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第6話 悪夢の後

「はぁっ!! ……はぁ、はぁ」


悪夢を見たカイトが目を覚ました。

今度こそ夢の中ではなく自室という現実の中で。


だがあの悪夢。カイトには他人事だとは思えなかった。ゲームの世界だと教えられたから?

違う。

頭が爆発する感触や城の焼ける臭いを覚えているからだ。

ロイ大臣に命じられて始末したの血まで──


(おぇ……!?)


妙に現実味のある記憶を鮮明に思い出してしまったカイトは、吐き気に襲われる。そうして楽になろうと戻そうとして──


「大丈夫カイト!?」


──すんでのところで止めた。

カイトを心配して、ずっと付きっきりで看病していたクレアが目の前にいたからだ。カイトはグッと堪えて、水で流せる場所へ行こうと考える。


(確か魔法技術が発達してるから、ここの洗面台とかはと全く変わらないはず……って何言ってんだ俺)

「あなた大丈夫? さっきからずっとうなされてたけど……」

「あぁ大丈夫。クレアの母さんにドヤされる夢見ちゃってさ……目覚めたいから洗面所行っていいか?」

「……ふぅ、そんな冗談を言えるなら大丈夫そうね。いいわよ、私はお粥でも作ってくるわ」

「ありがとう」


カイトは仄暗い洗面台の前まで行って、喉元まで来ていた気持ち悪い感触を、口に入れた水で掻き消す。

胃液と共に悪夢で感じた妙な現実感も流されれば……そう思ったカイトの願いは叶わない。


(ハァ……最悪だ。さっきの光景が頭にこびり付いて忘れられないじゃんか)


カイトの言う通り気分は最悪。

けれど同時に安堵もしていた。

怪我もなければ何処か弱々しい雰囲気もない、悪夢とは違う全く変わらないクレアを見て。


(クレアに怪我は無かったな。当然だけど)


カイトは洗面台に両手を置いて目の前のガラスを見る。

ガラスに映るのは青い瞳を持った男だけ。


(当然俺の体も無事。後頭部でズキンズキンしてる痛みを除けば健康体そのもの……)

「カイト。お粥作ろうと思ったけど、勇者の回復力なら…………カイト? 何でガラスと睨めっこしてんの?」


すると洗面所に入ってきたクレアが、カイトを見てそう言った。確かにずっーと見てるのでその言葉は間違い無いが。


「…………自分が選ばれた存在なのかを再確認してたのさ。ほら、俺ってイケメン──」

「アンタそんな性格してたっけ? 似合わないわよ」

「冷静な指摘あ・り・が・と・よ! ……ご飯はいつも通りでいいよ。光の力のおかげで健康体そのものだ」

「あらら、私の心配は不要でしたか。流石は人類の希望さま」


そう言ってクレアは微笑みながら、どこか誇らしく洗面所を去っていく。

彼女の『勇者』という言葉は賛否で言ったのだろう。しかしその言葉はカイトを曇らせた。



──お前は私の為に作られたホムンクルス。偽物の勇者ですらない……劣化品さ──



(俺が……勇者じゃないか)


カイトの全てを否定する言葉は、心臓を締め付けるような痛みがあった。


「クレア、カイト。入るぞ」


何度も聞いた優しい声がカイトの部屋に響く。

いつもは聞けば安心するはずなのに、この時のカイトには不安が募ってしまう。

急いで洗面所を出、カイトが入り口を見れば。


「お……ロイ大臣」


いつもの緑の貴族服を着た男、ロイ大臣がいた。だがカイトは悪夢がよぎって呼び方を変えてしまう。その事をロイは、周りに兵士がいないか心配していると勘違いしたのだろう。


「安心しろ部屋の外には誰もいない。護衛なんて用意しなくても、ここには勇者の次に強い人がいるからな。心配する要素は全くないさ」

「ロイ大臣さん……」

「それに愛しい2人の大切な時間を邪魔するわけにも──」

「ロイ大臣さんっ!?」


赤面して手をワチャワチャさせるクレアと、それを見て笑うロイ。この光景を見ればまるで親子がいるようでとても平和だ。

ただロイ大臣はいつも忙しい。少し時間が経てば僅かに目を細めてカイトの方へ向ける。お父さんではなく、大臣としての彼がお出ましだ。


「とりあえず後頭部についた傷は既に治っている。カイトの様子を見る限り普通にしていれば問題ないが、頭だからな……とりあえず厄災討伐は後日に延期だな」

「でもロイ大臣。厄災のグランドラゴンはいつ目覚めるかは不明です。一刻も早く討伐に向かわなければ」

「……クレアの言い分ももっともだ。ただ、君の強さを疑う訳ではないが、クレアを失えば王国に甚大な……いや、こちらの補助をより一層強くすればいい話だな」

「ええ。厄災が眠っている場所は幸運にも町から遠いので、を用意して貰えば」

「………………………………」


ロイ大臣の言葉は正しい。

頭に傷が付いたならカイトは戦闘自体避けるべきだろう。


『カイト!』


しかしあの悪夢を見た後にこの会話を聞いて、クレアに任せられるほどカイトは甘ちゃんじゃない。


「では厄災討伐はクレアを──」

「おいおい俺は勇者だぜ? あれぐらいの傷、問題ないっての」


ロイの言葉を遮り、体操選手のように空中で綺麗にバク転を決めたカイトは、バッサリとそう言い放った。

その後に腕や足をぐるぐるさせていつも通りのニヤリ顔を見せる。

ついでに指をパチンッと鳴らせば、淀みのない光の玉が生まれる。


まさしくいつものカイトがそこにいた。


「この通り光の力も体の調子も問題なし。なんなら厄災討伐は俺が一人でやってもいいぜ」


サラッとすごい事をやってのけた直後の余裕ぶりを見た2人は一瞬固まるが、一騎討ちの時と同じようないつもの調子に戻ってきた。

厳密にいえば呆れているのが正しいが。


「相変わらずだな。体の強さも……あと自慢したいところも」

「ん? 父さん後半何か言った?」

「いや何も」

「光の力ってホント羨ましいわね……まぁ勇者じゃなかろうが、私は強さを求めるだけだけど」

「だが念のためだ」


ただロイ大臣は念の為と人差し指を上げる。


「明日の一騎討ちで様子を見る。厄災討伐に行く行かないを決めるのはそこからだ。それでいいなカイト」

「無論そのつもりだよ。まぁ確実に厄災討伐へ行けるだろうけどね。明日も結局俺の勝ちだし」

「へぇ〜……体だけじゃなくて生意気なところも戻ったわけね。いいわ! 明日は私がボコボコにしてあげるから待ってなさいー」


まぁロイとクレアもカイトの事は心配していない。

彼らはカイトの調子が完全に戻ったと思っている。それはそれとしてクレアは次こそ勝つと意気込んでいるが。


こうして1525戦目の一騎討ちが決まった。




「じゃあ明日はいつも通りに。しっかり休めよカイト」

「分かってるよ父さん。お休みなさい」


少し経って。

ロイはカイトに念を押しながら部屋を出て行った。既にカイトはベットの上に佇んでおり、今すぐにでも眠れると言った所だ。


「カイト、今度こそ勝つから首を洗って待っておきなさい!」

「わかったよ。はよねろー。あ、料理ありがと、美味しかったぜ」

「ふふーん。お母さん仕込みの料理だからね。うまさには自信あるわ。何なら厄災討伐の後は料理勝負で──」

「それはいいです」

「あ、うん……それじゃあまた明日ね」

「………………あぁまた明日」


互いに手を振りながら、クレアも部屋を出ていく。

残るのはカイトと暗くなった自室だけ。さっきまで少し騒がしかった場所も沈黙に包まれていた。


(…………………………………………)



──本当にお父さんは敵なのか?



カイトは迷っていた。

あの悪夢が、前世の記憶が本当なのかを。

そもそも悪夢の事が世界でも必ず起こるとは限らない。

それ以前に『悲しみの蘇芳花』と同じ世界という保証もないのだ。とても似ているだけで実際は全く別の世界かもしれない。


頭に流れてきた知識が中途半端なせいで、今まで接してきてくれたお父さん姿が偽物だとは到底思わなかった。

だが体を蝕む前世の感覚は嘘だと言っている。


ハッキリ言ってもどかしかった。

早くこのふざけた状態から抜け出していつもの日常に取り戻したい。

カイトはそう思っていた。


(何か証拠があれば)


父さんが敵ではない証拠。

カイトはとにかくそれが欲しくてしょうがない。

ゲームの展開から探し出せ。物事を判別できる要素を……それさえ分かれば、あの悪夢が嘘か真か分かるはず……。


(あれ、そういえば……)


そんな風に考えたカイトは、ゲームにおいて大切な記憶が抜けている事を思い出す。


(ゲームのラストでクレアはどうなるんだ?)


ダークファンタジーの意味を思い出せ。

あのゲームのラストは、とても悲しい終わり方をするような──


(確か魔王と対峙して……それで、えっと)


そうやってカイトは深い眠りに落ちた。


















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