目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報
第4話 ターニングポイント

「……もうこんなに暗いのか」


扉の外は暗闇が支配する世界だった。

昼では活気あふれる城も、夜になれば微風が聞こえるほど静かで殺風景な場所に変わる。

これはこれでおもむきはあるが、一寸先は闇を体現した場所を歩くのは流石に面倒だ。


『ライト』


という訳で光を用意しようと、カイトは囁くように呪文を唱えた。

するとカイトの頭周辺に小さい球体が現れる。光の妖精のように動き回るそれは、勇者のみが扱える光属性魔術だ。


この魔術は軽い魔除けなど様々な効果があるが、とりあえず今はランプ代わりとして十分。

カイトはクレアの部屋へ行くために、中庭に向かって歩き出した。


(次の討伐相手はグランドラゴン。倒すだけなら俺とクレアで十分だけど、近くには大きな街があるからーグランドラゴンが寝ている場所と街の位置を確認して……)


歩いて数分。既に何度も通った帰り道を歩いていると、暗闇に支配された城内から月光が照らす中庭へ場所が変わった。

中庭の木を揺らす微風が涼しくて心地よいが、カイトは明日の厄災討伐で頭が一杯だった。

一騎討ちでうるさかった中庭も殺風景で、カイト以外は誰もいない。


(そういえばクレアが着てた鎧がボロボロだったな。装備がショボいだけでグランドラゴンに負ける訳ないけど、新しい装備に変えて欲しいなぁ……)


クレアの装備を考えたらため息をついてしまったカイト。

昔からこのヴァルハラ王国にはがある。その空気が流れている理由に魔物や魔族は全く関係ない。むしろカイトが守る王国の人間側に問題があった。


のは今に始まった事じゃないけど、人類背負ってるんだからにあるいい装備くらい貸してくれよー)


名刀とか。

クリスタル製の盾とか。

暗黒の杖とか。


クレアが持っているのより強そうな武器はゴロゴロあっただろうとカイトは思い返す。

ついでにアイツらケチだなとも思った。


(いやいや! 今はとりあえず厄災討伐だ。使う道具とかグランドラゴンの弱点とか調べて、もう一度クレアと話そう)


文句を言うモードから厄災討伐へ思考を戻せたカイトは城内への入り口に立っていた。

カイトは月明かりに照らされた中庭から、影で黒く塗られた城内へ踏み出そうとして──



ゴンッ。



カイトの後頭部に重い衝撃が走った。


(痛っ!?)


厄災討伐の事を考えていたからだろう、彼は気づけなかったのだ。上から降ってきた植木鉢に。


パリンと植木鉢の割れる音が中庭に響く。

植木と割れた容器が床にばら撒かれて、そしてカイトの血も遅れて地面に垂れた。


「勇者様!?」


おぼつかない足取りをするカイトの上で、悲鳴をあげるように彼の名前を呼んだメイドさんが窓から顔を出す。


だがカイトに声が届く事はないだろう。


鉄すら粉々にできる攻撃を受け止められるカイトだ。

たかが植木鉢程度で怯む彼ではない。


しかし。


考え事に夢中で無防備になっていた事。

後頭部という1番脆い場所に当たってしまった事。

こういった要因が重なった事によって、植木鉢との衝突は、確かにカイトへダメージを与えた。


カイトの脳へ。


(なんだこれ……俺は?)


改めて言うが、メイドさんの声がカイトに届く事はないだろう。それだけ彼は余裕がないのだ。


でも植木鉢と衝突した痛みのせいじゃない。むしろ過去の厄災討伐戦で受けた攻撃の方が10倍以上も痛い。


ならなぜカイトには余裕がないのか?



前世を思い出したからだ。



突如溢れ出す知らない記憶。


(なんだこれ……なんだこの世界は?)


今より数世紀も技術が進んだ世界。

馬よりも早く走れる鉄の塊。

手軽で薄いのに紙より何千倍もの情報量を内包した通信機器。


どれもこれもカイトにとって知らない情報で。

どれもこれもが知っている情報だった。


(……確か、これはテレビってやつか?)


そしてと言わんばかりに、カイトの頭の中でゲームをプレイしている光景が浮かんだ。


『カイト、あなたは操られてる』

『じゃあ村や城で色々助けたのは全部──』

『お前は勇者の劣化品さ』

『あぁーあ……これは死ぬしかないわよね』

『俺が……作られた?』


テレビを通して見えてくるのはゲーム映像。

前世のカイトが遊び込んだゲームで、同時に今世では無縁のものだ。


だったはず。


テレビに映るものは、どれもで見覚えのあるものばかり。

ヴァルハラ王国の城や、カイトとクレアが育った村。それに出てくるキャラもクレアやロイ大臣にカイト自分と、まるで前世でやったゲームがこの世界の元にだと言われているようだった。


(待てよ……なら俺が生きている世界は一体)


カイトは否定したくても、中にいる前世の彼が認めてしまう。人の手に余りすぎる事実にカイトは困惑するしかない。


しかし前世の記憶はそれだけで終わらせず、カイトをさらなる衝撃で襲い始めた。


(自分は偽物の勇者で、敵によって作り出された捨て駒のホムンクルス?)


(それでクレアこそが本物の勇者で。クレアは敵によってヴァルハラ王国を追放されるだと、ふざけるな!)


テレビで描かれるのはクレアを主人公とした、彼女の冒険譚だった。本物の勇者とか、カイトが偽物だとか色々頭が混乱する情報が出てくる。


しかしその混乱もとある場面を見て吹き飛んでしまった。


(なんで)


カイトは信じたくなかった。

まさかあの男が魔王を蘇らせようとしていたなんて。


(なんで貴方がクレアを殺そうとしているんだ)


旅の終盤で立ち塞がる敵を見てカイトは絶望する。


父さんっロイ!?)


そうして彼は、絶望の中で意識を閉ざした。


「回復術師様はいませんか! 勇者様が、勇者が!?」

「どうしたんだ一体? ッ、勇者を私の部屋へ運べ!」


気絶したカイトの周りでは植木鉢を落としてしまったメイドさんがいたり、メイドさんの声に気付いてロイ大臣が駆けつけてくるが……。




ターニングポイント。




起こるはずだったシナリオ未来は崩壊した。

歯車は壊れ、本来は起こりえない未来へ進む。



それがカイトにとって吉と出るか凶と出るかは誰にもわからない。



ただ一つ言えるのは。

これでカイトの人生は破滅へ向かう物語から、破滅に抗う物語になった。

それだけだ。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?