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第13話 じゃあどっち? 『大の字』? それとも『G』の方?

「狙いはウチじゃねェんだろう」


 左手でジョッキを煽りながら、右手で枝豆を剝く。清十郎は「左党」の定義をしっかり守るタイプだ。


「じゃあどっち? 『大の字』? それとも『G』の方?」


 さすがに実名を避けて、ジェニーは符丁で「大日本」と「グレート製薬」を表現した。


「さァてな。いきなり『G』ってのは狙い過ぎじゃねェか?」

「そうかもね。『G』に絡んではいるけれど、あくまでも『大の字』としての動きが知りたかったのかな?」

「ありそうなところだ。となると、『大』の内部抗争か? 『G』の関係者が血迷ってるって言う線も捨てがたいがな」


 ジョッキを半分明けたところで、清十郎ははぁと息をつく。わずかな酩酊感が回り出したころだ。

 ここが酒の一番良い所だと清十郎は言う。ここから先は馬鹿がもっと馬鹿になるだけだと。


「『G』だとすると、もうお終いよね。うちみたいな弱小事務所にまで手を出すようでは?」

「まあな。貧すれば鈍するのどん詰まりだな。てめェで墓穴を掘る奴だ」

「じゃあさ『大』の方だとしたら、どんなもめごとだと思う?」


 もうウチ・・には関係ない話だがと思いながら、清十郎は可能性を思い浮かべる。


「へへ。テレビドラマなら次期社長の椅子を争ってなんて筋書を立てるんだろうが……、さすがにそんな無理をする奴はいねェさ」

「ふーん。だったら何よ?」


 口に運びかけたジョッキをぴたっと止めて、清十郎は目を見開いた。


「不正を起した奴と、暴こうとする奴」

「それは『G』の話でしょ?」

「『大』でも同じことが起きていたとしたらどうだ?」


 もしそうなら大日本の屋台骨はガタガタである。重要顧客で不正が発覚して監査人としての信頼を失墜し、あまつさえ身内でも不正が発生するとは。


「一歩間違えたら沈没するぞ、こいつァ」

「ええっ? そういうこと? 嫌だ、そんな場面に巻き込まれるところだったのか」

「……尾瀬にゃァ悪いが、こいつァ雇われずに済んで助かったのかもな」


 清十郎が椅子を蹴って契約を断ったので、首の皮がつながった。そういう結果になったのか。


「もしそうなら、清ちゃん大手柄ね」

「冗談じゃねェ。失注して褒められても嬉しかねェぜ」


 中小企業が潰れるきっかけとはそのようなものだ。注文欲しさに「毒饅頭」に食らいつき、血反吐を吐いた末に倒産する。目先の欲に流されていたら経営はできない。

 危機に瀕してもっとも大切なのは、苦しくとも原理原則を守り抜く信念だ。


 片桐会計事務所は「仕事の安売り」はしない。「仕事の手抜き」はもっとしない。

 小さくともその信念を譲らずにここまで来たのであった。


「運が良かったと思えば少しは気が楽ンなるぜ」


 清十郎のジョッキが残り少なくなった。


「次何飲むの?」

「熱燗」

「本気じゃん!」


 清十郎が熱燗を飲むのは、「酒に酔う」と決めた時である。ぐでんぐでんになるとは限らないが、頭のねじは飛ばす気だ。


「験直しだからな。お神酒を入れなきゃァ」

「んもう~。すいません! 熱燗2合とシーザーサラダ、刺身盛りと肉じゃが1つお願いします」


 本気で飲みだすと清十郎はほとんど食事をとらない。ジェニーは自分で食べたいものを注文した。

 サラダは清十郎にも取り分けて食べさせる。


「話を戻すけど、『大の字』の内部で抗争が起きているとしたら、尾瀬さんはどっち? 『白』? それとも、『黒』?」


「白」とはむろん不正を暴こうとする側のことだ。尾瀬が不正の当事者なのか、それを暴こうとする側なのかとジェニーは尋ねた。


「あいつは仕事が遅くてよ。よくお嬢の親父と比べられて落ち込んでたよ。できねェわけじゃねェんだが、要領が悪くてな。丈の要領が良すぎただけなんだが」


 清十郎はジョッキの残りをちびちびと飲みながら述懐した。


「どれだけ要領が悪かろうと、『黒』の側においらを巻きこみゃァしねェさ」


 第一、巻き込んでおいて家探しかける馬鹿もいねぇだろうと、清十郎は言う。


「尾瀬は『白』だよ」


 ぐびっと、ビールの残りを飲み干して、清十郎は空ジョッキをテーブルにとんと置いた。


 その夜は熱燗2合の肴代わりに、丈や尾瀬が昔仕出かした失敗やら若気の至りやらの話に花が咲いた。

 空き巣騒ぎの後だけに正体をなくすのはまずかろうと、2合徳利を空けたところでお開きにした。


「じゃあな、お嬢。明日からまた真面目に働こう」


 雑居ビルの入り口まで送って来た清十郎が、意味のわからぬ挨拶をする。


「はあい。気をつけて帰ってね。転ばないように」


 2合や3合の酒で足元がおろそかになる清十郎ではないが、年は年である。ジェニーは注意するように呼び掛けた。


「おうよ。ほいじゃな」


 げじげじ眉をひくりと持ち上げて、清十郎は去って行った。


 ◆◆◆


(せっかく勉強した「グレート製薬」の情報が無駄になっちゃったなあ)


 アシ代、アゴ代はもちろんこちら持ちだ。空き巣対策に特別出費までかさんだ。

 今回のケースはまったく良いところなしである。


(馬鹿々々しいけど、気にしたら負けだね。寝よ、寝よ)


 まだ早い時刻だったが、ジェニーは早々にベッドに入ることにした。昨日不十分だった睡眠をしっかり取り返すつもりでいる。


 眠りの中で夢を見た。


 自分は泥棒だ。それもレオタードを着たタイプの。古いアニメに登場する名画を狙うオシャレ泥棒?

 そんな感じでどこかのビルに忍び込んでいる。


 目の前にあるのは人が入れるような大型金庫だ。自分は大泥棒なので、こんな金庫は目をつぶっていても開けられる。そういうことらしい。

 ダイヤルをキリキリと回していく。指先の感覚でロック解除の組み合わせがわかる。


「ここだ!」


 なぜか大泥棒なのに、声を出して叫んでいた。


 カチャリ!


 意外と安っぽい音がして、金庫の錠が解除された。

 銀色のバーを引いて、扉を開ける。


 金庫の中身は……空っぽだった。


「えぇー、何でえ?」


 がっくり肩を落とすと、金庫の中に1枚のカードが置かれていた。


「えっ? 誰かに先を越された?」


 カードをつまみ上げて書かれた文章を読んでみると、こう書いてあった。


「清十郎三世参上! お宝はいただいたぜ!」


 悔しさに、怪盗ジェニーの手が震える。


「何が清十郎三世よ! 清十郎に2代目も3代目もいないでしょうが!」


 チュン。チュン。


 怒鳴ったところで、朝を迎えた。

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