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第24話 襲撃者。

 1日目の調査を終えてホテルへ戻ると、岩見は部屋で整理作業をしたいからとコンビニに食料の買い出しに行った。

 ジェニーと清十郎は仕事を持ち帰らない主義だ。


 2人はキャリーバッグだけを部屋に入れると、着替えを済ませてから食事に出かけた。


 例の空き巣騒ぎがあったばかりだ。仮想端末を入れた書類鞄は持ち歩くことにした。

 邪魔であったが、ホテルの部屋に置いて行くのは気がかりであった。


「こんな荷物があるんじゃ、遠くまで行くのは大変ね」

「構わねェさ。物見遊山じゃねェんだ」


 どこでも良い。食事さえできれば十分であった。


 フロントで近所の食い物屋を聞き、一番近い和食屋に向かった。表通りから外れた小さな店は、流行っているようには見えなかったが、出てくる料理は手間をかけたちゃんとしたものであった。


「良い店を紹介してもらったね」

「ああ。こんな時でなけりゃあ、晩酌をやるんだがな」


 酒の入った体で外を歩くのも物騒だ。清十郎は帰りにコンビニで寝酒を買い込むことにした。


 清十郎は刺身御前、ジェニーは天ぷら御前を平らげ、満足して店を出たのは午後7時を回った頃合いであった。

 関東に比べれば日の入りが遅いが、さすがに冬場の路地裏は夜の気配が漂っていた。


「お嬢!」


 清十郎はジェニーに声を掛けると、書類鞄を肩から斜め掛けにし、一歩踏み出した。


「おいらたちに用かね?」


 2人の前に立ちふさがっていたのは、黒いスエットの上下に目出し帽をかぶった男であった。

 清十郎の問いに答えを返さず、男は背中に右手を回しながら清十郎に左手で掴みかかって来た。


 ぷっ!


 清十郎は店からくわえていた爪楊枝を男の顔面に飛ばした。眉間に飛んで来た楊枝をぶつけられて、思わず男が両眼を閉じる。


 すっと、清十郎がわずかに足を運んで立ち位置を変えた。それだけで男の左手は空を切り、清十郎の眼前を流れていく。

 男の右手は背中に隠していたブラックジャックを引き出していたが、体勢が流れては振り上げることもできない。


 清十郎は男の左手首を取り、体を入れ替えて引き回す。自分が踏み出した勢いと清十郎に引き回された勢い。2つの勢いを集められた男は、左手の行方に足取りが追い付かない。


「っ!」


 清十郎が腰を入れて引き落とすと、男の体は薄闇を裂いて路地裏に飛んだ。


「ぐうっ!」


 肩から落ちた男は、背中をしたたかにアスファルトに叩かれた。肩は脱臼し、肺から空気を絞り出されて息が詰まった。


「がっ、はぁっ! ……うわぁっ!」


 肩を抑えて起き上がろうとした男に、拳大の火球が襲い掛かった。


「借方400度!」


 汎用伝票を飛ばしたジェニーが、眉を吊り上げて仁王立ちしていた。


「あんた! 一昨日の空き巣だね? やっと一撃くらわしてやった」


 清十郎は転がった衝撃で男の手から離れたブラックジャックを素早く拾い上げた。


「兄ちゃん、まだやるかね? ……! お嬢、下がれ!」


 緊迫した清十郎の声に、男に近づこうとしていたジェニーは慌てて後ずさった。


「糞っ!」


 立ち上がった男の手には、ナイフが光っていた。


「いぃぃやぁぁああああーっ!」


 凄まじい気合を発し、清十郎は男に向かって懐から何かを投げつけた。


「くっ!」


 その勢いに押され、男は思わず両手を挙げて顔面をかばった。


 だが、清十郎の動作はフェイントだった。一瞬体勢を崩した男に向かって真っ直ぐに突っ込んで行く。

 持ち上げた両手の隙間から男が目を開けて見た物は、みぞおち目掛けて飛んで来る革靴の爪先であった。


 清十郎が放った前蹴りはひたすらに真っ直ぐで、避けようがなかった。体の中心へと吸い込まれていく。


「うぅっ!」


 太陽神経叢を蹴り抜かれた男は、再び息を絞り出される。度重なる酸欠に、今度は心臓への衝撃も加わった。

 たちまち男はチアノーゼを呈し、腹を抱えてよろめいた。


 ぱぁーん。


 男の顔面がのけ反った。清十郎がブラックジャックを男の鼻に叩きつけたのだ。続けて振り下ろしたブラックジャックは男の右手首を打つ。


 からんと乾いた音を立てて、ナイフが路地に転がった。


「くふっ!」


 鼻を潰され口で呼吸しながら、それでも男は右手首を抑えて走り出した。


「お嬢、頼む!」


 清十郎は書類鞄をジェニーに押し付けると、男の後を追った。


「清ちゃん!」


 鞄2つを抱えたジェニーは、2人を追い掛けることができなかった。


 ◆◆◆


「ぐぶっ! はっ、はっ……」


 路地から路地へ逃げていった男であったが、100メートルも進まぬうちに目がくらんで倒れ込んだ。


「心臓を痺れさせたうえに、息が通らねェようにしてやったんだ。走れるわけあるめェ」


 清十郎がゆっくりと姿を現した。


「ジジイっ!」


貸方・・100度」


 清十郎が放った青白い伝票が男の胸に吸い込まれる。


「あ、ああ……」


 男はガタガタと震え出し、路地に崩れ落ちた。


「寒いか? マイナス100度・・・・・・・・は体に毒だぜ」


 清十郎は男のそばにしゃがみ込んだ。


「お前なんかを警察に突き出したところで、何にもなりゃァしねェ」


 清十郎は震える男の肩に手を置いた。


「しばらく悪さができねェように、指10本折っといてやる」


 清十郎は、男の顔を持ち上げた。


「2度とお嬢の前に現れるな。次は殺るぜ?」


 ◆◆◆


「清ちゃん。無事だった?」

「ああ。逃げられちまった・・・・・・・・が、もう来ねェだろうよ」

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