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第53話:二つの烈風

<日本・東京>


 盲目の西洋人が東京の街を歩いていた。

 男の名前はゼダ・バウガー。

 米国『ZenRobotics』所属の契約ファイター――だった。

 黄龍祭終了後、彼はあろうことか雇用主であるサクガワを殴り倒してやめたのだ。

 その理由は一つ、試合に負けたゼダをサクガワが𠮟責し、そのことに腹を立てたのか拳が炸裂したのである。

 そのことが原因で彼は解雇され、今はフリーファイターとなっていた。


「……ここか」


 ゼダには行く場所がある。

 目的地は東京にある雑居ビルである。


「アルモニービル――臭いからしてステンレス看板か。刻まれている文字の突起――違いないな」


 盲目であるゼダだが形状や塗料などの臭いをかぎ分け、寸分迷わず指定された場所まで行ける。

 それが視力を犠牲にして与えられた神から与えられたギフト、特殊能力である。

 ゼダはそのままビルの中に入り、階段を昇って行く。


「サイクロンシステム――フロアは5階だったな」


 フリーとなった彼にある企業からのオファーがあった。

 サイクロンシステムという日本のメーカーからのものだ。

 BU-ROADバトル参入のためファイターを国内外問わず探していたところ、ゼダが契約解除されたことを知り交渉してきたのである。


(俺もヤケになったものだ。日本の小さな企業と話をするとは……)


 ゼダは優秀なファイターであるので、米国内の企業から話もあったのだがサクガワの妨害により、どことも契約できない状態だった。

 そんなときにサイクロンシステムから話を入り、旅費は向こうサイドが支払うという約束で来日したわけである。

 しかし、このサイクロンシステムという会社は奇妙であった。

 インターネットで検索して全く出てこない。

 何をどうビジネスをしているのか、全くもって謎の存在であった。


「失礼する」


 ゼダはビルの5階にあるサイクロンシステムのオフィスを尋ねた。

 扉を開けると、そこには簡素なテーブルとブルーのソファーしか置かれていない。


「待ってたよ、ゼダさん――それから申し訳ない。実はサイクロンシステムは、あなたを騙すために作った架空の会社なんだ」


 聞き覚えのある声がした。

 そこには少年と見間違うような青年が立っていた。


「お前は……」

「ゼダさん、あなたの能力を活かして手伝って欲しいことがあるんだ」

「俺の能力?」

「その神から与えられた『超感覚』のことさ」

「バカな、俺の能力は悪魔から与えられたものだ」


 ゼダは己の背負う罪の十字架を思い出す。

 その聴力を活かして、ドローン兵器を使用した殺戮行為――。

 しかし、青年は穏やかな口調でこう述べた。


「あなたのことは調べさせてもらった。だから余計に手伝って欲しい」

「余計に?」


 青年は笑って答えた。


「その力を命を助けるために――」


☆★☆


<日本・大阪>


 日本の西に位置する大阪。

 その中でも東大阪市という街は日本でも有数の中小企業が集まる『モノづくりの街』として知られている。

 その東大阪に『御影製作所』というリサイクル工場があった――。


 看板こそないものの、この場所を知る者はそう呼ぶ。

 しかし、ただのリサイクル工場と思ったら大間違いだ。

 ここは『スクラップの山』から新しい価値を創り出す、少数精鋭の技術者達が集う隠れ家であった。


「おー仏様、仏様、ズバズバララヤー!」


 工場のオフィスで、奇妙な歌を歌う老人がいた。

 老人の頭はハゲタカのように禿げあがり、間の抜けた顔をし、くたびれた黒いスーツを着ている。

 彼の名は御影太郎、このリサイクル工場を経営する社長である。


「耳元でヘンな歌を歌わないでくれ」


 黒い作業着に身を包む男が御影老人に言った。

 その男は若く、眼光は鋭く、鍛えこまれた体をしていた。

 男の名は灰野秀児、この御影製作所の社員であり、契約ファイターであった。


「今どき珍しいのう、果たし状なんぞ」

「果たし状じゃない、だ」


 灰野に握られるのは『再戦状』と墨字で書かれた書状。

 朝方、リサイクル工場のポストに投函されたものである。

 宛先は灰野、送り主の名前は『守破離シュハリ』と書かれている。


「シュハリという摩訶不思議な名前――あれは武道における『守破離』の意味じゃったんだな、形無カタナシよ」


 御影老人を考え深そうに書状を見つめる。

 守破離――日本の武道や伝統芸能で使われる言葉であり、弟子が師から技術や心構えを学び、自らの道を確立するまでの三段階を指す。

 即ち――。


 ・守:師匠の教えや型を忠実に守り、基本を徹底的に習得する段階。 

 ・破:を破り、自分の創意工夫を加え、新しい境地を開拓する段階。

 ・離:型や師の教えから離れ、完全に自立し、自分自身の道を歩む段階。


 という意味があった。

 灰野は書状を握りしめながら、低くつぶやいた。


「……俺が戦ったのは『別人のシュハリ』だったな」


 御影老人は灰野に尋ねた。


「で、勝負を受けるのか?」


 灰野は書状をクシャクシャと握りつぶす。


「無論だ」

「ふむ……まさか生身でやり合うのか? それともBU-ROADバトルか? BU-ROADバトルだった場合、ワシの悪友が経営しとる賭け試合に使っている場所を提供できるがな。マシンならば、この工場にある中古品があるでな」

「それはわからん。向こうからは『再戦を望む』としか書かれていない」


 灰野の言葉を聞き、御影老人はニカリと笑った。


「しかし、おかしな話じゃのう。再戦を望むのは普通では『敗北した側』じゃ、それが『勝った方』が望むとはどういうことなんじゃろうのう」


 その問いに灰野はこう答えた。


「誰であれ、望まれた戦いから逃げないのが武道家だ」


 再戦が決まり表情を硬くする灰野。

 しかし、その目は書状の送り主であるシュハリへの感謝に満ちていた。

 あの黄龍祭の後、武道家としての気力が落ちていた灰野。


「あんたともう一度出会うのが楽しみだ」


 灰野は武道家としての魂を呼び起こしてくれた、と出会うその日に胸を躍らせていた――。

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