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第54話:それぞれの道、エンディングは順調に!(前編)

「未来日報の酒井と申します。そちらの紫雲社長に取材したく――」

「社長はいねーよ」


 粟橋さんは勢いよく電話を切りました。

 山村さんは少し呆れた表情です。


「粟橋さん、最悪な電話対応だったよ」

「けっ! 毎日同じ問い合わせばかりだぜ?」

「黄龍祭に優勝したからね」


 かれこれ2週間が経ちました。

 私達は日々の業務に戻っていましたが、社長は龍博士との交渉権について口を閉ざしたままです。

 国内外の報道機関から取材申し込みがありましたが、社長から全て断るよう指示されていました。


「野室さん、何か社長から聞いてるか?」


 粟橋さんの呼びかけに、野室さんはあくびをしながら述べます。


「ふぁ~~、何にも聞いてないな」

「どうなってんだか」

「宝くじで高額当選したようなものだからな。思案してるんだろ」


 山村さんがニコニコしながら言います。


「あれこれ考えても仕方がないしね」


 飄々とした山村さんに、粟橋さんはジト目です。


「お前、結構マイペースだよな」

「私が?」

「大会途中、お前どこに行ってたんだ。急に姿を消したけど」

「かみさんから呼び出されてね」

「えっ……かみさん?」

「あれ? 知らなかったんですか」

「ああ……」


 野室さんが眠そうな顔で述べます。


「粟橋、お前も加納みたいに身を固めた方がいいぞ」

「う、うるせーっ!」


 この場に加納さんはいません。

 有給休暇を使い、石川県に住む彼女の実家へ挨拶に行ったそうです。

 そう、お相手はあの片桐結月さん。


「また、ハニトラじゃねェだろうな」


 弟分の加納さんを心配する粟橋さん。

 そんな粟橋さんにスレンダーな女性が注意します。


「そこ、雑談が多すぎましてよ」


 ご紹介が遅れました。

 紫雲電機に新しいメンバーが増えました。


「あ、飛鳥馬の嬢ちゃん」

「主任と呼びなさい」

「は、はい」


 飛鳥馬小夜子さん、元アスマエレクトニックの技術主任。

 大会終了後に退職し、この紫雲電機に電撃移籍してきました。


「……悪役令嬢」

「山村さん、何か言いました?」

「い、いいえ!」

「野室さん、眠たいのなら帰りますか?」

「す、すいません」

「社風が緩みきってますわね。これから私が徹底的に管理して差し上げますわ」


 ピリッとした空気。

 これまでと真逆な雰囲気に背筋が伸びる気持ちです。


「岡本さん」

「は、はい!」

「彼から伝言よ」


 私は小夜子さんにメモを渡します。


「頑張ってね、夢比奈ミリアさん」


 小夜子さんだけでなく、みんな微笑んでいました。

 どうやら、私のもう一つの顔を知っているようで――。


☆★☆


 私はなれない高級レストランに来ています。


「絶対王者の称号を得た時から、私の揺らぎが始まっていた」


 食事に誘われたのです。

 黒澤選手――大吾さんに招かれました。


「無敗記録を伸ばすにつれ、私はいつか負けるのではないかと恐怖していた。一つの敗北が、岡本毘沙門――肉親の言われなき否定に繋がらないかとね」

「大吾さん……」

「そして、初めて敗北の二文字が過ったのが藤宮不屈とルミとの試合。同じ藤宮流の使い手だった」


 大吾さんはグラスに入ったワインを一口します。


「笑える話だ。私は恐怖を克服しようと、ルミと結婚してまで藤宮流をマスターしようとしていた」

「け、結婚!?」

「暦さんは、藤宮家以外に技の全てを教えてくれないのさ」


 大吾さんの声が震えます。


「恐怖に負け、危うく先生の空手を藤宮流で塗り潰すところだった――それに自分の気持ちも」


 自分に怒っているようでした。


「自分の気持ち?」


 私の言葉に大吾さんは暫く沈黙しますが、


「いさみ、私はお前のことが――」


 大吾さんの口が動いた時、私は自分の顔が赤く染まるのを感じました。

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