「未来日報の酒井と申します。そちらの紫雲社長に取材したく――」
「社長はいねーよ」
粟橋さんは勢いよく電話を切りました。
山村さんは少し呆れた表情です。
「粟橋さん、最悪な電話対応だったよ」
「けっ! 毎日同じ問い合わせばかりだぜ?」
「黄龍祭に優勝したからね」
かれこれ2週間が経ちました。
私達は日々の業務に戻っていましたが、社長は龍博士との交渉権について口を閉ざしたままです。
国内外の報道機関から取材申し込みがありましたが、社長から全て断るよう指示されていました。
「野室さん、何か社長から聞いてるか?」
粟橋さんの呼びかけに、野室さんはあくびをしながら述べます。
「ふぁ~~、何にも聞いてないな」
「どうなってんだか」
「宝くじで高額当選したようなものだからな。思案してるんだろ」
山村さんがニコニコしながら言います。
「あれこれ考えても仕方がないしね」
飄々とした山村さんに、粟橋さんはジト目です。
「お前、結構マイペースだよな」
「私が?」
「大会途中、お前どこに行ってたんだ。急に姿を消したけど」
「かみさんから呼び出されてね」
「えっ……かみさん?」
「あれ? 知らなかったんですか」
「ああ……」
野室さんが眠そうな顔で述べます。
「粟橋、お前も加納みたいに身を固めた方がいいぞ」
「う、うるせーっ!」
この場に加納さんはいません。
有給休暇を使い、石川県に住む彼女の実家へ挨拶に行ったそうです。
そう、お相手はあの片桐結月さん。
「また、ハニトラじゃねェだろうな」
弟分の加納さんを心配する粟橋さん。
そんな粟橋さんにスレンダーな女性が注意します。
「そこ、雑談が多すぎましてよ」
ご紹介が遅れました。
紫雲電機に新しいメンバーが増えました。
「あ、飛鳥馬の嬢ちゃん」
「主任と呼びなさい」
「は、はい」
飛鳥馬小夜子さん、元アスマエレクトニックの技術主任。
大会終了後に退職し、この紫雲電機に電撃移籍してきました。
「……悪役令嬢」
「山村さん、何か言いました?」
「い、いいえ!」
「野室さん、眠たいのなら帰りますか?」
「す、すいません」
「社風が緩みきってますわね。これから私が徹底的に管理して差し上げますわ」
ピリッとした空気。
これまでと真逆な雰囲気に背筋が伸びる気持ちです。
「岡本さん」
「は、はい!」
「彼から伝言よ」
私は小夜子さんにメモを渡します。
「頑張ってね、夢比奈ミリアさん」
小夜子さんだけでなく、みんな微笑んでいました。
どうやら、私のもう一つの顔を知っているようで――。
☆★☆
私はなれない高級レストランに来ています。
「絶対王者の称号を得た時から、私の揺らぎが始まっていた」
食事に誘われたのです。
黒澤選手――大吾さんに招かれました。
「無敗記録を伸ばすにつれ、私はいつか負けるのではないかと恐怖していた。一つの敗北が、岡本毘沙門――
「大吾さん……」
「そして、初めて敗北の二文字が過ったのが藤宮不屈とルミとの試合。同じ藤宮流の使い手だった」
大吾さんはグラスに入ったワインを一口します。
「笑える話だ。私は恐怖を克服しようと、ルミと結婚してまで藤宮流をマスターしようとしていた」
「け、結婚!?」
「暦さんは、藤宮家以外に技の全てを教えてくれないのさ」
大吾さんの声が震えます。
「恐怖に負け、危うく先生の空手を藤宮流で塗り潰すところだった――それに自分の気持ちも」
自分に怒っているようでした。
「自分の気持ち?」
私の言葉に大吾さんは暫く沈黙しますが、
「いさみ、私はお前のことが――」
大吾さんの口が動いた時、私は自分の顔が赤く染まるのを感じました。