは、ヴァルハラ王国から追放される事になる。


 そして俺は洗脳されてクレアを追放した側についてしまう。


 対してクレアは追手から逃げら為に各地へ転々し、多くの人を助けて仲間を手に入れていく。

 そしてとある村を訪れてこう告げられるんだ。



 カイトは勇者ではない。

 クレア、お前こそが真の勇者であると──



 謎多き占い師から伝えられる予言はそれだけじゃない。

 魔王がもうすぐ復活する事。

 ロイは魔王復活を望む人類の裏切り者である事。

 カイトはロイに操られている事。

 そして魔王を倒すには勇者の剣を手に入れなければならない事。

 人類の平和を守る為に必要な情報を教えられる訳だ。


 これを知ったクレア一同は魔王を倒す為に、勇者の剣を持つカイトがいるヴァルハラ王城へ突撃する。

 そこで仲間と親友であるカイトを失うも、なんとかロイを倒しクレアも勇者として覚醒。


 その後に魔王が復活して、クレア1人で人類の未来を決める決戦へと赴き───




 クレアは最期さいご、相打ちで死ぬ。




 人類は魔王を倒した勇者クレアに救われるも、彼女は誰にも祝福される事はない。この一連の真実を知る者もいなくなり、歴史ではクレアがヴァルハラ王国を混乱に陥れ、ロイ大臣を虐殺した極悪人として記録に残される。

 世界の人々の多くは、彼女のおかげで世界の平和が保たれた事すら知らずに過ごしていくだろう。


(そうだ。俺は気に入らなかったんだ)


 前世でこのゲームをクリアした時に、この救いのない彼女の結末がひどく気に入らなかった。


(思い出したな。色々と……)


 この世界各地にある村や国。

 クレアの仲間。

 物語の流れ。

 前世で自分が思っていた事も。

 そして今、自分が何をするべきかもやっと思い出した。



 前世の自分はこの結末が気に入らなかったから。



『だから友達になりましょ? 化け物じゃなくて、あなたはカッコいい奴だもん』



 今世の自分は最初の友達になってくれたから、掛け替えの無い物を沢山貰ったから。



 だから──



「「クレアを救って見せる!!!」」



 そう決意した瞬間に暗闇の空間がひび割れる。割れた箇所から光が入っていき、意識が現実に戻るのを感じた。


『ようやくお目覚めってわけか。お前の足掻く物語……外から高みの見物しておくぜ』


 聞き覚えのない声が響いた気がする。

 けれどその声の正体に気づくよりも先に、俺はこの精神世界から浮き上がっていった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?