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第7話 嫌な空気

 そして翌朝。

 目が覚めたカイトは早速鎧を着て中庭へと歩いていた。

 昨日の夜は何を考えていたのか


 中庭に続く道は活気にあふれている。

眩むような日差しと鳥のさえずりで自然の暖かさを感じられて、体の元気が溢れ出るようだ。

 花も元気一杯に咲いていて、見ている人の心が安らぐほど美しい。何て素晴らしい朝だろうか。


「おい、またあいつ1人で特訓してるぜ」

「あの女田舎から来たくせに生意気だ……」


 そんな朝を台無しにするのに、2人の声は十分すぎた。


(……あいつら、クレアに隠れて言ってんのか情けな)


 カイトが陰口を叩いている兵士の目線を辿れば、中庭で特訓しているクレアが。

 彼女は真剣な眼差しで剣を振っている。

 前回の一騎討ちでダメな部分を改善しようとしているのだろう。確実に剣筋が良くなっていた。


 だというのに。クレアに隠れて文句を言っている奴らは……


(いつもの奴か。ほんと、あいつらは見下すのが好きだよなぁ……)


 だがこの光景も見慣れてしまったもの。


 田舎の村出身の人が気に食わないのか、城で勤めている人……特に兵士たちはカイトとクレアをよく見下している。

 カイトが積極的に魔物退治をしたり、ロイ大臣達以外には堅苦しい言葉を使っているというのも、こんな環境を改善する為だ。

 まぁその行為は悪戯イタズラに兵士達のプライドを煽るだけで、偉業を残せば残すほど悪化するという結果になったが。これにはカイトも頭を抱えている。


(全員そうじゃないのがせめての救いだが、そりゃそうか。ヴァルハラ王国から追放されたクレアを追いかけて仲間になる人もいるもんな……ってまた無意識にゲームのことを)


 なんにせよ、目の前のこれをそのままにするのは気分が悪い。カイトはそう思って注意しようとするが既に先客がいた。


「君達こんな所で何をしているのかね?」

「ん、何ってあのクレアを……あ」


 低い声を聞いた兵士達は不機嫌そうな顔を隠さず振り返る。そして彼らはすぐ後悔しただろう。

 なにせ声をかけてきたのは、クレア達の親代わりであるロイ大臣だったのだから。


「ほうクレアが何かな?」

「そ、それは……」


 ロイ大臣はニッコリと兵士達に微笑んでいるだけ。だというのに声を掛けられた兵士達は震えが止まらない。まるでにでも掛けられたかのように。


「君達は彼らを蔑んでいるようだがなぜかな? 田舎出身の癖に自分達より活躍しているからか?」


 ロイ大臣は中庭で汗水垂らしているクレアを一度見てから、話を続ける。だが彼の笑顔は消えている……顔は殺人鬼のように冷徹だった。


「もしそうだとしたらとんだ失笑ものだな。彼らは命をかけて国民と国を守っている。それは君達兵士も同じだ。それなのに出身だけで下に見ているのはむしろ、蔑まれるべきは君達の方だろう。いや今からでもそうなるべきだな、こういうのは足を引っ張る原因になる。すぐに排除を──」

「「…………………………」」


 ロイ大臣がそこまで話していると2人の顔は冷や汗を通り越して真っ青。余程効いたのだろうと、ロイ大臣はパッと笑顔になった。


「冗談だ。そんな事はしない……だが出身だけで人を下に見るのは良くない。それは肝に銘じておけ」


 一瞬2人は軽くなった空気にホッとするが、最後に釘を刺されてうんうんと顔を頷く。


「それに周りもよく見たほうがいい」


 そしてロイ大臣は視線を兵士達の後ろへ向く。するとそこには会話をずっと聞いていたカイトが居た。


「巡回お疲れ様です。先程クレアさんについて何か言っていましたね。ぜひである私にも聞かせてくれませんか?」

「な、勇者……様!」

「いつの間にあそこに?」


 ようやくカイトに気付けたらしい。兵士達が彼を見た瞬間に、わかりやすくそそくさと去っていった。

 最後に少しだけカイトを睨みながら。


(注意されたばかりなのに良く睨んでくるな……。なんだ「田舎野郎の癖に勇者の瞳とか生意気だ」とかか?)


 この世界は瞳の色に対して前世より特別視されている。

 青の瞳なら勇者になる素質がある、それ以外の色なら勇者にはなれないなど。

 詳しい原理はカイトにもわかっていない。ただ前世で例えるなら「赤くて丸い形をした甘い食べ物はリンゴだよ」と言った感じに、常識として『アドミストア』に根付いているのだ。


 たがあくまで瞳の色は適性を表すだけである。

 青い瞳も勇者になりやすいだけで絶対ではない。青い瞳でも一般人なのはいくらでもいるし、戦士になる騎士になると言われる赤と銀色も単純に職業適正が高くなるという話だ。


でもないのに人類の敵みたいに睨むなよな……)


 例外として黄金の瞳だけは魔王になると言われているが。


「君も来たか。昨日言った通りクレアと一騎討ちするぞ。当然物や城は壊すなよ」

「分かっていますロイ大臣。しかし……?」

「……どうしたカイト?」


 カイトは違和感を感じた。

 喉に何か引っかかったような。そんなもどかしい感覚に焦らされながら、カイトは不意に左手を見る。



 昨日とは違い指輪をはめている左手には紙があった。



「あぁその紙──」


 この世界において紙はそれなりに貴重で、図書館以外ではあまり見たことがない。それも本ではなく紙ということは用途も大体絞れる。


「──私の勇者の力……光の力を使用した回復薬ですね」

「その通りだ」


 ロイ大臣が持っていたのは実験の記録用紙だ。書かれているのは光の力の転用について。

 回復魔術以上に強力な治癒能力を持つ光の力を、なんとか回復薬生産の方に持っていけるかどうか。それを実現する為の実験結果がびっしりと書かれていた。


 しかし溜息をつくロイ大臣の様子を見れば、実験が良好なのかは言うまでもない。


「私も成功してほしいと思いますが、だいぶ時間がかかるようで……」

「勇者の力は簡単に扱えんのは分かりきっていた事だ。できれば運用まで持っていきたいが……それより一騎討ちだ。私もこの後の予定があってな、速く始めよう」

「そうでしたね。早くクレアをボコボコにしましょう!」

「だから言い方……」


 ウキウキしているカイトといつも通り呆れているロイが中庭に入る。


「待ってたわよ!」


 ロイ大臣達が中庭に入った瞬間。

 クレアは剣を振るのをやめて、ニヤリとカイトへ笑みを向けた。

 先程までの訓練の疲れなど全く感じさせない。持っているのは木剣ながらも放たれる覇気は真剣そのもの。


「それじゃあ第1525戦目の一騎討ちやるか。病み上がりの俺に勝てるかなークレア!」

「はいはい防音結界防音結界……」

「あれそんな余裕でいいのかなカイト〜負けても知らないわよー。あ、でも負けても大丈夫か〜言い訳できるもんね〜勇者さん?」

「……いいぜ、その減らず口叩き──」


 そうしていつも通り一騎討ちが始まり、いつも通りクレアがボロ負けして、カイトの厄災討伐参加は決定した。













 そして。


「クレア!?」


 クレアは厄災の一撃で倒れてしまう。

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