「技術顧問料ですか? 委託サービスの納品は材料・部品と違って現品を伴いませんので、使用部門での委託検収という体制を取っています」
サービスなど一部の検収については使用部門が自ら検収することを例外的に認めている。調達部門に納品内容に関する判断能力がないためである。
調査2日目の朝、インタビューに応じた調達課長の沢井は眉間にしわを寄せていた。
「単刀直入に申し上げます。技術顧問契約の一部に、内容を伴わないか、不当に高い顧問料を支払っている疑いがあります」
「それは……本当ですか?」
ジェニーの言葉に、沢井は困惑していた。
「こちらは林田技術研究所を相手にした契約ですが、月額500万円とかなりの高額です」
「はい。この契約は記憶にあります」
いかに日本を代表する大企業でも、月額500万円の顧問料は安くない。年間にすれば6千万円だ。
「確か、海外の生命科学やヒトゲノム研究に深い知見を持っており、最新の研究動向について情報提供するという内容だったかと」
沢井はさすがにこの契約が記憶に残っていたようだ。
「請求書から事跡を拾っていくと、納品書に相当するサービス完了報告書の中身が毎回同じです」
これは清十郎が引っ張り出した記録を突き合わせた結果だ。
「添付されている成果物、この場合はドキュメントなんですが、それも同じ文書が毎回使いまわされていました」
英文で書かれた論文のコピーが数ページに渡って添付されているだけで、日本語での抄訳も論考も存在しなかった。
「念のために、文書以外でのコンサルが行われている可能性をチェックをするため、入出門記録、会議開催記録などをスクリーニングして林田技研とのコンタクト有無を洗い出してもらいました」
どの記録を見ても林田技研の人間が研究所を訪れた事実はなかった。
「ううむ……」
証拠を見せられて沢井は唸った。
「おっしゃる通り、実体のない架空取引と言われても仕方ないですね」
「コンサルを受けている部門はどこですか?」
清十郎は既に承知のことでありながら、沢井の口からその言葉を言わせるよう仕向けた。
「……所長の綾瀬です」
何とも言えない顔で、沢井はその名を吐き出した。
「林田技研の信用調査はどうなっていますか?」
「非公開の株式会社だと記憶しています。過去3年の決算書と主要取引先リスト、取引銀行リストを提出させているはずです」
「調査時の記録一式をください。虚偽報告の可能性があります」
ジェニーの要求に、沢井はがっくりと肩を落とした。
「わかりました。職場に戻り次第提出します」
「次に、分析・検査のサービス外注について教えてください」
研究所として設備が足りなかったり、手が回らない生化学分析や薬品成分分析に関して、外部の業者に委託するケースがある。
このような場合、納品される成果物はデータファイルになることが多い。
「ジニアス精密という会社名に記憶はありますか?」
「取引先の1つという認識はありますが……」
沢井の声は消え入りそうに小さかった。
「架空取引の疑いがあります。いえ、確実です」
ジェニーの声には取り付く島もなかった。
「それは一体……」
「まったく同一のデータファイルが、複数回の注文に対して成果物として使われています」
ジェニーは自分が使っている仮想端末をくるりと回して、沢井に画面を示した。
左右にまったく同じ内容のデータが並んでいる。
「どうせ中身はチェックしないだろうと、高をくくっていたのでしょう」
「そんな……」
そんな馬鹿なと言おうとして馬鹿は自分であることに気づき、沢井は言葉を飲み込んだ。
検収機能を預かる調達部門として、そこまでなめられていたとは屈辱的なことであった。
「馬鹿にしやがって……」
絞り出すようにつぶやいた沢井の声は、偽らざる本心であろう。この場で誰よりも怒っているのは彼であった。
「過去の取引を徹底的にチェックします!」
不正を見逃した調達課長として大きな失点がついてしまったが、そんなことは二の次であった。プロフェッショナルとして自分たちの職域を汚された怒りに、沢井は身を焼かれていた。
「結果は昼までにご連絡ください」
「もちろんです。全力で調査します!」
インタビューがこれまでであると告げると、沢井は肩を怒らせて立ち上がった。
自分の鼻先で「なめた真似」をされたことに、沢井はプライドを傷つけられていた。
このままやられっ放しでいられるものかと魂を燃やしていた。
「木下管理部長を呼んでもらいましょうか?」
ジェニーは清十郎にそう声を掛けた。
契約の背景については、その責任者である木下にヒアリングすることになっていた。
木下は綾瀬所長とグルなのか、それとも単に巻き込まれた傍観者なのか。それを見極めなくてはならない。
清十郎としては、おそらく後者のケースだろうと考えていた。経理を統括する人間がかかわっているにしては、不正の手口が杜撰なのだ。
経理の実務を知らない人間が指揮しているとしか思えなかった。