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第27話 サボタージュ。

 綾瀬所長のインタビューを終え、メンバーそれぞれが宿題テーマの回収と整理を済ませると、昼の時間となった。


「よろしいでしょうか?」


 川村課長がドアから顔をのぞかせた。


「昼食は応接食堂にご用意しております。所長の綾瀬がご一緒させていただきたいと」


(こちらの様子を聞き出そうというのかしら?)


 ジェニーは裏の動機を疑ったが、岩見に確認した上で会食を受けることにした。


「部屋には鍵を懸けますので、貴重品だけお持ちください」


 案内された来客用の食堂は社員食堂の2階にある個室であった。


「監査お疲れ様です。ごゆっくり召し上がりください」


 監査チーム3人と綾瀬1人が大テーブルを挟んで向かい合う形で食事は進んだ。


 自分の地位を脅かす会計師たちを前にしているにもかかわらず、綾瀬の態度は落ち着いていた。


(よほど隠ぺい工作に自信があるのか。それとも、危機に気づいていない?)


 清十郎は綾瀬の態度に強い違和感を覚えていた。


 ◆◆◆


 会食を終え会議室に戻ると、川村がドアの鍵を開けてくれた。部屋に足を踏み入れた瞬間、ジェニーは強烈な違和感を覚えた。


「あの時みたい……」

「どうした、お嬢? あの時って、いつのことだ?」


 ジェニーが立ち止まったのを見て、清十郎は何かが起きていることを悟った。


「空き巣よ。うちに入った」

「何だと?」


 清十郎はジェニーの脇をすり抜けて部屋に踏み込んだ。一見して荒らされた様子はないが……。


「糞っ! なくなってやがる」

「えっ? 何か盗られたの?」


 部屋は整然としており、何事もなかったように見えた。


「端末を盗まれた」

「あっ!」


 ジェニーたちの仮想端末と岩見のラップトップPCが会議室から消えていた。

 念のために川村に確認したが、誰もこの部屋には近づいていないということだった。


「妨害工作か」

「報告書の〆切に間に合わないわ!」

「だからあんなに落ち着いていやがったのか」


 やはり大日本の内部から情報が洩れている。そうとしか考えられなかった。


「あっ! どうしよう。私、端末を開きっぱなしだったわ」

「何? データは無事か?」

「わからない。確認する」


 ジェニーはポーチからスマホを取り出した。ジェニーたちのスマホは仮想端末と同様にサーバー上のリソースにアクセスすることができる。


「ああっ、だめだ。IDを乗っ取られてる!」

「ADMIN権限で入り直せ。乗っ取られたIDをロックしねェと、やりたい放題に荒らされるぜ」


 ジェニーは管理者用IDでサーバーにログインした。ただちに盗用されている自分のIDをディアクティベート処理する。


「ワクチンソフトを走らせろ。何をされているかわからねぇぞ」


 10分後にようやくウィルス・スキャンが止まった。幸い、ウィルスへの感染はなかった。しかし――。


「……ファイルが全滅してる」

「リカバリーできねェのか?」

「ダメ。物理フォーマットされてる。特別なソフトを使っても復活できるかどうか……」


 単純な削除ではなく物理フォーマットをされたとなると、容易には復旧できない。


「サーバー・バックアップは?」

「タイミング的に昨日の夜までのデータはリカバリーできる。でも今朝からの分は無理だわ」


 ジェニーは肩を落とした。自分が隙を見せたせいで、賊にサボタージュされてしまった。


「落ち込んでる暇はねェ。すぐに作業用のIDを再発行して、昨日までのデータをリカバリーだ」

「う、うん。すぐやる!」


 スマホの小さな画面を睨みつけながら、ジェニーは猛烈な勢いで仮想キーボードを操作し始めた。


「岩見さん、あんたの方はどうだ?」

「データはハードディスクに入れていたので、PCを盗まれてはどうしようもありません」

「そうか。じゃあ、調査で集めたファイルをもう一度集め直してくれ、俺宛にメール送信してもらえば良い」

「わかりました。すぐ各所に依頼します」


 清十郎は岩見に指示をすると、自分はジェニーが失った「今日付けのファイル」を再入手すべく、立ち回った。


 すべての段取りが終わった頃には午後2時になっていた。


「よし。何とかデータは揃ったな。岩見さんの分のデータは俺のサーバーに入ってる。VDI経由でまとめさせてもらうぜ。お嬢、そっちは大丈夫だな?」

「ん、大丈夫。自分の範囲はまとめられる」

「じゃあ、3時まで頑張ろう!」


 2人が作業を再開しようとすると、会議室のドアがノックされた。


「失礼します。米子警察署の者です。パソコン盗難の届け出がありました」


 綾瀬か木下が手配したらしく、警察官が3人で捜査にやって来た。現場検証だ、状況調査だとつき合わされ、警察署まで出向いて被害届も出さざるを得なかった。

 すべてが終わったのは、羽田行きの最終便に間に合わない時刻となっていた。


「ダメ! 明日の朝便じゃ、朝からの報告会に間に合わないわ」

「夜行バスは?」

「東京に着くのは明日の朝よ」

「仕方ねェ。徹夜で車内作業だ!」


 意気込む清十郎にジェニーは首を振った。


「無理よ。夜行バスには消灯時間がある。徹夜仕事なんてできないわ」

「何だと? じゃあ、新幹線の最終は?」

「東京行はもう出た後よ。どうしよう?」


 万策尽きたかと、清十郎は思った。


「ある! 電車はあるよ!」

「お嬢、新幹線の最終はもう出たって……」

「違う! 夜行よ! サンライズ出雲よ!」

「今時寝台列車なんてあるのかい?」


 旅行に興味がない清十郎は知らなかった。東京と出雲市を結ぶサンライズ出雲の存在を。


「今ならギリギリ間に合う! すぐ米子駅に行こう!」


 駅の窓口で空席を探してもらうと、奇跡的にキャンセルが出ていた。サンライズツインが1室。

 すがりつくように発券してもらい、岩見には夜行バスで帰ってもらうことにした。


「ホームはどっちだ?」

「良いから私の後を走ってきて!」


 ジェニーはサンライズ号の発車ホームに走った。


 発車メロディが流れる中、清十郎はジェニーの後ろからサンライズに走り込んだ。


「ま、間に……合ったぜ。ハァハァ」

「そうね。乗ってしまえばこっちのもんよ」


 切符を片手にジェニーは階下の個室に向かう。

 部屋に入るや否や、ジェニーは上着を脱ぎ捨てて作業場所を作り始めた。


「清ちゃん、そっちのスマホをサーバーにつないで。それを観ながら、こっちで報告書を書き上げるから」


 ジェニーは2台のスマホを並べて、作業を開始した。

 清十郎は荷物を降ろすなり、ベッドの上にひっくり返ってあえいでいた。


「67歳の……爺に……何てこと、させやがる……」


 息が整うまでに5分の休憩が必要だった。


 ◆◆◆


「もしもし。吉竹だ。岩見さんからこっちのことは聞いたかい? そうか。うん、サンライズ出雲とやらに間に合ったぜ。今車内だ」


 復活した清十郎は、大日本に支給されたスマホで東京の尾瀬に連絡した。


「うん。PCはやられたが、スマホは無事だ。できた順に報告書を送る。そっちで受け取って、1本にまとめてくれ」

「わかりました。スマホの作業で間に合いますか?」


 清十郎は憑りつかれたようにソフトキーを打ちまくるジェニーの姿を横目で見た。


「間に合うさ。何しろ東京まで11時間もあるそうだからな……」


 清十郎は凄みのある笑みを頬に浮かべた。


「枯れ木一本残しゃぁしねぇよ、なぁお嬢?」



 ジェニーのお腹が「ぐう」と鳴った。

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