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第5話 偽勇者のBADEND


「……ぁ、ここは、どこだ?」


 目が覚めたカイトが周りを見渡すと、見えるのは闇、闇、闇……終わりが見えない闇だった。

 まるでブラックホールの中にいるようで、勇者であるカイトも流石に困惑するが………


 突如前世の記憶が流れてくる。


『カイトは偽物の勇者で』

『本物の勇者はクレア』

『そしてロイは人類の敵』


「ッ……痛い」


 カイトの脳内に溢れ出る情報が、前世で遊び尽くしたゲームとこの世界が酷似していると教えてくる。


「…………違うっ! ここは『悲しみの蘇芳花スオウバナ』の世界じゃない! 父さんは敵な訳ないだろぉ!」


 だが今世のカイトは否定した。

 前世のカイトはロイを敵だと確信しているが、今世のカイトは脳裏によぎる暖かい父さん像のせいで認められない。


 カイトの中で相反する二つの人格が彼を混乱させていた。だが現実は待ってくれず、容赦なく次のステップへと移る。



 暗黒の世界にノイズが走った。



 カイトの前に巨大な画面が映し出される。

 見た目はさながら映画館のスクリーンだが砂嵐の音が酷い。しかし時間が経てば雑音も収まり、スクリーンは2人の姿を映し出した。


「何だ……転生小説の次はVRかよ」


 そして巨大な画面はカイトを映像の世界へ引き込んだ。

 そこで出会ったのは、ボロボロになったヴァルハラ城内にいたのカイトとクレアだった。


『『……………………』』


 カイトはいつも通り勇者の鎧と勇者の剣を持って対峙している。


 だがクレアの方が違う。

 言うなれば歴戦の戦士。幾千の死戦を超えて成長した彼女は、ヴァルハラ王国にいた時よりも遥かな高みへと到達している。

 佇まいに目線と息遣い。構えもとっておらずどれも自然体だと言うのに、あまりにも


 いつかの中庭のように2人は程よい距離をとって対峙していた。しかし慣例の賑やかな会話はなく、それどころか無口で嫌なほど静かだった。


 そもそも周りも異常だ。

 ヴァルハラ城の装飾は荒れ壁はひび割れており、割れた窓の外には火の手が見えている。

 もはや人類最大の国と謳われたヴァルハラにかつての栄華はない。


 そして彼らが持っているのは……真剣。

 ぶつかる目線には殺気が乗っていて。


 それはまるで──


(……殺し合いじゃないか)


 なぜ?

 カイトがそう思ったタイミングと、剣と剣がぶつかるタイミングは一緒だった。


 が飛ぶ。


『………………私の勝ちよカイト』

『なんで、負けたんだ? 俺は勇者、なのに』


 戦いが終わった所まで映像をスキップしたのだろう。

 今度は殺し合いでボロボロになった2人が見えた。


 クレアは体のあちこちで怪我しているが、しっかりと2つの足で地面に立っている。

 対してカイトは床に這いずくばり満足に立つことすらできない。


 どちらが強者なのかは火を見るより明らかだ。


『ねぇカイト。貴方は気付いてる?』

『何がだ……呑気に会話してる場合か? 早く俺を殺さないと援軍が来ちまうぜ。厄災を呼ぶ者さんよ』

『……………………』


 カイトは声こそ静かだが、心の奥底では相手を蔑む感情が渦巻いている。

 その拒絶がクレアの心に傷をつけてしまう。太陽みたいに明るかった彼女を曇らせてしまう。

 しかしそれでも、クレアは一歩ずつカイトの方へ歩み始めた。


『カイトもう一度言うわ。貴方の中にある勇者の力、どうなってるか分かってる?』

『勇者の力? そんなのあるに決まってるだろ』


 呆れるように返答するカイトを見て、クレアの悲しみはより一層に深くなった。

 そこまで奴の手に堕ちてしまったのかと。


『追放されてから何回もあんたと戦ってきた。その度に私とあんたの実力は近付いていたわ』

『……………………何が言いたい。俺をバカにしたいのかよ、人類の裏切り者』


 コン、コン、と足音が広がる。

 遠くで瓦礫が崩れる音が聞こえる。


『最初は特訓した成果だと思ってた。でもとある村を訪れて分かったのよ。私が本当の勇者だって事に』

『勇者……お前が? 何を言って──』


 そうしてカイトの近くまで来たクレアは、動けない彼を仰向けにして一つの『奇跡』を起こす。


『目を覚まして───クリア───』


 クレアが発音した瞬間、カイトの額に置かれた彼女の手から光が溢れ出した。光属性魔術『ライト』と同じ光が。


 それは勇者の証。

 彼女こそが真の勇者である事を、カイトの体内に巣食う闇の力を消し去って証明してみせた。


『……クレ、ア? あれ、なんで俺は、悪夢をみてたような』

『……戻ってくれたのね』


 カイトの体から傷が消え、さっきまで苦しそうだった顔が嘘のように穏やかになっていた。

 しかし穏やかだったカイトの表情も悲しみに変わる。クレアを追い詰めた罪悪感によって。


『違う、悪夢じゃないなこれ。俺は確かにクレアを追放して、それで追いかけて回して……なんで俺はあんな事をしたんだ? なんで?』


 カイトは今までは正しいと思っていた行動が、で元に戻って間違いだと悟った。何の根拠もないのに、感情と義憤で暴走してクレアに酷い事をしてしまったと彼はようやく気付けたのだ。


『ごめん……! クレア、俺、本当にお前に悪い事をした……!!』


 弱々しい声だった。いつも強気なカイトからは想像できないほどに。

 目から何か出てくるのを堪えるよう腕で顔を隠して、けれど心の奥底から溢れる悲しみは抑えきれず、涙声までは隠せない。


『クレアが『厄災を呼ぶ者』な訳ないのは俺が1番、知ってたはずなのに』


 田舎の村出身であるクレアは城に居場所は殆どなかった。カイトとロイ大臣の2人がクレアの心の拠り所になっていた。


 そして心の拠り所を壊したのもカイトだ。

けれどクレアは今更その事で悲しんだり絶望したりしない。彼女にはもう新しい使命ができたから。


『わかってるわよ。カイトがそんな奴じゃないの……あなたは操られていただけ。あのにね』


 旅で多くの経験を積んできたクレアに好戦的な威勢はない。代わりに犠牲を乗り越えて手に入れた強さと優しさが彼女にあった。

 しかしカイトはその変化には気付けず、代わりに彼女のとある一言で驚いていた。


『父さんが……?』

『ええそうよ。あなたが……みんながおかしくなったのはロイのせい。彼が洗脳魔術を使って──』


──残念だ。


 その言葉が響くと同時にカイト達が重力に縛られた。そうさせた張本人が階段の上からゆっくり降りてくる。


『ッ……何だこれ、体が重くて動けねぇ……!』

『この魔術、やっぱり出てきたようね──』


 その男を見てカイトは困惑し、クレアは怒りをあらわにして睨みつけた。

 そしてヴァルハラ王国追放の黒幕にして、カイト達にとって大切男の名前をクレアは叫ぶ。


『──ロイッ!!』

『わざわざここまで来るとはご苦労。勇者クレア』


 クレアの殺気を涼しい顔で受け流すロイ。

 彼にいつもの苦労人みたいな雰囲気はない。

 機械のように無表情で冷徹で、その目線はどこまでもカイト達をとして見ていた。


『お前のせいでどれだけの人が犠牲にッ──クッ』

『威勢はいいがその状態では何もできまい。目の前に仇がいると言うのに無様だな』 

『ふざ、けるなっ……!』


 強力なロイの魔術は、勇者として覚醒しつつあるクレアでさえ動きを封じ込めている。

 そして彼女隣にいるカイトも魔術で縛られていた。


『父さん嘘だよな? クレアを追放したのはアンタって』


 カイトが縋るように聞いた。

 自分の聞き間違いだと言い聞かせるように、信じたくないと願うが……


『本当だ。私がお前を洗脳し、クレアを追い詰めさせた』

『…………嘘だろ?』


 ロイは容赦なく願いを斬った。


『勇者クレアは魔王にとって一番の天敵だからな。光の力を封じる為に嘘と洗脳を使って、彼女を悪に仕立て上げた訳さ。勿論私が言ったクレアの悪行も全て嘘だ』

『……何であの時助けたんだ?』


 あっけなく暴露された事実にカイトの顔は驚きに染まるが、そうなると一つおかしいことがある。

 魔物が村に襲撃した後のことだ。クレアが勇者と分かっているなら何故助けたのか。


『勇者の性質だよ。勇者になれるのは1人だけだが、勇者が死ぬと別の人間に力が移るんだ。そうなると探すのが面倒だから、監視する為にあえて助けた』

『じゃあ村や城で色々助けたのは全部──』

『希望に縋っても無駄だぞカイト。それも魔王を復活させる為でお前のためではない。助ける必要がなければし、クレアもすぐに殺したさ』


 カイトが築き上げた思い出は、全てロイによって作り出されたものだった。その事実にカイトは今度こそ悲しみに沈む。


 だが最後の方に。


『俺が……作られた?』


 どうしても聞き捨てられない言葉が。

 迷える子羊のように嘆くカイト。そうであって欲しくない、涙をこぼす彼を見て……ロイはどうでも良さそうだった。


『ああ、疑問に思わなかったのか? 何で村に来る前の記憶がないのか。何でクレアではなくお前が勇者の力を使えたのか?』


 カイトの耳には人生で積み上げたものが崩れていく音が聞こえるようだった。


『言っただろう、クレアを勇者にさせない為だと』


 そうしてロイは言った。

 トドメを刺すように。




『お前は私の為に作られたホムンクルス。偽物の勇者ですらない……劣化品さ』




『……』

『カイト!』


 言葉を失い絶望するカイト。

 人生や友情に夢。それら全てが偽りだと突きつけられた彼は、ただ黙ることしかできなかった。


『道具なら道具らしく、最後まで私の役に立ってもらうとしよう』


 パチンっとロイが指を鳴らすとカイトの体が突然光り出す。まるでカイトの中にある魔力がはち切れんばかりに循環して暴走しているような───


『ではご苦労だった……

『!』


 それはカイトの意地だった。自分の命に替えてでも彼女を守りたいと言う意地が彼に奇跡をもたらした。


 カイトが重力魔術に逆らってクレアを吹き飛ばす。


『え……カイ──』


 突然の事にクレアの思考が固まってしまう。

 スローモーションになったクレアの視界の中で、カイトの口の動き……をクレアは読み取れた。



 ありがとう。



 そう言い終えてカイトは












 体ごと爆発した。
















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