亀は床に額をこすりつけた。
「お願いします。僕を使ってください」
「うちに来られてもねぇ」
プロデューサーが面倒くさそうに苦笑する。
「昔から夢だったんです。どうしても占いコーナーに出たくて」
「占いって言ったってさぁ」プロデューサーが頭をかく。「君、十二星座入ってないじゃん」
「だからこそですよ。新メンバー加入ってなれば絶対バズりますから」
「へびつかいさん入れたときもあんまりパッとしなかったんだよね」
「それはキャスティングミスですって。どうせオーディションだって出来レースですよね」
「そんなことは……」プロデューサーがばつが悪そうにうつむく。
「だいたい、星座って全部無理やりすぎません? 牡羊座なんてどこが羊だよって感じだし」
かに座もうお座も、みずがめ座だってそうだ。こじつけにすらなっていない。
「でも角度によっては……」プロデューサーが口ごもる。
「十二星座なんて誰が入ったって成立するはずなんですよ。僕だって、適当に六角形結べば亀座って言い張れますもん。なのに何十年も同じメンバーで固定されてて。絶対事務所の力じゃないですか」
「そりゃまぁ、ゼロとは言わないけど」
「そういう既得権益みたいなのがよくないんですよ。どんどん新しいもの取り込んでいかないと視聴者も離れていきますよ」
「うーん」プロデューサーが低くうめく。
「枠増やすのが無理だったら入れ替えにしましょう。レジェンドさんたちと対決企画したら盛りあがりそうだし」
老害は引きずり下ろすまでだ。いつまでも聖域扱いなんてズルすぎる。
「干支はどうなの? あっちこそ相方さんのコネもあるんだし、入っていく余地ありそうじゃない」
ウサギの話題を出されついムキになった。
「嫌ですよ。十二年に一回しか出番ないですもん」
「でもその一年間は引っ張りだこじゃん。年賀状印税とかすごいらしいよ」
「そんなに待てませんって」
「一万年生きるんでしょ? 十二年なんてあっという間だよ」
「デマに決まってるじゃないですか、そんなの」
実際の寿命は三十年くらいなのに、誰が書き込んだのか、亀は万年なんてうわさが出回っていて、本気で誤解しているひとが意外と多くて困る。動きが遅いからって、僕たちの周りだけゆっくり時間が流れてるわけないのに。
「そもそもさ、なんで占いに出たいの?」
プロデューサーが不思議そうに訊いてきた。
「やっぱり毎日出番があるっていいじゃないですか。少しでも露出増やしてアピールしていきたいし」
帯のレギュラーを持っていれば経歴に箔がつく。もちろん、経済的に安定するというのも大きいが。
「どうせならМC目指したら? その方が一気に名前売れるでしょ」
「いやいや。僕くらいのランクでいきなり真ん中立ってたら、事務所のごり押しってバレバレですもん」
あまり黒いイメージはつけたくない。ゆっくりでいいから正規のルートで売れたいのだ。
「にしても、占いコーナーなんて一分くらいだよ」
「じゅうぶんです。今まったく仕事ないんで」
「そう? けっこう活躍してるじゃない。童話とかでよく見るよ」
「あれは二次使用ばっかりで実入りが全然ないんですよ」
いつまでもウサギとのコンビ芸だけでは飽きられてしまう。新境地を開拓しなければ生き残っていけない。
「でもなぁ」
プロデューサーがなかなか煮え切らないので角度を変えた。「じゃあ思い切って、占い自体をリニューアルしちゃうっていうのはどうですか」
「どういうことよ」
「前から思ってたんですけど、星座の分け方ってめちゃくちゃいい加減じゃないですか。一月二十何日から二月十何日までが何座、みたいな。なんでそんな半端なとこから始めたんだって思いません?」
「たしかにね」
「だから月ごとに分けるんです」
プロデューサーが首をかしげる。「純粋に誕生月占いってこと? それなら他局でもやってると思うけど」
「いえ、それだと僕の入る場所ないですもん」
「だよね」
「そ、こ、で」得意げにウインクした。「誕生石占いをやるんですよ」
「誕生石? 石?」
「はい。ダイヤとかサファイヤとかのあれです」
「なるほどね」プロデューサーが小刻みにうなずく。「その発想はなかったな」
「でしょ?」
「でも石じゃ君が入れないじゃん」
「見てくださいよ、この甲羅」ヒレで背中を叩いた。「絶対ダイヤより硬い自信ありますから」
「さすがにそこまでじゃないでしょ」
「ほんとに頑丈です。昔よく海辺で子どもたちに小石ぶつけられましたけど、一回も割れたことないですもん」
下積み時代にバイトしていた飲食店で、客引きのため毎日何時間もいじめられ続けたのだが、一度も音を上げなかったので女主人からかなり重宝された。
「ふむ」プロデューサーが腕を組む。感触はいい。もうひと押しで落ちそうだ。
「後悔させません。面白くなるならなんでもやりますから」
いつまでものろのろとくすぶっているわけにはいかない。ウサギのように大きく飛躍したいのだ。
「よし」プロデューサーが顔をあげた。「やってみるか」
「本当ですか」
思わずヒレをばたつかせた。念願の帯番組ゲットだ。MCでは数字が上がらなければ即テコ入れ対象だが、占いコーナーならまず食いっぱぐれはない。ここを踏み台に大きな仕事につなげよう。過去の栄光に負けない、新たな代表作をばんばん生み出していこう。
「やっぱり最初は十三番手扱いになりますかね? もちろん十二枠に入れたら嬉しいですけど。でもまぁ、先輩たちとの兼ね合いもあると思うんで、僕は研究生スタートでもぜんぜん構わないっていうか」
上機嫌でまくしたてていると、プロデューサーが「そんなことよりさ」と遮ってきた。「五階くらいなら飛び降りられるよね」
「えっ?」
飛び降りる? 占いで? イメージがまったく共有できない。
「あとは普通にトンカチだろ。あっ、餅つきの杵っていうのもありかもね。名人とか呼んでさ」
「ちょちょちょっとちょっとちょっと。えっえっえっえっ?」目をぱちくりさせた。「もしかして、叩こうとしてません?」
「は?」プロデューサーがぽかんと口を開ける。「だって、どれが一番硬いか決めないと」
「いやいや、順位つけるのはあくまで運勢であって……」
「だから、その日最後まで割れなかった奴の担当月が運勢一位。どう?」
「どうって言われても……」本気で言っているのなら背筋が凍る。「さすがにそれは愛護団体が黙ってないんじゃ……」
BPOも問題視するに違いない。それどころか、状況次第では立派な刑事事件だ。
「コンプライアンス恐れてたらさ、新しいものなんて作れなくない?」
「そうかもしれないですけど……」
渋っていると、プロデューサーが真顔になった。「嫌ならいいよ。アルマジロさんあたりにオファーするし」
「ちょっと待ってくださいよ」
銃弾をもはね返すと言われる甲羅を持つライバルに出てこられたら勝ち目はない。
「乗り気じゃないんでしょ?」
「出ます出ます。ぜひやらせてください」
仕事を選んでいる余裕などない。妻がボロボロ泣きながら産んでくれた子亀が百二十匹、お腹を空かせて待っているのだ。
「とりあえず単発で撮ってみるから。そうだな……深夜枠で十五分くらいかな」
「朝の帯じゃないんですか?」話が違う。
「だって、いきなり今日から誕生石占い始めますっていってさ、亀が出てきたら視聴者意味わかんないでしょ。まずはこうやって占ってますよっていうのを見せないと」
たしかに不自然だ。ぐうの音も出ない。
「それで好評だったらお試しで一クールやってみて、って感じかな」
道のりの長さにめまいがした。本当に帯に抜擢してくれる気はあるのか。単なる深夜のイロモノ企画で終わりそうな気が……。
「来週さっそくロケね。最悪甲羅割れてもいいように、一応ボンド用意しといて」
「ボンド……ですか……」くっつくだろうか。
「じゃ、そういうことで。よろしくー」
「ありがとうございました」
精いっぱいの笑顔でプロデューサーを見送る。深々とお辞儀をしたら、産卵時の妻より大粒の涙がこぼれた。